13.死体令嬢は帰郷する
それからすぐ支度をして私たちは翌日の朝一で出発し、翌々日にシプレス領のグラウカという町へと入った。
レナートの骨馬車なら馬を休ませる必要がないから早いっちゃ早いんだけど、なにせ目立つ。いくら死体を労働力として使ってる国とはいえ、個人所有の骨馬車はさすがに目立ちすぎる。なので、今回は普通の駅馬車を乗り継いでここまでやって来た。
前にレナートがこの世界にも車はあるって言ってたけど、それはあくまで一部のお金持ちとか物好きのもの。飛行機もあるけどこっちも同じ。
この世界、どうやら町の外や空の上にはドラゴンとか色々な生き物がいるらしくて、彼らの縄張りがあるから飛行船も飛行機もほいほいとは飛ばせないらしい。縄張りを避けてとかってやってると結局すごく遠回りになっちゃって、飛ばす意味がないって言ってたなぁ。
あと、こっちの世界では宝石、といっても人工宝石なんだけど、それを主な燃料に使うらしい。
そんな宝石を使った燃料――貴石燃料――がこっちのメインエネルギーで、町の設備も個人の家も、これと魔術を使った設備で成り立ってる。石油とか電気とかを使ったのもあるらしいけど、そっちは一部の地域でしか使われてないんだって。他には精霊を使ったのとかもあるらしいけど、話長かったからそっちは忘れちゃった。
で、車も飛行機もこの燃料を使うんだけど、こっちに使う貴石燃料は個人の家の設備で使うものとはまた少し違ってるみたいで。どうやらちょっとお高いらしい。
だからここでは車とかあまり普及してなくて、町と町の移動のメインは主に駅馬車を使う。
「グラウカって、メランヌルカより地味な町だね」
今回もサファイアのカラコンしてるから青混ざりの気持ち悪い視界なんだけど、それでもわかる。グラウカの町は地味っていうか、メランヌルカの町より全然活気がない。
「喪に服してんだろうな。領主が死んだばっかだから」
「あ、なるほど」
そりゃそうか。しかもその領主を殺したのが娘ってことになってるから、余計に暗いのかも。
「さて。じゃ、行くか」
私たちがまず目指すのは、エルバを育てたって乳母さんのところ。あれからすぐカリオさんに追加注文して、超特急で調べてもらった。この人がエルバの味方かどうか今はまだわかんないけど、私は会ってみたいって思った。アリーチェさん――牢屋の中で、エルバが助けを求めてた人だから。
どうかアリーチェさんが、エルバの味方であってくれますように。
「外套、ちゃんとかぶってろよ」
「わかってるって」
いちおう石人の変装プラス男装してるとはいえ、ここはエルバのホーム。なるべくなら姿を見られたくない。
目つきの悪い銀髪男とフードかぶった男の子って組み合わせ、どう見ても怪しさ満点なんだけど、私の方がフードかぶってるのは問題ないらしい。なんか石人って太陽の光があまり得意じゃないらくて、むしろフードとかかぶってる方が自然だとかなんとか。目が宝石で日光が苦手な人種とか、さすが異世界って感じ。やっぱここ、ファンタジーだよなぁ。
「着いたぞ」
目の前にあったのは石造りの、外国の映画に出てくるアパートメントって感じのおしゃれな建物。ていうか、異世界も外国もそこに住んでる人にはなんてことない風景なんだろうけど、日本人の私にはひたすらおしゃれに見えるんだよ。
大きな木の扉から中に入ると薄暗い通路があって、そこを抜けると中庭になってた。ほんとおしゃれだなぁ。で、そこから行きたい棟へ入ったら中の階段を登っていくって造り。
アリーチェさんの家は三階にあって、レナートがドアノッカーを叩くと中からぽっちゃり系の人のよさそうなおばさんが出てきた。
「どちらさま?」
おばさんはドアの隙間から、めっちゃ怪しい人を見る目で私たちを見てた。ですよねー。
「アリーチェ・ガレッティさんというのは、貴女で間違いないでしょうか?」
「……たしかに私がアリーチェ・ガレッティですけど。あなたたちは?」
おばさん――アリーチェさん――の警戒心がマックスに。
そりゃそうだよね。私もこんな怪しいやつらがいきなり来たら、インターホンチェックしたあと間違いなく居留守使うわ。
それにしても、さっきからレナートの丁寧な言葉遣いがレアすぎて。今日は服装もちゃんとしてるから余計にそうなんだけど、正装してるとほんといいとこのお坊ちゃまって感じ。
「ラーラ」
レナートは私を前に押し出すと、私のフードをとった。
「エル――」
私を見た瞬間、アリーチェさんの顔色が変わった。
エルバの名前を口に出しかけてたのを慌てて止めると、アリーチェさんはドアチェーンを外して「入って」と私たちを部屋の中へと引き入れてくれた。
「この方は……?」
アリーチェさんは泣きそうな顔で私を見たあと、レナートを見上げた。
「今は私の従者で、生ける死体です。生前の名前は……」
「エルバ・クレシェンツィ。ですよね?」
カラコンして石人に偽装してるのに、そんな私を見て迷いなく言い切ったアリーチェさん。レナートはそれに静かにうなずいた。
「では、エルバお嬢様はあの発表の通り、しかも――」
そこまで言うと、アリーチェさんは口を押えて泣き出した。声を出さないように堪えて泣く姿がめちゃくちゃ痛々しくて、思わず背中をさすってしまった。
「すみま、せん。ありがとうございます……お嬢様」
「いえ、私こそごめんなさい。私……エルバの体、勝手に使っちゃってるから」
びっくり顔で私を見たアリーチェさん。
え? 私、なんか変なこと言った?
「あなたは、本当に生ける死体なのですか? その、私の知っている生ける死体というのは、あなたのように人を気遣うとか、そういう心はなかったので」
「えーと……よく言われます」
レナートに。
もしかして他のリビングデッドって、本当にロボットみたいな感じなのかな?
「その……エルバの体、勝手にこんな風にしちゃって……本当にごめんなさい」
深く頭を下げる。今私にできることは、誠心誠意、謝ることだけだから。ごめんなさい、でも、もう少しだけこの体を貸してください。
「頭を上げてください。お嬢様の見た目でそのようなことをされると、私が落ち着かないのです。ですから、ね? それに、むしろこちらがお礼を言いたいくらいです。まさか献体されてしまっていたのには驚きましたが、大切にしてくださっているようですし。ぞんざいに扱われることを思えば、今のこの状況の方が数段ましというものです」
頭を上げると、アリーチェさんが困ったように笑ってた。
ごめんなさい。エルバは献体じゃなくて、レナートが盗んできたんです。うう、胸が痛い。
でもさ、献体だろうと盗掘だろうと、親しかった人を見ず知らずの人にこんな風にされるなんて、普通は怒鳴るくらいじゃすまないと思う。私だったら絶対怒る。
改めて考えたら私、ものすごくひどいことしてるよね。自分のことばっかで、直接会うことでエルバと親しかった人がどう感じるかまで考えられてなかった……
「本当にごめんなさい。全部が終わって私がこの体からいなくなったら、そのときは」
「おい、勝手に――」
「やっぱりだめだよ、レナート」
レナートはリビングデッドとして使いたがってるけど、やっぱりだめだと思う。エルバはきちんと葬られるべきだ。もう一度、ちゃんとレナートと話し合わなきゃ。
「お気遣いありがとうございます、優しいお嬢さん。気にしていない……と言えば嘘になります。ですが、どうかあなたは気に病まないでください」
アリーチェさんはそう言うと、少しかがんで私に目線を合わせた。
「それと、もしかしてなのですが……あなたは、エルバお嬢様を知っていらっしゃる? その、あなたの言葉の端々に、お嬢様への気遣いのようなものを感じまして」
優しい、すごく優しい人。
アリーチェさん、この人は大丈夫。絶対にエルバの味方だ。
「はい。と言っても、夢で見ただけなんです。直接会ったことはありません」
だから、正直に打ち明ける。レナートも止めないし、だから大丈夫。
カラコンをはずして素のエルバに戻る。そして、私が知ってるエルバのことを全部話した。