25.死体令嬢は同居する
「……そんな顔、すんな」
「え?」
レナートがまた、あのよくわからない顔をしてた。ふてくされたような、しょんぼりしたような。
「あーーー、くそっ! わかった。わかったから、その顔やめろ」
がしがしと頭をかいて、おっきなため息ついて。
そんな顔すんなってどういうこと? てか、その顔ってなに? 私、どんな顔してるの? 自分じゃわかんないんだけど。
だから助けを求めてエルバを見たんだけど、エルバは困ったように笑うだけで。
「あからさまに落ち込んでんじゃねーよ。俺が悪いことしてるみてぇじゃねぇか」
「あ、ごめん……」
「だーかーら! おまえは笑ってろ。能天気に、バカみたいに」
「えー。それはちょっとひどい」
励ましてくれてる、のかな? でもほんっと、小学生か。
「……本当は、できるんだ」
「え、何が?」
レナートはめっちゃ不服そうな顔で、「ひとつの器に、ふたつの魂」って言った。
「やろうと思えば、できなくはない。実際、俺はやったからな。ラーラの前の自律型、そいつにふたつの疑似魂入れてた」
「……じゃあ!」
「アホ。そう簡単なもんでもねーんだよ。言ったよな、ラーラの前の自律型は壊れちまったって。ひとつの器にふたつの魂ってのは、操作は難しいわ、魔力の消費も体の消耗も半端ねぇわ。結局俺の魔力が足りなくなって、そいつは壊れちまったんだ」
だからレナートは嫌がってたんだ。壊れちゃった前例があったから。
「ましてや、おまえらみたいに天然物の魂入れるとか。そんなん俺が扱いきれるかわかんねーし。だからできるけど、できるならやりたくなかった。でも――」
「なら、仕方ないよ。それに、それでレナートになんかあったら……」
って、ひとが気遣ったってのに。レナートってば、またあの変な顔してきた。もー、何が不満なの⁉
「話は最後まで聞け! でもラーラたちなら、疑似魂と違って本当に自分で考えて行動できる。俺の操作や命令なんて正直必要ねぇんだよ。どうせおまえら俺の言うことなんか聞かねーし。だから魔力さえどうにかできりゃ、俺との血の契約はお前らには必ずしも必要じゃねぇってこった」
でも契約解除しちゃったら、この体腐るんじゃなかったっけ? あ、だから魔力さえどうにかできればなのか。
「だいたいそこは、『やってみなきゃわかんないじゃん! とりあえずやってみよーよ』とか、アホ面で言うとこだろ。いつものラーラなら」
って、なんかムカつくモノマネぶっこんできたし。ひとが真剣に考えてるってのに。
「あのねぇ! レナートは私のこと、どんなアホの子だと思ってんの!? 失礼がすぎる‼」
「実際アホだろうが。アホが悩んでんじゃねぇ。アホはアホらしく本能で突き進め。んで、これまで通り俺を無理やり引っ張ってけ。アホのラーラに気遣われるなんて気持ち悪ぃわ」
もうやだ、このひねくれもの。アホ言い過ぎだし、さっきまではためらってたのに、なんで今はやる気満々なの⁉
「でも! それでまたレナートが倒れたりしたら……そんなの、もうやだよ‼」
「うるせぇ、俺を誰だと思ってる! 天才死霊魔術師レナート様だぞ‼」
「嘘つけ! 今、ここで、魔力切れて寝込んでるくせに! 無理すんな、バカ‼」
「無理じゃねぇし! ラーラが魔法使いからもらった石があれば‼」
――この石、ただの上質な宝石ってわけじゃねぇみたいだな。あり得ねぇくらいの魔力がこめられてやがる。
一瞬、その場が静まり返る。で、私は慌ててグリモリオくんからもらった石をポケットから取り出た。
オレンジピンクのキャンディみたいなきれいな石。たしか、ロードクロサイトって言ってた。
「そいつがあれば、ラーラたちが使う魔力は問題ねぇ。それ一つで、軽く十年は動けるはずだ」
「十年って……そんなに」
グリモリオくん、やっぱ本当に本物の魔法使いなのかも。
「なくしたら契約はなしだったか? だが、そいつを使うなとは言われてねぇもんな」
「うん。それは別に言われてない」
「よし、だったら使おう」
いい、のかな? でもエルバにも体がないと、ありがとうを伝えるはともかく、一発お見舞いはできないもんね。
何が正解かわかんないし、なら、やれることは全部やるしかない。もし間違ってたら……ううん、今はできることをやろう。時間だっていつまであるかわかんないんだし。
石を渡すと、レナートはそれを両手で包み込んでなんかブツブツ言い始めた。そんでしばらくしたら、私とエルバに近くに来いって手招きしてきて。
「って、おいーーーーー‼」
私たちを呼び寄せたと思ったら、いきなり私のシャツのボタン外し始めたし! 思わず殴っちゃったよ。
でも、レナートはブツブツ言うのやめてなくて。ただ、すっごい怒った目で睨んできた。
「だから! ナチュラルにセクハラすんのやめろ‼」
「せくはら? あ、いえ……ラーラ様、これは魔術的儀式かと。ですから、その……」
顔を赤くしたエルバがレナートのフォローをしてきた。
まあ、そりゃ赤くもなるよね。だってこれ、エルバの体だし。でもフォローしてきたってことはこれ、セクハラじゃない?
「おそらくですが。レナート様が今なさろうとしておられるのは、魔力供給回路の書き換えと血の契約の変更。魔力の供給元と私たちの魂を、その石に固定なさろうとしておられるのだと思います。そのために、石をこの体の心臓に埋め込む」
エルバの説明に、レナートは相変わらず何かブツブツつぶやきながらも大きくうなずいた。
「さっきから思ってたんだけど……エルバ、なんかやたら詳しくない?」
「死霊魔術も勉強だけはしておりましたから。残念ながらわたくしには素養がなかったので、あくまで座学だけですが。この国では死体も労働力の一つです。ですから、管理する側がそれを学ぶのは当然のこと」
なんてエルバから説明受けてる間にも、シャツのボタンは容赦なく外されていった。
恥ずかしい。恥ずかしすぎるんですけど、これ。胸が見えてるわけじゃないし自分の体でもないけど、でもやっぱり恥ずかしすぎる。
けど、レナートは顔色も表情も全然変わってない。こいつエルバの裸見ることになっても、それが魔術に関係することとかなら全然平気そうだな。
そんなレナート見てたらこの体はエルバのだってこともあって、最終的には無の境地になってた。
で、ようやく全部終わったときには、窓の外は明るくなり始めてて。
それにしても、体の中に石が沈んでくの見たときは最初に骨に捕まったときくらい驚いたわ。色々あったけど、やっぱり自分の身に直接降りかかることは心臓に悪い。まあ、心臓動いてませんけど。
「ラーラ、エルバ、調子はどうだ?」
「私の方は問題ないよ、今まで通り。ていうか、最初っから異常事態だったし。ここまでくると、見えないおしゃべり相手が増えたねーってくらい」
「わたくしの方も問題はございません。ラーラ様との思考の混ざりもありませんし、体の支配権もお互いの意思で譲渡可能でした。魔力の供給も問題ありません」
そう、どっちでも体を動かせる。でも、普段は私が動かすことになった。エルバの体なのに、なんかちょっと悪い気もするけど。だけどエルバは、「見ている方が楽しいので、お気になさらず」って笑うだけで。
見てると楽しいって……もしかして私とレナートのやり取り? まあ、楽しんでもらえてるならいいんだけどさ。
『ラーラ様。階下が何やら騒がしいようです』
頭の中に聞こえてきたエルバの忠告に従って耳を澄ますと、下の方からたくさんの人が動く音が聞こえてきた。なるべく音たてないようにしてるんだろうけど、私の地獄耳にはしっかりと金属の音とか重い足音とか入ってきてる。これ、たぶん――
「ヤバい! レナート、騎士団が来る‼」




