14.死体令嬢は葛藤する
「なんてこと……! では正式な裁きが行われる前に、誰かがお嬢様に毒薬を。……お嬢様、さぞお辛かったでしょうに。私はそんなお嬢様をお助けすることも間に合わず、一緒についていくこともして差し上げられなかった」
「アリーチェさん、聞いて。エルバは最後まで誰も恨んでなかった。誰かに一緒に死んでほしいなんて思ってなかった。ただ、信じて欲しいって言ってただけ。だから、そんなこと言わないでください」
――違うの、わたくしはやっていない。なのに……助けて……でも、もう……
うん。エルバは最後まで誰かを呪ったり、恨み言を言ったりはしてなかった。ただ、信じてもらえない自分を悲しんでただけ。それが弱いのか強いのかは意見がわかれるとこだろうけど、私はすごいって思った。
だって私は自分のとき、ムカつく、あいつらもみんな死んじゃえって思ったもん。
「エルバお嬢様……あの方は、本当にお優しい方だったんです。そんなお嬢様が自らの御父上を手にかけるなど、絶対にありえません! むしろ、あの性悪の方が――」
アリーチェさんははっとした顔をすると、慌てて口を閉ざしてしまった。
「あの性悪? って、もしかして」
「……お嬢様の異母妹、カタリナ様です」
浮かぶのはたった一人。あの夢の中で、いかにもかわいそうなヒロインって感じでエルバを責めてたやつ。一見優しそうな言葉で、エルバの言葉を聞きもしないで悪だと決めつけたやつ。
「カタリナ……様って、どんな人なんですか?」
私の質問に、途端アリーチェさんの顔がくもった。
「カタリナ様は言うなれば……狂信者、でしょうか。御自分の」
「自分の狂信者?」
自分の狂信者ってどういうこと? 自分を信じてるってこと? でも狂信者って、あまりいい意味ではないよね。
「カタリナ様は、ご自分の失敗や間違いを認識いたしません。なので、エルバお嬢様が御自分より優秀だということも当然認識しておりません。カタリナ様の中では、お嬢様よりも御自分の方が優秀なんです。そう、信じきっておられるのです」
うわぁ……めちゃくちゃめんどくさそうな子なんですけど。絶対友達になりたくないタイプだ。
「自己評価がとても高く、見目もとても美しい御方です。ですからその言動は常に自信に満ちあふれており、一見とても魅力的に見えます」
あ~、でもそれはわからなくない。まだそんなに仲良くなってないときだったら、でもでもだって私なんてって自虐ばっかしてる子より、自信もって堂々と発言してる子の方が魅力的に見えるかも。
もちろんどっちも程度によるし、そのときの場の雰囲気とかもあるけど。
「ですから、カタリナ様の周りには熱心な信奉者がたくさんおりました。多少勉強が不得手でも、それを助ける者が。その美しさを褒めたたえ、高価な贈り物をする者が。カタリナ様に不足しているものは、誰かが差し出すのです」
それってサークルのお姫様的な? とにかく人気者ってことだよね。
「ですが……一度どなたかと諍いを起こされたときなどは、そのカタリナ様が嘆けば、周囲の者が代わって相手を難じてしまう。それがたとえ、相手の方に非がなかった場合でも」
それって自分の好きな人の言い分だけ聞いて、数の暴力でいじめるってことじゃないの? しかも争いを起こした本人は動かないで、全部他人に任せるって……
そういう子って相手になんかあっても、「困ってたら周りの人が勝手に」とか言い訳するんだよね。私、そういうの好きじゃない。って、これも私の偏見だけどさ。
瞬間、よぎったのは最後の記憶に出てきたあの子。自分では何も言わず、何も聞かず。私との話し合いだって言ってたのに、関係ない他人を連れてきた。
「ですから、お嬢様のことも……いえ、これも私の憶測にすぎませんね」
「証拠はないのですか?」
レナートの質問に、アリーチェさんは「今は、まだ……」って力なくうなずいた。
「私がお仕えしていたのはエルバお嬢様です。ですから私は、どうしてもお嬢様を贔屓してしまいます。今お話ししたことも全て、私から見たカタリナ様の印象にすぎません」
アリーチェさんの話してくれたこと、そのまま信じたいけど……それじゃ私も、カタリナの周りにいる人たちと同じになっちゃう。それをやられた側として、あの子たちやその人たちと同じになるのはやだ。
だから、もっと色々な人から話を聞きたい。そして、できればカタリナ本人も見てみたい。
「私個人としては、エルバお嬢様をあのような境遇に追い込んだのはカタリナ様だと思っております。ですが、これはあくまで私の憶測で、まだなんの証拠もございません」
悔しそうにうつむくアリーチェさん。
心ではカタリナがやったって思ってるのに、理性が証拠はないって否定してる。もっと感情だけで考える人だったら、こんな風に苦しまなくてすんだんだろうに。
「一方的に色々と吐き出してしまい、申し訳ございませんでした。それであなた方は、ここへ何をしにいらしたのですか?」
アリーチェさんは少しだけすっきりした顔で私たちを見た。
きっとずっと、誰かに愚痴りたかったんだろうなぁ。
「色々あって、私は今なぜかエルバの中にいるんです。でも私は、私のいた場所に帰りたい。だから、なんで私がエルバの中に入っちゃったのか、その理由が知りたくて調べてるんです。で、まずは調べられるところから、エルバのことから調べようって思ってお話を聞きに来たんです」
「さようでございましたか。私の話などがお役に立てばよいのですが。そして、もし叶うのであれば……」
アリーチェさんはどこかすがるように私を見てきた。
「あなたによって、エルバお嬢様の無実が証明されれば――」
「アリーチェさん」
アリーチェさんの言葉を遮ったのはレナートだった。
「エルバ様の身の潔白を証明したいのであれば、まずはあなたのような方が動くべきでしょう。何もできなかったと嘆くのなら、今からでも何かをすればいい。たしかにラーラはエルバ様の体を借りています。けれど、ラーラにそれを求めるのは違う。エルバ様を思っていたのは、あなたではないのですか?」
レナートの言葉に、アリーチェさんは黙ってうつむいちゃった。
アリーチェさんの気持ち、私にもわからなくはない。私だってできるならエルバの冤罪を晴らしてあげたい。でもだからって、自分の全部かけてまでその無実を証明しようとかまでは考えてなかった。ただ、何があったのか知りたいって思っただけ。私のは、同情と好奇心のないまぜみたいな感じ。
だからレナートが言ったみたいに、こういうのはアリーチェさんみたいにエルバを本当に好きだった人たちがやらないと意味ない気がする。
結局アリーチェさんからはそれ以上何も聞けそうになかったので、私たちはそのまま彼女の家を出てきた。
「レナート……さっきはありがと」
「あ? 何に対しての礼だ?」
すっかり元に戻っちゃった。でも、こっちの方が安心するな。
なんだかんだでちゃんと守ってくれて、ありがとね。