22.死体令嬢は切望する
「ニホン? それって……もしかして、異世界?」
黒書少年の質問にブンブンと頭を上下に振る。
そうです、異世界です! 私は異世界に帰りたいんです‼
「なるほどね~。だからボクなのか」
「はい! 黒書の魔法使いさんなら、なんとかできるかもって聞いたんです。私はこの世界の人間じゃない。違う世界の、日本って国の人間なんです」
「でも見たとこ、キミは生ける死体みたいだけど? あ、もしかして異世界の生ける死体? だから普通のとなんか違うのか~」
「違う! 私は人間です。魂だけがここに放り込まれちゃったんです。体はこの世界の人間の女の子のですけど、中身は違うんです‼」
私の訴えに黒書少年の目が細められた。まるで、面白いって感じに。
「キミの状態はなんとな~くだけど把握した。じゃあ、お客さんに改めて自己紹介。ボクは黒書の魔法使いグリモリオ。得意なことはぁ、異世界から人や物を召喚することだよ」
異世界から召喚するってそれ、呼ぶ方じゃん。
「あの……呼ぶんじゃなくて、送る方は?」
「やったことないねぇ」
詰んだ! まさかの詰んだ‼ せっかく会えたのに、そんなのってない。
「あはは~。キミ、ほーんと素直だねぇ。絶望しました~って、思いっきり顔に出てるよぉ」
「あ、いや……そういうわけじゃ」
やっば。私、嘘つくのヘタクソなんだよ。どうしよう、もしかしてご機嫌損ねちゃった?
「たしかにボクは呼び出す専門だからねぇ。しかも一定時間後には全部元通りになるって制限付きの」
「それじゃ私の願いは……」
叶わない。
だって、私は帰りたい。一定時間じゃなくて、ずっと。
「普通なら叶わないよぉ。……でも、じゃあなんでボクがキミの前に現れたと思う?」
グリモリオ少年が得意げな顔で見下ろしてくる。でも私は、わからない問題で先生に指名されちゃったときみたいに何も答えられなくて。
「ボクはねぇ、お客さんの前以外には基本的に姿を現さないんだ~。叶えられない願いなら、それがどんなに強い欲望を伴ってても無視するからねぇ。だって、叶えられない願いになんて用はないもん」
「……じゃあ! あなたは、私の願いを叶えられるの? 私を、日本に帰してくれるの⁉」
さらさら天然白金髪のゴスロリ美少年。これで羽が白かったらまさに天使。そんな彼がにっこりと。ちょっとうさんくさかったけど、極上のエンジェルスマイルを浮かべた。
「要は、きみをもとの場所に戻せばいいんでしょ~? なら、たぶんできるよぉ」
「お願いします! 私、日本に帰りたい‼」
「いいよぉ。キミの願い、ボクが叶えてあげる。ただし――」
にこにこと。うさんくさいエンジェルスマイルが深まる。
「願いを叶えるには、それ相応の代償を支払ってもらうよ~」
――魔法使いってやつらは、なんかの条件と引き換えに人の望みを叶えるっつー奇特な種族だ。
瞬間、よぎったのはレナートの言葉。
この代償っていうのが交換条件らしいけど、私の願いにはどんな条件が出されるんだろう?
「キミがもとの世界に帰るための代償は~…………エルバ・クレシェンツィのさまよえる魂を輪廻の環に戻すこと!」
「エルバの魂? え、なんでグリモリオさんがエルバのこと知ってんですか⁉」
私のこの体がエルバのだって知ってて言ってるの?
「なんでって。だって、今この町じゃエルバの幽霊のことが一番の話題でしょ~」
「あ、そっか。てっきり……」
「てっきり?」
「あ、いえ。えーと、エルバの魂を成仏させればいいんですね。わかりました、やります!」
エルバも救われて、私も救われる。そんな好条件、受けるしかないじゃん。どうやってエルバを成仏させるかとかはまだ全然わかんないけど。でも、やる! 絶対やる‼
「じゃあ、とりあえず仮契約ってことで。これ、持ってて~」
渡されたのは、オレンジっぽいピンクのきれいなキューブ状の石。小さいけど、もしかして宝石?
「ボクの象徴、菱マンガン鉱。大切なものだから、絶対になくさないでねぇ」
「はい。ちなみにですけど、もしなくした場合は?」
「そのときはぁ、全部なかったってことで~」
「気をつけます!」
うっわ、絶対なくせない。あとでレナートに相談して、なくさないような持ち運び方教えてもらおっと。
「じゃあ、エルバの魂を輪廻の環に戻せたら、そのときは石に向かってボクを呼んでね~」
グリモリオさんはそれだけ言うと、空中で一回転してぱって消えちゃった。
え……契約とかなんか色々言ってたけど、こんなアバウトでいいの? エルバの魂を輪廻の環に戻せたら呼べとか、雑過ぎない?
「これ、夢じゃない……よね?」
なんて、お約束でほっぺたつねってみたけど。残念、死体なので痛くなかった。でも感触はあるから、夢じゃないらしい。とりあえず、まず部屋に戻ろうかな。黙って抜け出してきちゃったし。私がいないの気づいたら、レナートってばまた心配して怒りそうだし。
そっと扉を開けて、足音を忍ばせて部屋に入る。
レナート起こしたら悪いしね。抜き足、差し足、忍び足。で、ようやく部屋唯一の窓のとこにたどり着いたら――
「……大丈夫か?」
いきなり声かけられた!
「レナート⁉ え、起きてたの?」
「……ああ」
そっけない返事をすると、レナートはのそのそとベッドの上に体を起こした。なんか困り顔? っていうか辛そうな顔? で私を見てる。
「その……何も言わないで勝手に出歩いて、ごめん」
「いや、いい」
え? ええーーー⁉ どうしちゃったの、レナートってば。いつもだったら、「黙って勝手に出歩くんじゃねぇ、このバカラーラ」とか言ってくるのに。
「悪かった」
「え、何が? 口が?」
「ちげぇよ、バカ。……辛くなっちまったんだろ? さっき、故郷のこと……俺が、話させたから」
「……あ」
気づいてたんだ。
で、出てったのわかってて、でもそっとしといてくれたんだ。やっぱ優しいなぁ、レナートは。そんなことされたら、ますます好きになっちゃうじゃん。
「うん、まあ……正直、ちょっとだけ。あ、でも、もう大丈夫だから! それと、レナートのせいとかじゃないから‼」
「ありがとな。じゃ、この話はこれでしまいだ」
お、笑った。いつもの悪役っぽい笑いじゃなくて、なんか素直な笑いって感じ。いいじゃん、いいじゃん。いつもそうやって笑ってればいいのに。……って、あれ? 私、なんか忘れてない?
「って、あーーー‼ そうだ、出た! 出たんだよ、レナート!」
「出た出たって、何がだよ。クソか? いや、おまえは出るわけねぇか」
「クソとか美少女に向かって言うとかバカじゃないの⁉ そんなんだからモテないんだよ、レナートは」
違う違う、バカレナート。話がそれるわ!
「そうじゃなくて。黒書の魔法使い! 出たの、さっき裏庭に」
「はぁ⁉ なんじゃそりゃ」
「いや、そうなんだけど。いきなり出てきたんだもん」
さっきもらったオレンジピンクの石を見せて、あったことを全部レナートに話した。




