20.死体令嬢は推理する
ヤバい。赤い死神コクショさん説、私的に絶対やだ。あとエルバ的にもヤバい。
「あ、そうだ! ねえ、さっき言ってた魔法使いでヒャッカとかウミっていたじゃん? 魔法使いってさ、コクショさんもだけど、その名前に意味とかあったりするの?」
今までの流れをいきなりぶった切る私の質問に、一瞬きょとんとしたレナート。
そりゃそうだよね。自分でも唐突だって思ってる。でも、これは私的に大事なことなんだ。
「まあ、いわゆる称号とか二つ名ってやつだからな。百花は百の花、たくさんの花って意味で、百花の魔法使いってのは花を使った魔法を使うって聞いてる。あとは百禍、百の禍って当て字の別名もあったな。なんか、すっげぇ迷惑なヤツなんだと。んで、海は海だな。なんで海なのかは知らねぇけど。噂じゃ使い魔に絶対防御の海獣がいるらしいから、その辺から取ってんじゃねぇか?」
なるほど。百花とか海ってのはあだ名みたいなもんか。とすると……
「じゃあさ、コクショってのは?」
「黒書は黒い書物って意味だな」
「コクショ……黒書だったのか。なるほどなるほど」
とすると百花とか海とかって魔法使いの名前は、その魔法使いの目立つとこからついてる名前ってことかな?
「じゃあさ。その赤い死神って、あだ名になるくらい目立つ黒い本とか持ってるの?」
「…………いや、聞いたことないな。赤い死神はその名前の通り、帽子から靴まで全身真っ赤で、おまけに血みてぇな赤髪だって話だ。本を持ってるなんて噂、ひとつも聞いたことねぇな」
「だとするとさ、赤い死神は黒書さんじゃない可能性が高くない? 名前からすると黒書さんってたぶんだけど、目立つ黒い本を持ってると思うんだよね」
「だとすると、死体でおびき寄せ作戦はだめか」
なんかめっちゃしょんぼりしてるし。もしかして、半分自分の趣味だったのか、その作戦。
とりあえず赤い死神イコール黒書の魔法使い説は可能性低くなったけど。そうすると今度は黒書さんをどうやって探し出すかに戻るんだよね。ヒントは黒い本を持ってるっぽいってことだけ。
「黒書さんの方も精霊さんたち待つしかないかなぁ。あとはエルバか」
「領主の館の近くなんて、変装してるとはいえラーラが行くのは絶対にダメだからな」
「さすがにわかってるって。エルバにはもう少しがんばって町中に出てきてもらうしかないかぁ。接触するにしても、カタリナのすぐそばとかさすがに怖すぎだし。なんか起きたらヤバいもんね」
「なんか起こす気満々でいるんじゃねーよ! 起こすなよ。絶対に起こすんじゃねぇぞ‼」
失礼だな。別になんか起こす気なんてないってば。レナートってば、私のことなんだと思ってるのか。それに、その言い方はフリなのか? 日本の伝統芸能、絶対に押すなよのアレか? じゃあ、起きちゃったときはちゃんとつっこみしてよね!
なんて、嘘だけど。なるべく迷惑かけないようにはしようと思ってる。
「とにかく、ラーラはおとなしくしてろ。まだカタリナの方もわかんねぇしな」
「はーい」
その日から、町では連日現れるエルバの幽霊の話でもちきりだった。朝と夜と関係なく、視える人を見つけると自分の体はどこかって尋ねるエルバ。もちろんそんなホラーなネタ、尾ひれがつかないわけなんてなくて……
「レナート。なんかエルバの噂、どんどんすごいことになってるんだけど」
晩ご飯の席で私はいつもの盗聴タイム。あちこちから聞こえてくるエルバの噂話を聞いていた。
「そりゃそうだろ。そもそもの死因だって面白おかしく語られてたんだ。それに加えて殺された本人の幽霊が出てきたなんてなったら、噂が立たないわけがねぇ」
「だよねぇ。カタリナに復讐するため血まみれのエルバが自分の体を探してるとか、カタリナが表に姿を見せないのはエルバの呪いで病気になってるからとか……とにかく、エルバがカタリナに復讐するために幽霊になって戻ってきたってことになってるね」
「そのうち小説や歌劇にでもなりそうな勢いだな。自分に関係ない悲劇は格好の娯楽ってな」
人って、自分に関係ないものにはけっこう残酷になれるよね。知らない人の悲劇をドラマチック~なんて消費してたり。私だって日本でそういうのたくさん消費してた。当事者になってやっとわかるんだよね、こういうのって。
「さて、早めに切り上げるぞ。カリオからの定時連絡の場所、今日はここにしといたからな」
「それって私も一緒に聞いていいの?」
私の反応に、レナートの眉間に少しだけしわが寄る。
「当然だろ。当事者なんだから、しっかり聞けよ」
「あ、うん」
だってさ、今までは私のいないところで情報受け取ってたじゃん。だから、私には聞かれたくないのかなって思ってたんだけど……
「レナートちゃん、おっそ~い!」
部屋に入った瞬間飛んできたのは、シルフ姉さんの甘ったるい声。姉さんはベッドの上で暇そうに薄い黄緑色のふわふわヘアをいじってた。
「あれぇ? 今日は生ける死体ちゃんも一緒なんだぁ」
「余計なお喋りはいらねぇ。とっとと情報よこせ」
「んもぅ! そんなんだからモテないなんだよぉ、レナートちゃんは」
「うるせぇ。いいから本題入れ」
イライラレナートに急かされてシルフ姉さんのほっぺが膨らんだ。でもそれは一瞬で、シルフ姉さんはすぐにお仕事モードのニコニコ笑顔に戻った。
「カタリナちゃんはね~、かなーりご機嫌斜め。あ、あとねぇ、カタリナちゃんにエルバちゃんの死体がなくなってるんじゃないかって入れ知恵したの、つい最近メランヌルカから来た二人組の男だったよ」
「つい最近メランヌルカから来た二人組の男? …………あ」
どうやらレナートにはなんか心当たりがあったらしい。ちなみに私にはない。
「ラーラを誘拐した三人組のうちの二人、そういやまだ捕まったって聞いてねぇ。ラーラ、おまえあんとき石人擬装用の透鏡外れてたよな、たしか」
「あ、うん。一個、濃い青の方が落ちちゃってた。それにああなる前に私、擬装用のカラコンしてるって自分で言っちゃってたし」
「てことはあの二人、ラーラの目を見ちまったのか。だとするとそいつら、その情報と引き換えにカタリナに匿われてる……?」
そういえば私を誘拐した人たちって三人だった。残りの二人は騎士団に通報してあるからそのうち捕まるだろってレナートが言ってたから忘れてた。そっか、あのときの。
エルバ自体有名人だったみたいだし、この目を見ちゃえばもしかしてって思われちゃうか。男装してるったって、見る人が見れば一発でバレちゃうしね。アリーチェさんとかさ。
「私、ここにいて大丈夫かな? カタリナには私の特徴バレちゃってるみたいだけど」
「カタリナちゃんはね~、生ける死体ちゃんがここにいるのはまだ掴んでないからぁ、メランヌルカを中心にマンサーナ領の方を探してるみたいよぉ」
「なら、今はここから動かない方がまだマシか。カタリナが気づく前にエルバの方をどうにかしねぇとな」
灯台下暗し! でもまだバレてないとはいえ、町の中をうろつくのは危ないかな? 私もエルバ探しに行きたいけど、どうしよう。




