21.死体令嬢は遭遇する
「そうだ、シルフ。黒書の魔法使いの方はなんかわかったか?」
「残念ながら~。今、他のシルフの子たちにも聞いてみてるんだけどぉ、なかなか知ってる子がいないんだよねぇ」
「じゃあ、他になんか変わったことは?」
「ん~、ファーブラの極夜国がある迷いの森、なんかあそこの霧がおかしくなってるらしいよぉ」
ノクス? 迷いの森? なんかまた知らない単語が出てきた。でも霧がヤバくなってるって話、どっかで聞いたことあったような……
「ねえねえ、レナート。ノクスとか迷いの森って、何?」
「極夜国ってのはファーブラにある石人たちの国で、迷いの森ってのはその極夜国をぐるっと囲んでる森だ。俺が生まれた頃だったかに人間と石人の間でもめ事が起きて、石人が霧の結界を森に張って鎖国してるんだとよ」
ありゃ、石人さんたちって鎖国してたんだ。でも、そりゃそっか。たしかこの国では、目の宝石狩られちゃうんだよね。瞳石、だっけ? あ、そっか。その噂話で霧がヤバいとかって聞いたんだ。
「そうそう、その霧の結界がね~、おかしくなっちゃってるんだってぇ。今までは来た人を追い返すだけだったのがぁ、赤い霧が入ってきた人を襲うんだって~。私たちみたいなちゃんとした実体のない精霊はともかく、人間は森に近づくなって~」
「なんだか物騒な話だな。ま、今んとこ俺らは極夜国なんかにゃ用はねーから関係ねぇか」
すごいな、精霊ネットワーク。人間だったら情報持ち帰る前にその赤い霧にやられちゃいそうだもんね。精霊、さすが。
「黒書の魔法使いの情報はぁ、もう少し待ってて~」
「ああ、引き続き頼む。じゃ、これ今回の報酬な」
硬貨のつまった重そうな袋をシルフに渡すレナート。実体ないのに物は持てるんだ。ポルターガイスト的な?
それにしても精霊さん情報ってすごいけど、一回一回お金かかってるんだよね。レナートには何もかもお世話になってて、なんかほんとものすごく申し訳ない。
「毎度ありがとうございますぅ~。じゃ、次は三日後のこの時間、またここに来るね~」
シルフ姉さんは硬貨の袋をまた胸の間にしまい込むと、ほくほく顔で帰ってった。
「なんか、ごめんね。お金、私も稼げればいいんだけど……」
「ばーか。俺は優秀な高給取りなんだよ。あれくらいの金、たいしたことねぇ」
「でも……」
何も返せないのは辛い。なんでもいいから、少しはレナートの役に立ちたい。だって、一方的に与えられるだけって、精神的にけっこう辛いんだよ。
「ったく、ラーラは変なとこで真面目だよな。貰えるもんは貰っときゃいいのによ。じゃあ、そうだな……ラーラのこと、もっと教えてくれ」
「私のこと?」
え、それってどういう意味⁉ 私のことって、なんかそれって――
「ラーラの住んでたニホンって国のこと、もっと教えてくれ。あの話は金を払う価値がある」
「え? あ、あー……はいはい。うん、日本のことね!」
きょとんって顔すんな! まぎらわしいわ‼ 危うく誤解するとこだったじゃん。なんて思わせぶりな言い方するんだ、この男は。
……でも、ありがと。レナートのそういう優しいとこ、本当に好きだよ。ちゃんと対等な一人の人間として扱ってくれてて、すごく救われる。
お金に見合ってるかどうかはわかんなかったけど。でも、レナートが聞きたいって言ってくれたから。だから、レナートが寝るまでいっぱい日本のこと話した。住んでた町のこと、学校のこと、家族のこと、好きな食べ物にバイトのことに……いっぱい話した。
で、今――絶賛ホームシック中。
はりきって話しすぎたせいで、レナートが寝ちゃったら反動でめちゃくちゃ淋しくなってきた。
レナートを起こさないように、そっと部屋を抜け出した。そして宿の裏庭、茂みの陰にうずくまる。
「なんで、私だったんだろ……」
大好きだった場所から無理やり引きはがされて、知らない場所に放り込まれて。たしかにあのときは逃げたいって思ったよ。でもさ、だからってこんなとこまで逃がしてくれなくてもいいんですけど。
たまたまレナートと会えたからよかったけど……でも、やっぱり辛い。
「帰りたい……帰りたい、よ」
日本に帰りたい。
でも正直言うと、今はレナートとお別れするのも辛い。なんで、放り込まれたのが私だったんだろう。なんで、出会ったのがレナートだったんだろう。
「好きだけど……でも、やっぱり私は」
帰りたい。
お母さんに、お父さんに、弟に――家族に、会いたい。
私はレナートに全部をかけられるほど、まだそんな風には思いきれない。そんな怖いこと、できない。レナートのことは好きだけど、でもやっぱり私は帰りたい。
「泣きたい……」
のに、泣けない。この体は、涙が出ない。
心が苦しい。苦しいのが、どんどんたまってく。泣けたら、きっと少しは軽くなるのに。
リビングデッドたちに心がないのは、作った魂しか入れないのは、きっと苦しいからだ。死んでる体に生きてる心を入れたら、苦しすぎるからだ。
このままじゃ私、きっといつか壊れる。心も、死んじゃう。
「怖いよ……誰か、助けて」
怖くて、怖くて。とにかく怖くて、抱えた膝に頭をうずめて、「助けて」って呪文みたいに繰り返す。そうやって言葉にしてれば、誰かが助けてくれる気がして。
「助けて、助けて、助けて……」
「じゃあ、ボクが助けてあげようか?」
いきなり降ってきた声に慌てて顔を上げたら、金髪碧眼の見たことない男の子が浮かんでた。
「あはは、見~つけた! 強~い願いの匂いがしたから来てみたんだけど、大当たり~!」
意味がわかんな過ぎて声が出せない。てか、誰? この子、何者⁉ なんか背中から黒い羽とか生えてるんだけど! それにやたらデッカイ本を腰にぶら下げてて……って、本?
黒い本。黒い、大きな本。ベルトについてる鞄に、黒い大きな本が入ってた。
「黒書の、魔法使い」
思わず出ちゃった私のつぶやきに男の子の眉が跳ね上がる。
「へえ、ボクのこと知ってるんだ。ここ最近、やたら精霊たちがボクのこと噂してたから何かあるのかなって思ってたんだけど……もしかして、キミが原因?」
まさかの! 手がかりなしからの、いきなりご本人登場。どうしようどうしよう、どうしよう!?
「ねえ、なんか言ったら? キミでしょ、精霊たちにボクのこと探らせてたの」
やばっ、怒らせたらヤバい。本当に本物かわかんないけど、本物だったらヤバい。
「はい! えっと、すみません‼ 精霊さんにお願いして、あなたのことを探してもらってました」
「素直でよろしい。で、わざわざボクを指名するなんて、キミはいったいどんな願いを抱えてるの?」
願い。私の抱えてる願い――そんなの決まってる。
「日本に帰りたい! 私は、日本に帰りたい‼」
Special Thanks
「硝子の森と霧の夢」
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