23.死体令嬢は覚醒する
「たしかに。この石、ただの上質な宝石ってわけじゃねぇみたいだな。あり得ねぇくらいの魔力がこめられてやがる。ラーラが会ったってヤツ……もしかしたら、本当にもしかするかもな」
わー、なんかめっちゃファンタジーなこと言ってる。そっか、やっぱただのきれいな石じゃないんだ。レナートもうなってるし、グリモリオくん、やっぱり本当に本物っぽい?
なんてことを思いながら、返してもらった石をポケットにしまう。
「というわけで、私はエルバを絶対に成仏させることにしたから! じゃ、これからちょっと町の音拾ってみるね」
「今からか? あんま無理すんなよ」
「だいじょーぶ。だって私、死体ですから! 寝なくても平気だしー。あ、レナートは気にしないで寝ていいよ」
ちゃんと寝ていいよって言ったのに。レナートってば、なーんか不満そうな顔。別にうるさくとかしないよ。……たぶん。それにどうせ私は寝れないんだから、気にすることないのに。
とりあえず不満顔のレナートは置いといて。集中して耳を澄ます。エルバの声を探す。
『もし、そこの御方。つかぬことをお伺いいたしますが……わたくしの体を、ご存じありませんか?』
いた! エルバだ‼ あーあ、またホラーな聞き方してる。ほら~、相手の人すっごい悲鳴あげて逃げちゃったじゃん。
それを聞きつけたのか、巡回してたっぽい騎士の人たちが駆けつけてきちゃった。
これじゃ無理かなぁ。今からそこに行っても、騎士の人にしか会えないじゃん。エルバもびっくりしたのか消えちゃったっぽいし。
「エルバぁ……こう、もうちょっと、こう」
とはいえ、時間なくて私の状況全然伝えられなかったからなぁ。エルバもよくわからないまま私のこと探してるんだろうけど、どうしよう。どうしたらカタリナに気づかれないでエルバに会える?
そのあとはエルバ、全然現れなくて。そのまま朝になっちゃった。
「ラーラ。食堂行くけど、おまえどうする?」
「ん~、私はいいや」
どうせ食べらんないし。それに今はもう噂話とかじゃなくて、エルバ本人を探さなきゃだし。
「なあ、ほんとに無理すんなよ」
「わかってるって。私は大丈夫だから、レナートは食べておいでよ」
もー、無理とか大丈夫だってば。すでに死んじゃってるんだから、これ以上死なないっての。疲れないし、何を心配してるんだろ?
レナートはまだなんか言いたそうな顔してけど、結局はしぶしぶって感じで食堂へ降りてった。
さ、私は集中集中。いつ、どこにエルバが出てくるかわかんないからね。
目を閉じ、耳に意識を集中する。いらない音をシャットアウトして、エルバの声を探す、探す、探す――――
「おい! いい加減にしろ、ラーラ‼」
いきなり肩を掴まれてびっくりして振り返ったら、めちゃくちゃ不機嫌なレナートの顔があった。
「おまえ、いくらなんでもやりすぎだ」
探し始めたときは明るかった外が、今はオレンジになってた。
「焦んのはわかんなくねぇけど、こんなんじゃもたねぇ」
「だって……」
私は大丈夫だって言ってるのに。なんで止めるの? だって、早く見つけなきゃ。あっちの私の体だってどうなってるかわかんないし、早く帰らなきゃ――
「だってじゃねぇ‼」
怒鳴られた! なんか、すっごい怒ってる。……怒ってる? ていうより、なんか具合悪そう?
『ラーラ様、どこにいるの? わたくしは、どうすれば……』
「エルバ!」
飛び込んできたエルバの声で、私の意識は一気にそっちへと持ってかれた。考えるとか全部すっ飛ばして、体が動いてた。
「ラーラ! バカ、待て――」
慌てたレナートの声が聞こえたけど、今はそれどころじゃなくて。エルバがまた誰かに声かけちゃう前に、今度こそ捕まえなきゃ。
エルバの声が聞こえてきた方へ走る。全速力で走る。この体は疲れない上にすごく早く走れるから、とにかく今は走る。大通りから細い路地へ、さらに細い路地へ。下町みたいに家が密集してる場所を走り抜ける。
通り過ぎるとき、たくさんの人がびっくりした顔でこっち見てたけど。今はそういうの全部無視して、とにかくエルバを目指した。
そうやってたどり着いたのは奥まった場所。袋小路、ひとけも先もない路地のその奥、うずくまってた影は――
「エルバ!」
名前を呼んだら、はって感じでエルバが顔を上げた。そんで私を見たら、さらにびっくり顔になった。
「わた、わたくし⁉ え、でもその格好、それにその目……」
「ごめん、ちょっと事情があって。でも、会えてよかった!」
なんて感動の再会をしてたら、急に後ろの方がうるさくなってきた。たぶん騎士だ。もしかして爆走する私を見て、誰か通報したとか? やっば……
「エルバ、とにかく今はここから逃げよう」
なんとなくだけど、この体の使い方がわかってきた。さすがリビングデッドっていうのかな。人間とは違って、疲れない上に出力が全然違う。まさに人間離れってやつ。視力も聴力もなんだけど、たぶん筋力も。だから誘拐されたときも、押さえつけてた男の人から逃げられたんだと思う。だったらその力、存分に有効活用させてもらう。
私は足に力を込めると、思い切り飛び上がった。そして頂点で目の前の壁を掴む。レンガのほんの少しの段差、そこに指をかける。そのままするするって壁を登って、あっという間に屋根の上。リビングデッド、すごい!
そっからはなるべく人目につかないように屋根を伝って、レナートのいる宿の方へ向かった。そして大通りに出る前に、人のいない場所から路地に降りた。
「ラーラ!」
宿の前に、真っ青な顔のレナートが立ってた。今にも倒れそうで、慌てて駆け寄って支える。
「レナート、顔色ヤバいよ。大丈夫……なわけないよね」
「大丈夫なわけ……あるか。この、バカ……ラーラ」
めちゃくちゃ具合悪そうなレナートを支えながら階段を登る。そしてようやくたどり着いた部屋に入ると、お姫様抱っこでレナートを抱え上げた。
「おい! バカ、下ろせ‼」
「誰も見てないって。もう歩くのもしんどそうじゃん。ベッドまでだから我慢して」
真っ青な顔に血が昇って、レナートの顔色が変なことになってたけど。ちょっとだから我慢してよね。
レナートをベッドに下ろすと、私はその足で宿の人にタオルと桶を借りに行った。宿のお姉さんもさっきのレナート見てたみたいで、すぐに用意してくれた。
で、今。私はベッドの上でぐったりするレナートのおでこに冷やしたタオルを乗っけてる。ちなみにエルバも隣にいる。
「……レナート、大丈夫かな。お医者さんとか呼んだ方がいいのかな」
「しばらく休めば大丈夫だと思いますよ。おそらくですけど、魔力切れを起こしたのかと」
不安でとりあえずこぼした独り言に、エルバからまさかの答えが返ってきた。
「魔力切れ? って、レナート、なんかそんなに魔法? 魔術? 使ったの?」
そんな私の言葉に、エルバからきょとんとした顔が返ってきた。




