15.死体令嬢は盗聴する
そろそろ日が暮れてきてきたので、ひとまず本日の宿へ。
私には必要ないけど、レナートには晩ご飯も必要だしね。ちなみに私が偽装してる石人もご飯は食べないから、何も食べないでレナートと一緒にいても不自然じゃないらしい。石人は月の光と水だけで生きてるとか。仙人か!
「次、どうしよっか」
エルバに親しい人から、エルバのことは聞いた。カタリナとあまり仲が良くなかったこともわかった。
というより、カタリナから敵視されてたっぽいな~。ま、カタリナ側からはまだ何も聞いてないから決めつけちゃダメなんだけど。
「とりあえず聞き耳たてとけ」
「聞き耳? ここで?」
私の目の前でおいしそうなディナーを食べてるレナートがうなずいた。どゆこと?
「おまえら生ける死体は、俺たち死霊魔術師から供給される魔力で色々な器官が強化されてる。たとえば目。おまえ、暗闇で前が見えなくて困ったこととかなかったろ?」
「あー、そういえば。初めて塔の外に飛び出たときも、衣裳部屋あさったときも、やけによく見えるなーって思ってたんだよ」
「能天気なやつだな。ま、そんな感じで耳も強化されてる。集中して音拾え。俺はその間メシ食ってる」
「いいなー。私もご飯食べたーい」
「腹減らねぇし消化もできねーし、そもそも必要ねぇだろ。あと言っとくが、たぶん味も感じねーぞ。ほら、いいから集中」
味のない食事はやだな。食べる楽しみがないとかリビングデッドつらい。仕方ない、暇だしやるかー。
テーブルに肘をついて、あごを乗せた姿勢で耳に神経を集中させる。……って、うるさっ‼
「レナート、うるさすぎて無理」
「無理じゃない。絡んだ糸をほどくみてーに、音の中から気になったのだけ拾え」
「スパルター」
「すぱるたってなんだ?」
しゃべる言葉は自動翻訳されてるっぽいのに、たまに通じないんだよなぁ。ま、いっか。はい、集中集中。がんばりまーす。
宿の一階が食堂になってて、泊まってる人もそうじゃない人もいっぱい来てて。すごいね、千客万来ってやつ。きっと料理がおいしい評判のお店なんだろうなぁ……私も食べてみたかった。せっかくの異世界なのに視界は擬装用カラコンのせいで気持ち悪いし、料理は食べられないし、なんかすっごい損してる。
まあ、そもそも強制的にこの世界に放り込まれたあげく、ワケアリ死体に放り込まれてたんですけどね! 確実に損してるわ!
「うー……難しい」
「ほれ、がんばれ」
「他人事だと思って~」
なんて会話をしながらも、私ってば根がマジメなんでがんばって音拾ってました。そうするとちょっとずつだけど慣れてきたのか、ひとつひとつの音が拾えるようになってきて。ヤバい、私もしかして天才?
……いや、リビングデッドの天才ってなんだよ。そんな才能嬉しくないんだけど。
『やっぱり……は混色だったから……』
『ご領主様の喪が……結婚……』
『お屋敷……地下……すすり泣きが』
集中、もっと集中。何度も乗り越えてきたあのテスト前日を思い出せ、私。
『今日はご領主様のお屋敷の方がやけに騒がしかったな』
『カタリナ様とカヴァリエ―リのとこの三男坊の結婚式の用意だろ? 来月だっけか』
『ご領主さまが亡くなられてまだ一月だぞ? 準備とかだってあるだろうに』
『結婚の準備自体は前からしてたろ。エルバ様のを流用すりゃ……』
『しっ! 滅多なこと言うんじゃねぇよ。やめやめ、こんな話面白くもなんともねぇや』
あー! せっかくいい感じのおしゃべり拾えたのに、やめちゃったよ~。他にも誰かいい感じのおしゃべりしてないかな。
耳を澄ませて音を拾っていく。仕事の愚痴、恋バナ、おじさんたちの下ネタトーク、子供の話……色々聞こえてくるけど、エルバたちの話にはなかなか当たらない。
『私もカタリナ様とベッファ様みたいな恋がしてみたい~!』
きた! カタリナの話題だ。
『ええ⁉ あのふたりみたいなって……あのふたり、略奪愛だよ。ベッファ様はもともとエルバ様の婚約者だったじゃない』
『だから燃えるんだって! 大きな障害を乗り越えて結ばれるふたりなんて』
『私はやだけどなぁ。略奪って趣味じゃない。それに自分たちの恋の成就のために誰かが死ぬとか、たとえそれが混色だったとしても後味悪すぎ』
『何言ってんのよ、エルバ様は自滅しただけでしょ。親殺しだなんて恐ろしいことをしたんだもの、当然の結果よ』
女の子たちの会話はそこで止まってしまった。片方の子――カタリナたちに否定的だった子――が黙っちゃったから。そのあとは悪くなっちゃった雰囲気を変えるためか、全然関係ない話になっちゃった。
「どうだ?」
すっかりきれいになったお皿をテーブルの端にどけ、優雅に食後のお酒を楽しんでるレナート。私ががんばってる間に……いい御身分ですね!
「カリオさんの教えてくれた情報と同じような話しか聞こえてこない」
「ま、そうだろうな」
ん? んん? そうだろうなって……じゃあ、なんでわざわざ情報収集させた!
「納得いかねぇって顔してんな。別にこんなとこで手に入る情報なんざ、はなっから期待してなかったからな」
「じゃあ、なんでやらせた!」
そんな私のツッコミに、レナートはこれみよがしな呆れ顔を返してきた。なに、そのアホの子を見るような目。失礼すぎない?
「練習だよ、練習。おまえ、他の生ける死体と違って疑似魂じゃねぇからな。そういう一切、やり方わかってねーだろが。疑似魂入れられてるやつなら最初からそういうのも書き込んであるから、やり方なんざ教えなくてもいいんだけどな」
「へー。疑似魂ってプログラムみたいな?」
「ぷろ……? ラーラはたまにわからん言葉を使うな」
あ、また通じなかった。ま、いっかー。別にこのへんは通じなくても特に困んないし。
「つーわけで、本番はこれからだ。だいたいこんな大衆食堂に貴族やそれに関わるようなやつらが来るわけねーだろが。こんなとこで重要な情報を気軽にやり取りしてるやつがいるなら、そいつらのツラ見てみてぇよ」
「まあ、たしかに。やっぱ密談は高級料亭とかがお約束だよね~。越後屋、お主も悪よのぅ」
「またわけのわからんことを。さて、盗聴はできるようになったみてぇだし、俺は寝る。部屋、戻るぞ」
「はーい」
というわけで、レナート先生による盗聴チュートリアル終了。いや、教えてもらってないけど。ほぼ独力でしたけど。
その日はそのまま部屋に戻って、レナートはシャワー浴びたらさっさと寝ちゃった。私のこの体は寝なくていいらしくて、夜ひとりだとすっごい暇。ぼへーっと窓から町を見下ろして時間をつぶす。最初の日みたいに夢とか見られればいいのに。ついでにヒントプリーズ。
なんて言ってても仕方ないし、とりあえずやることもないし。もうちょっとだけ盗聴スキル上げとくか~。
猫の喧嘩、犬の遠吠え、虫の声に風の音に葉っぱの音……寝静まっちゃった町からは、人の声はほとんど聞こえてこなくて。
こっちに来てからもう何度も経験したけど、眠れない夜って暇だなぁ……