18.死体令嬢は困惑する
レナートに、改めてエルバとのことをざっと説明した。
「で、探しに来いって言ったのか」
「うん。だって、この体はエルバのだし。それにさ、無断で借りっぱもよくないかなって。……あとね、あんなとこにひとりぼっちで居てほしくなかったってのもあるかな」
だって。あんなとこいつまでもいたら、エルバってばまた自殺ループ入っちゃうかもしれないじゃん。やだよ、そんなの。
「成仏できてないってことはさ、エルバ、きっと未練があるんだと思うんだ。その未練がなんなのかは本人に聞かなきゃわかんないけど、あんなとこで泣いてたって解決しないもん」
あんなとこで何度最期を繰り返したって、ひとりで泣いたって、たぶんなんにも解決しない。生まれ変わって新しい未来に行くこともできないし、ずっとずっと辛いまま。
やなんだよ、そんなの。体を貸してもらってるってのもあるかもだけど、なんかもう情がわいちゃってるんだよね。だから、できるなら助けてあげたい。
「そりゃそうだろうが……だからって呼び寄せんなよ。血の契約があるからそう簡単に乗っ取られやしねぇだろうが、だからって元の魂と体が会ったとき、なんか不具合が起きねぇとは限らねーんだぞ。それを――」
「ごめんごめん。でも乗っ取られるって、エルバの体乗っ取ってるの私の方だよ。もしエルバの魂がこの体に入って私が出てくことになっても、それが本来の形でしょ」
「ダメに決まってんだろ! ラーラが出てくなんてそんなの、俺は認めねぇからな!」
なんつーワガママ俺様。この体はエルバのなんだから、返してって言われたら返すよ、私は。他人のもの盗るとかやだし。
「レナートが認めなくても、そうなったらそのときは諦めて。私はそれでいい」
「俺はよくない!」
もー、ほんとにコイツは! なんでそんなワガママ言うのかな。
「でもさ、私はそのうちいなくなるんだよ? 言ったじゃん、日本へ帰るって」
「それ、は……」
私の言葉にレナートがうつむいた。ぎゅって両手を握りしめて、怒られた子供みたいに。
でもさ、最初から言ってたよ、私。帰りたい、帰るって。だからいくらレナートが認めないとかよくないって言っても、帰る方法が見つかれば私は帰る。
レナートとお別れするのは私だってちょっと寂しいけど。でも、私はそれ以上に家族が恋しい。日本が恋しい。だって、生まれてから十六年暮らしてきた世界だもん。思い出だっていっぱいある。帰れるなら帰りたいって思うのは悪いこと?
「レナートも手伝ってくれるって言ってたのに、急になんで?」
「……悪ぃ。ちっとどうかしてたわ、俺」
顔を上げたレナートは笑ってたけど、なんか痛々しくて。泣きたいのを我慢してるみたいに笑ってた。
なんでそんな顔すんの? それじゃまるで……
「レナー――」
「別件の追加情報もらいに行ってたんだ。さっき出かけたのは、カリオんとこの精霊からそれ受け取るためだ」
まるで私にしゃべらせないぞって感じで、レナートは急に色々しゃべり始めた。何かをごまかそうとするみたいに。
「ラーラ。もしかしたらおまえを、元の世界に戻せるかもしれない」
「え……えぇ⁉ レナート、それほんと?」
「かもしれない、だ。まだわかんねぇ」
「かもしれないでもいい! いいから教えて‼」
帰れるかもしれないってことに、レナートの変な態度のことなんか一瞬でぶっ飛んだ。
「前に話したよな。この世界には“魔法使い”って種族がいるって」
「えーと……」
「忘れたのかよ。じゃあ、もう一度説明すんぞ。魔法使いってやつらは、なんかの条件と引き換えに人の望みを叶えるっつー奇特な種族だ。なんでそんなことしてんのかとかはわかんねぇ。それに数も少ねぇし、まずどこにいるのかもよくわかんねぇ」
「絶望的だし! ちなみにこの国には?」
私の問いにレナートは首を横に振った。
というか魔法使いたちは神出鬼没で、どこに住んでるのかも、いつどこに現れるのかもわかんないらしい。って、そんな人たちどうやって探せばいいの?
「呼び出す方法もわからねぇ、どこに住んでるかもわからねぇ。有名なのは何人かいるが、そいつらはファーブラって国に現れることが多いから、おそらくその辺を根城にしてるんだろうってことしかわかんねぇ」
「ファーブラって遠いの?」
「こっから東に行った国だが、国境にでかい川がある。それを船で越えるか、もしくは南のマングローヴィア領のリゾフォラの港から海路で行くか。どっちにしろ船でしか行けねぇ」
「でも、そのファーブラって国に行けば会えるかもなんでしょ? だったら行きたい。私ひとりでも、行きたい!」
瞬間、レナートがすごく傷ついた顔をした。
「ひとりで行くとか……言うなよ」
「あ、ごめん……」
うぅ……なんか気まずい。どうしよう、どうしたらいい?
なんて思ってたらレナートのやつ、今度はすっごいバカにしたような顔で見下ろしてきた。
「バカかおまえは。おまえひとりでどうやって船に乗る? この世界の常識も文字もわからない、ましてや金も持ってねぇおまえが、どうやってひとりでファーブラに行くんだよ。バカか! いいからおとなしく俺を頼れ」
「うー……そりゃそうだけど。なんか言い方ムカつくなぁ」
「うるせぇ。ラーラがバカなのが悪い」
「ひどい! バカって言う方がバカなんですー‼」
結局、いつものバカみたいなじゃれあいになって。
レナート、もしかしてわざと空気変えてくれた? そうならほんといいヤツなんだけど……素だったらムカつくな。バカ言うな、バカって!
「いいから。いったんファーブラのことは忘れろ。そっちはあとで考える。今はまず、今日もらいにいった情報の続きを聞け。いいか、どうやら異世界に干渉できる魔法使いってのがいるらしい」
「マジか! えらい、レナートえらい‼ あとエロい」
「あぁ⁉ これ以上教えねぇぞ、テメェ」
「あ、嘘です。レナート様、よっ、このイケメン!」
「…………なんか、すっげーバカにされてる気がするんだが」
やだー、すっかり拗ねちゃった。イケメンって誉め言葉じゃん。めんどくさいなー、この俺様お子様。
「はぁ、もういい。で、その魔法使いってのは“黒書の魔法使い”って呼ばれてるらしい。ただ、調べてくれた精霊たちも名前は知ってるって程度なんだと。百花とか海とか、いわゆる人間たちにも名前が知られてるような魔法使いじゃないらしい」
「魔法使いにも色々あるんだね。じゃあ私たちは、そのマイナーなコクショさんを探さなきゃいけないのか~」
あ、待って。人間に有名なってことは、その魔法使いたちはそれなりに人間に関わってるってことだよね? だったら、もしかして私たちでもコンタクト取れるかもしれないけど……。でも、コクショさんは知られてない。それってコクショさんが人間とは関わらないから……ってことだったり? うっわ、また詰みそう。
「もしかしてもしかすると、コクショさんって人間嫌いだったり? だったらどうしよう」
「さあな。黒書なんて魔法使い、俺だって初めて聞く名前だしな。どんなヤツなのか、どんな条件で呼び出すのか、どんな状況で現れるのか。そういうの、まったくわかんねぇんだよ。それに……」
なんか明らかに呆れてますって顔でレナートが見てきた。なに? なんで?
「ラーラ、おまえエルバに自分を探せって言ったんじゃなかったか? なのに言いっ放しで、エルバ呼びつけるだけ呼びつけてファーブラ行くつもりだったのか?」
「……あ」
すっかり忘れてた。