16.死体令嬢は離脱する
長い長い夜が明けて、ようやく朝が来た。待ってたよ、新しい朝!
暇すぎるので早々にレナートを叩き起こすと身支度させて、どうにかこうにか昨日の食堂まで連れてきた。しっかしレナート、寝起きめちゃくちゃ悪いな。ここに来るまでにけっこう時間かかったんですけど。
「今日はどうしよう?」
テーブルに頬杖をつきながら、もそもそと朝ご飯を食べるレナートを見上げる。
私ってば当事者ではあるんだけど、正直この世界のことがよくわかってないから、どうしたらいいかわかんないんだよね。
「墓地へ行こう。ちょっと気になることがある」
「気になること?」
「ああ。もしかしたらなんだが……」
無言で私をじっと見るレナート。そんなレナートの視線に、察しのいい空気の読める私は気づいてしまったのだ。
あ、エルバの遺体盗んだことバレたな。って。
「言わなくていい」
私の顔を見てソッコーで口止めしてきたレナート。やっぱ当たりか~。
「どうも町がざわついてたんで、さっきその辺のやつに聞いてみたんだけどな……今さっき、騎士団が墓地を封鎖したらしい」
今さっき封鎖したばっかってことは、これから現場検証って感じ? じゃあ完全にバレるのはこれからかな。
そんな中、私たちはいちおう確認だけするために墓地へと向かったんだけど――
「悪いがここは封鎖中だ。墓参りは後日にしてくれ」
墓地の入り口にはやっぱり騎士の人が立ってて。どうするのかなってレナート見たら、あっさり引き下がっちゃった。
で、今。私たちは墓地のそばの公園のベンチにいる。
「やっぱり入れなかったね。どうしよう」
ここに来る途中の花屋で買った花束を手持ち無沙汰に揺らしながら、首は動かさずに目だけでレナートをチラ見する。そんな私にレナートは、ニヤリって感じの悪者っぽい笑みを返してきた。
「入れないのは承知で来たんだよ。ほれ、今こそ昨日の練習の成果を見せるときだろ」
「……あ」
昨日の練習の成果って――盗聴か! こっから中の様子を盗聴しろってことね。はいはい、理解した。
集中、集中。昨日よりだいぶ遠いから、ちょっとがんばらないと。
私たちは“墓参りに来たはいいけど墓地に入れなくて途方に暮れてる主人と従者”って設定で、ベンチでぼーっとしていた。いや、私はぼーっとしてるように見せてがんばってるんだけど。
『……棺…………確認……』
ざくざくと土を掘り返す音に混じって、何人もの足音や声が聞こえてくる。でも、やっぱりちょっと遠くて聞き取りずらい。もっと集中しなきゃ。
『開けるぞ』
だいぶ聞こえるようになってきた。やっぱ私、天才!
『ない! 空だ‼』
『また赤い死神か?』
『いや、どうも今回は違うらしい。とにかくカタリナ様に報告を』
あー、やっぱりバレちゃった。でも、赤い死神ってなんだ? あ、バタバタし始めた~。
それにしてもレナートってば、エルバのこと棺ごと盗ってきたんじゃなかったんだ。一度掘り出してエルバの遺体取って別の棺に入れ直して、元の棺はまた埋めたって……そんな面倒なこと、なんで?
「レナート、バレたよ。カタリナ様に報告だーって」
うつむいて花束を見つめながら、何気ない会話してますよーって感じでレナートに中の様子を伝えた。
「やっぱりか。しかし、なんで今になって急に調べようなんて思ったんだ? 今日の今日まで調べる素振りなんざ一切なかったってのに。いちおう赤い死神のふりもしてたってのになぁ……」
納得いかないって顔で、ひとり小声でぶつぶつとつぶやくレナート。
まあ、そんなのも聞き取れちゃうのが、この天才リビングデッドの私なんですけどね。……うん、別に嬉しくないわ。そんなことより、ごはんをおいしく食べられるとかの方が全然よかった。
それにしても、さっきからみんなが言ってる赤い死神ってなに?
「これ以上ここにいても仕方ねーし、いったん戻るか」
結局ここでわかったことって――エルバの死体がなくなったことがバレてカタリナに報告されました――ってことくらいだった。
収穫も進展も発見も無し。これからどうしよ。
宿に戻った私はやることなくてベッドの上でゴロゴロ。レナートは「ちょっと出てくる」ってひとりで出てっちゃったし。「俺から離れるな」って言ってたのに、早速置いてくなよ~。
しっかし、留守番っていっても特にやることないんだよね。
「ひーまー」
春のおひさまと風が窓から入ってきて、温められた草や色んな花のにおいを運んでくる。のどかなお昼どき。日本にいたときだったら、まず間違いなく寝てたね。お昼ご飯食べ終わってお腹いっぱいになってるとこへ、ぽかぽかのおひさまと午後の授業の先生の声。そんなコンボ、寝るに決まってる。
期末テストも終わって、あとは春休みを待つだけだったんだよなぁ。そんなときにさあ!
目を閉じて浮かんだのは、傷ついたって泣いてたあの子の顔。
恋は盲目っていうけど、あの子はほんとになんにも見えなくなってて。あの子の好きなヤツに私がちょっかいかけてたとか勝手に勘違いして、それで傷ついたって責められた。
そんなん知らないっつーの! それなら私だって傷ついたよ。友達だと思ってた子から、そんな風に思われてたなんて。
しかもさ、関係ないのにしゃしゃり出てきて、薄っぺらい正義感で人を殴るようなやつらは信じちゃうとかさー。あー、思い出したらまたムカついてきた!
頭の中を色んな記憶がよぎってく。叫んでたあの子、好奇心を隠さない群衆の目、つっこんでくる車、冷たくて暗い牢獄……
頭の中をぐるぐると記憶の断片が回る。悔しい、悲しい、どうして――あのときの私の気持ちとエルバの気持ちが、全部一緒にぐるぐるしてる。
ついでに目を開けたらぐるぐるぐるぐる、なんか天井も回ってる。もしかして私、目も回っちゃってる⁉
※ ※ ※ ※
で、ブラックアウトのち気づいたら、私は私――いや、実際にはエルバなんだけど――を見下ろしてた。
ベッドの上で目を開けたまま手足を投げ出しているエルバは血の気がないから、人間って言うか人形みたい。ていうか、まさにザ・死体って感じ。まあ、正真正銘死体なんだけど。
でも、いきなりなんで? これってあれでしょ、幽体離脱ってやつ。もしかして私、このまま成仏しちゃう系?
それとも……もしかしてもしかするとだけど、日本にいる私の体が目を覚まそうとしてる、とか?
なんて思ったんだけど。
しばらく経ってもなんにも起きなくて。どうやらこれは、本当にただの幽体離脱だったらしい。仕方がないのでそのへんをふらふらと飛んでみる。あ、壁すり抜けられた!
外は相変わらずのいい天気。そんなのどかな町の中を、私はひとりふらふらと飛んでる。
――助けて……違うの、わたくしは……
暖かい風と一緒に流れてきたのは、どこか聞き覚えのある声。どこで?
――違うの、わたくしはやっていない。
流れてきたっていうかこれ、頭の中に直接きてる? でも、どこから?
――助けて……もう……
これは、この声は――
「エルバ!」
最初はわかんなかったけど、これ、エルバの声だ‼ ていうか、いつもしゃべってるこの体の声じゃん! セリフだってあの夢と同じだし。あ、なんで最初わかんなかったのかわかった! あれだ、録音した自分の声聞いてる感じだったんだ。耳から聞く音と骨導音の差。
でも、どこ? どこで泣いてるの⁉ ぐるっと周りを見渡してみる。泊ってる宿、墓地、家とかいろんな建物……違う、そこじゃない。
「……そこ?」
丘の上に建つお城みたいなお屋敷、そこだって思った。そこで、エルバが泣いてるって思った。
だから私は、丘の上の大きなお城屋敷へと全速力で飛んだ