17.死体令嬢は邂逅する
けっこう遠くに見えてたと思ったのに、歩くのと違ってあっという間に着いちゃった。障害物なし、人目も気にする必要なし、おまけに飛べるしで幽霊って便利!
そのまま石の壁をすり抜けてお城の中へと入る。きれいな模様のタイル敷きの廊下とか、お高そうな壺や絵とか、壁にかかってる燭台とか、映画とかで見たことある外国の貴族のお城って感じ。
『助けて……助けて……』
ここに来てから、エルバの声はかなりはっきりと聞こえるようになってた。でも、どこにいるかがわからない。
「どこ⁉ 返事して、エルバ!」
『違うのに……なんで……』
エルバの声は聞こえるんだけど、私の声はエルバには届かない。呼び掛けても全然返事来ない。
片っ端から探してってもいいんだけど、この幽体離脱がいつまで続くのかとかわかんないし。それになるべくなら苦労とかしたくないし。
だから、考える。エルバがいそうな場所、エルバの思いが強そうな場所――
「牢屋、とか?」
それに誰か言ってなかった? 領主の館の地下からすすり泣きがどうとか。
「地下っていったら、やっぱり牢屋だよね」
というわけで、床を突き抜けてガンガンと地下へ下っていく。今も泣き続けてるエルバを探して。
「ビンゴ!」
ほんとに地下にあったよ、牢屋。ふよふよと進んでくと、だんだん見覚えのある景色になってきた。
「なぜ、わたくしのことは信じてくださらないの……」
いた! 見つけた‼
「エルバ!」
牢屋の中、すみっこに座って泣いてるエルバがいた。
きれいなドレスで、髪も凝った感じでアップに編み込まれてて、まさにお姫様って感じ。なのに、そんなきれいなお姫様は、牢屋のすみっこでひとり泣いてる。
「違うの、わたくしはやっていない。なのに……助けて……でも、もう……」
これ、夢の最後でエルバが言ってたセリフ? たしかこのあと、エルバは……
なんて思ってたら、いきなり床にあの小瓶が現れた。エルバがそれを手に取る。
「ダメ! 飲んじゃダメ‼」
瓶を掴んだエルバに飛びかかって、それを止めた。
させない。こんなとこで死んだあとまで何回も自殺を繰り返してるなんて……そんなの辛すぎる。私、幽霊になっててよかった。エルバを見つけられたし、止められる。
「もういい、もういいから」
録画された映像みたいに同じ行動を繰り返そうとするエルバ。最後の瞬間に囚われたまま、何度も何度も同じことを繰り返す。死んだことに気づかないまま、ずっとずっと自分を殺し続ける。
「聞いて、エルバ。あなたは死んだの。もう、死んじゃったの!」
けど、エルバの目は何もない宙を見つめたまま。私に掴まれてる小瓶を握りしめた手を口元に持っていこうと、ただそれしか動かない。叫んでも、私の声は届かない。
「聞いて、エルバ! 私の言葉を、聞いて‼」
それでも。どうしようもなくても叫び続けた。ありったけの声で、私の言葉を信じてって祈りながら、何度も何度も叫んだ。
「……だ、れ?」
願いが通じたのか、しつこさに参ったのか。どっちかわかんないけど、とにかくエルバの動きが止まった。まだぼんやりとしてはいるけど、正気の戻った目を私に向けてきた。
なんにも思いつかなかったからとりあえず呼び続けてみたんだけど、なんとかなってよかった。
「わたくしを呼んでいたのは、あなた?」
「私は……えーと、本名は今ちょっと忘れちゃってるんでわかんないんだけど、とりあえずラーラって呼ばれてる」
「ラーラ、様。では……その、ご存じでしたら教えていただきたいのですが……わたくし、なぜ生きているのでしょう?」
こてんって感じにかわいく首をかしげたエルバ。どうやら自分はまだ生きてるって思ってるらしい。
「えーとね、さっきも言ったんだけど……エルバね、もう死んじゃってるよ」
ごまかしたってエルバが生き返るわけじゃないし。それにちゃんとわかんないと、このまま成仏できなくなっちゃうかもしれないし。
「ではやはり、わたくしはあのとき……」
あ、意外とすんなり受け入れてくれた。たぶん、薄々はわかってたんだろうな。ただ、悲しくて忘れちゃいたかった、とか?
「ではラーラ様。わたくしは、なぜ今ここにいるのでしょう?」
「うーん……たぶんだけど、地縛霊ってやつになっちゃってるんじゃない?」
「じばくれい? それは、どのようなものなのでしょうか?」
「えーと……場所に縛られちゃった幽霊、みたいな?」
夏になるとよくやってる心霊番組の知識の受け売りで答えた。ほんとにあってるかは自信ないけど。私、専門家じゃないし。だいたい、ここに来るまで幽霊とか見たことなかったし。
「ラーラ様は博識でいらっしゃるのですね。見たことのないような不思議なお召し物といい、もしや天よりの御使いでしょうか?」
「いやいやいや、そんなすごいもんじゃないって。これだってただの制服だし。こんな平凡オブ平凡な神様の使いとかいないか――ら⁉」
なんか強い力に引っ張っぱられてる! え、何⁉
――ラーラ、戻って来い!
「やばっ、レナートが呼んでるっぽい! ごめん、今回は偶然ここに来られたんだけど、もう来られるかわかんない」
「そんな! お待ちください、ラーラ様。わたくしはどうすれば……」
オロオロするエルバ。でもごめん、レナートの引っ張る力が強くて、もうここにとどまってらんない。
「もしこのまま成仏できなそうだったら私を探して!」
「じょうぶつ? ラーラ様、じょうぶつってなんですか?」
「エルバの体、預かってるから。だから、私を探して。町にい――」
それが限界だった。めちゃくちゃ強い力に掴まれて、来る時の何倍ものスピードで引き戻された。
「どこ行ってた、ラーラ‼」
で、気がついたときには宿屋のベッドの上。レナートが泣きそうな顔でめっちゃ怒ってた。てか近い。顔、近いから。床ドンっていうかベッドドンやめろ、天然セクハラ野郎。
でもすごく心配してくれてたみたいだったから、いちおう「ごめん」って一言謝る。で、すぐにレナートにはどいてもらってベッドに座り直した。
「いや~、なんか気がついたら体から出ちゃってたんだよね」
「器から魂が抜け出るなんてありえねぇ! ……いや、もしかして血の契約に不備が? そもそも今回は想定外で……」
あ、なんか自分の世界に入っちゃった。しばらくひとりであーでもないこーでもないってつぶやいてたレナートだったけど、満足したのか諦めたのか、ようやくこっちを見た。
「とりあえず体と魂の接続は切れてねぇみてぇだし、原因はあとで調べる。で、おまえ今までどこいってたんだよ」
「エルバと会ってた」
私の答えにレナートの目が見開かれる。うん、そりゃ驚くよね。私も驚いたよ。
「エルバの魂、まだ輪廻の輪に還ってなかったのか」
「あ、輪廻はこの世界にもあるんだ。成仏は通じなかったのになぁ」
「じょうぶつ……成仏か? ティエラでは使わないが、別の国では使ってるな」
「この世界、仏教あるの⁉」
「東の方にある大華国や秋津洲って国じゃ、そういう宗教もあるって話だが……って、今はそんな話はどうでもいいんだよ。エルバの魂に会ったってラーラ、おまえなんともなかったのか?」
眉間にしわを寄せて私の――っていうかエルバの――体をチェックするレナート。もうほんと、この天然セクハラ野郎は……
でもなんかレナートのその必死な姿は、まるで親とはぐれて心細かった子供みたいで。ちょっと怒る気になれなかった。