19.死体令嬢は懸想する
「だからラーラはバカだって言ったんだ。バカラーラ、ちったぁ落ち着け」
これは……言い返したかったけど、ちょっと言い返せなかった。私、ほんと先のこととかなんにも考えてなくて、全部その場の勢いだけでやってきちゃってたからなぁ。うー、どうしよう。
「それに、カタリナの出方も気になる。カリオに引き続きカタリナと魔法使いの情報調べとけって依頼はしといたが。敵地にいるんだ、俺たちは俺たちで情報集めるぞ」
見えないとこで色々やってくれてたんだ。なんかごめん。レナートの親切心に甘えて、手伝ってくれるって言ったのにとかキレて、ほんとごめん。だいたいレナートには、私を手伝う義務なんてないのに。
「ばーか。ばかラーラ。何しょぼくれてんだよ。まだなんもやってねぇだろ、俺たち」
「ばかって言うな。……でも、ありがと」
悪口は小学生レベルだし、デリカシーはないし、すぐにひとのことバカって言うし……けど、本当は優しくておひとよしで、あと傷つきやすくて。どうしよう。私、やっぱりレナートのこと好きだ。
今、死んでてよかった。今、夕方で全部がオレンジになっててよかった。じゃなきゃきっと、私の顔、真っ赤になってた。真っ赤なの、レナートに見られてた。
「ほら、行くぞ。俺がメシ食ってる間、おまえまた盗聴な。なんでもいいから聞き耳たてとけ」
言ってることはひどいのに、繋いできた手がめちゃくちゃ優しくて。ヤバい、ほんとヤバい。このタイミングでこんなの、生きてたら泣いてたかも。死んでて、涙出なくなっててよかった。
だって、この気持ちはダメだから。私はここからいなくなるんだもん。だから、この気持ちは絶対に気づかれちゃダメ。
「……そんな顔、すんな」
「そんな顔って」
「そんな顔だよ。アホなくせに、そんな辛気くせぇ顔すんな。ラーラはアホなんだから、アホらしく笑っときゃいんだよ」
「バカの次はアホか! ほんっと失礼だな‼」
ありがと、レナート。
でも、アホらしく笑えってのはひどい。だいたいこの顔はエルバのなんだからね。こんな美少女にアホっぽく笑えとかひどすぎるし。
でもレナートのおかげで、晩ご飯の間ずっと気まずいってのは避けられた。レナートがご飯食べて、私が聞き耳たてて、合間にレナートが茶々入れてきて……不自然なくらいいつも通り。ただ今夜は特に役に立ちそうな噂話は聞けなくて、私とレナートは早めに情報収集を切り上げた。
で、翌朝――
「ねえ、レナート」
「ああ。どうやら動き出したみてーだな」
エルバが。
レナートのご飯の間、私は恒例の盗聴タイム。そこでたくさんの町の人たちが噂してたのは、昨日の夜、領主の館の近くにエルバの幽霊が出たってこと。
『昨日、墓場を騎士団が封鎖してたじゃねぇか。あれ、関係あんのかな?』
『もしかしてアイツら、エルバ様の墓手ひどく荒らしたんじゃねぇか? だからエルバ様、化けて出たんじゃ……』
そっかー。まあたしかに、知らない人にはそんな風に見えちゃうよね。
『いいか、これはここだけの話だぞ。今朝、騎士団の知り合いから聞いたんだけどよ……エルバ様の死体、なくなってたらしいぜ』
『おいおい、どういうこったよ。もしかして、また赤い死神の仕業か?』
出た、必殺ここだけの話! これ、夜までにどれくらい広がるんだろ。しっかし、どこにでも口の軽いのっているよね~。あとこれ何回か聞いたけど、赤い死神って何?
『昨日ファーブラからこっちに来た商人から聞いたんだけどよ。あっちにある石人の棲み処っつー森にかかってる霧、あるだろ? あの霧、なんかヤバいことになってるらしいぜ。もしかしたらこれから、瞳石の価格がより跳ね上がるかもな』
ドウセキって……もしかして瞳に石って書くのかな? そういえば前にレナートが言ってたよね、石人は目が宝石だから狩られちゃうって。石人って、本当に人扱いされてないんだなぁ……なんかちょっとへこむ。
『昨日の夜、エルバ様の幽霊が領主様の館の近く歩いてたんだってよ。なんでも“私の体を知りませんか?”って尋ね歩いてるらしいぜ』
『うへぇ。俺、今日は飲まないでまっすぐ帰るわ』
エルバってば、そんなストレートに聞いて回ってるのか。でもそれ、完全にホラーだから。絶対逆効果だから。あと、ごめんね。変装してるから、たぶん聞いても誰も知らないと思うんだ。
でも、ちゃんと探してくれてたんだ。よかった、あそこから出てきてくれて。とりあえずエルバと会うまでは、ファーブラには絶対行けないよね。まあ今のとこ、行くかどうかもわかんないんだけど。
「どうだ?」
すっかり食べ終わったレナートが目で報告を催促してきた。
「なんか色々言ってるね。エルバの死体がなくなったとか、赤い死神がどうとか、石人の森の霧がヤバいとか、エルバが『私の体を知りませんか?』って聞いて回ってるとか」
「さすがにカタリナ関係はないか。こっちはカリオの報告待ちだな」
そうだ。この際だから、わかんないことちょっと聞いてみようかな。
「ねえねえレナート。そういえばたまーに出てくる、“赤い死神”って何?」
「あー、それか。そうだな……ここじゃアレだから、いったん部屋戻るぞ」
なんだろ? 他の人に聞かれちゃまずい系? でも、町の人たちもわりと普通に話してたみたいだけど。まあ別にここで話さなきゃいけないってわけでもないし、レナートが部屋がいいっていうんなら私としては異論ないけど。
というわけで部屋に戻ってきた。
「俺がエルバの死体に目ぇつけた理由、それが“赤い死神”だ」
赤い死神――レナートの説明によるとそいつは、男女問わずきれいな死体だけ盗んでいく死体専門の泥棒。きれいっていうのは状態がいいっていうのはもちろんなんだけど、顔がきれいっていうのも含まれてる。ていうか、ぶっちゃけそっちがメインらしい。やだ~、確実に変態のにおいがするよ~。
「だからわざわざ美人って名高いエルバ狙って、苦労して棺から死体だけ持ってきたんだよ。もし死体がなくなってても、エルバなら赤い死神に持ってかれたって思われんだろ」
「あー……死神ってのはなんとなくわかった。じゃあさ、その死神さん、なんで赤いなの?」
死体の血で真っ赤とか、そんなホラーな理由だったらやだなぁ。絶対会いたくない。
「死体がなくなる直前、墓場に出るんだよ。服から靴から髪まで真っ赤な、悪魔族の男が。だから赤い死神」
「ふーん。でもさ、そこまでわかってるんだったら捕まえないの? だって、泥棒なんでしょ?」
「無理なんだよ。直前にその姿が見えてても、気がついた時には死体も死神もいなくなってる。神出鬼没の美形専門死体泥棒、それが赤い死神だ」
美形専門死体泥棒って、聞けば聞くほど変態のにおいしかしない。死体の血で真っ赤な方がまだマシな気が……いや、やっぱどっちもやだわ。
「あいつはその神出鬼没ぶりから、魔法使いなんじゃないかって言われてる」
「まさかだけど、その赤い死神がコクショさん……なんてこと、ないよね?」
「赤い死神が黒書だと、なんかまずいのか?」
「まずいよ! だって、たぶん絶対ヤバい人じゃん‼」
レナートはなんでって感じで眉をひそめた。いや、むしろこっちがなんでだよ!
「たぶん絶対ってどっちなんだよ。でもよ、赤い死神が黒書なら、おびき出すことも出来なくはないぞ? どっかから顔がきれいで新鮮な死体を盗んでおとりにすれば……」
そうだった。そういえばレナートも、死体盗んできちゃう系だった。