12.死体令嬢は自覚する
「そんなの信じらんない! 絶対嘘‼」
「だから落ち着け。上がそう発表したんなら、下はとりあえず受け入れるしかねぇだろ。それに噂に面白おかしい尾ひれがつくなんて、いつものことだ」
わかってる。私だってきっと、自分よりずっと強い人にそういう風に言われたら口をつぐむしかないと思う。それに立ち向かうリスクとか考えたら、たぶん黙る。伝言ゲームが歪むってのもわかってる。
でもこんなバカみたいな話、みんながみんな信じてるわけない。エルバに近ければ近い人ほど信じてないはず。ただ、声を上げられないだけ。きっとそうだ。そうであってほしい……
「それに、エルバは混色だった。だからエルバを直接知らない、なおかつ人間至上主義の奴らにとっちゃ、生粋の人間であるカタリナが混色のエルバに勝ったってのが気持ちよかったんだろ」
「混色ってヘテロクロミアのことだよね。なにそれ……だいたい生粋な人間って何? たまたまそれっぽいのが出てないだけで、みんなどっかで混ざってるかもしれないのに」
「そうだな……実際、先祖返りで何代も経ってから唐突にそういう特徴が出るやつもいる。が、そうなるとなかなか悲惨なことになるんだよ、この国は。エルバはだいぶマシな方だ」
そう言うと、レナートは苦しそうに笑った。
「もしかしてレナートも、なんかあった?」
聞いてはみたけど、レナートってば黙り込んじゃった。どうしよう……聞いちゃいけなかったかな。
なんて思ってたら、レナートってばいきなり服を脱ぎ始めた。
「待て待て待て待て、ちょっ、なんで⁉」
だから! なんでおまえはそう唐突にセクハラをかましてくるのか‼
わたわたする私を完全無視で、淡々と服を脱ぐセクハラ野郎。ローブもシャツも脱ぎ捨てて、裸の上半身がさらされる。
あれ? コイツ、ネックレスなんてしてたんだ。ていっても、指輪に紐通しただけのやつだけど。っと、ついガン見しちゃったよ。いや、まあ……上半身くらいなら別にそこまでじゃないんだけど。でも、二人きりの空間でいきなり服脱がれるとかさすがに緊張するんですけど! なんでこんなことに⁉
「これのせいで俺が四歳のとき、俺と母さんは家を追い出された」
くるりと背を向けたレナート。その背中には小さな、まるで生えかけみたいな不完全な羽があった。
「レナートも……」
イエスってことだと思うけど、レナートの頭が小さく揺れた。
「両親はいわゆる普通の人間だった。でも、きっとずっと前に、どっちかの一族の誰かが有翼人種と交わってたんだ。背中に鳥の羽だからおそらくは天使族、もしくは堕天使族かな」
だからレナートには、シルフ姉さんの姿が見えたんだ。
「で、四歳になった俺の背にこれが生えてきたとき、母さんは恥知らずの裏切者って家を追い出された」
浮気を疑われたんだ。疑われたっていうか、そうだってことにされちゃったんだ。
「母さんはずっと、『やってない、信じて』って言ってたな……。でも、最後まで信じてもらえなかった。そりゃそうだ。父親の家系は貴族だったからな。他種族の血が混じってるなんて、たとえそれが本当だったとしても認めるわけねぇし。だから俺は、母さんといもしねぇ誰かの不義の子ってことにされた」
レナートも、信じてもらえなかった側だったんだ。
もしかしてこんな塔に一人で引きこもって死体とだけ暮らしてるのも、人間が信じられないから……とか?
「……触っても、いい?」
ぴくりと肩を揺らしたあと、レナートは小さく頭を動かした。
「真っ白でふわっふわ。すごいね、きれい」
「…………気持ちわりぃだけだろ、こんなもん。形は歪だし、飛べるわけでもねぇし、服着るとき邪魔だし」
「そう? かわいいよ、ヒヨコみたいで」
「それは貶してんのか?」
「褒めてるの」
いつも通りのバカみたいなやりとり。でも今は、ちょっとだけ優しくしてあげる。
こういうの、傷の舐めあいみたいでよくないかもだけど……でもさ、ちょっとだけならいいと思うんだよね。だって、舐めたらこの傷だって小さくなるかもしれないし。
「やっぱ変なヤツ」
あ、笑った。よかった、ちょっとは気分上がったかな? やっぱレナートは口悪いくらいの方がいいや。
それからもぽつぽつと、レナートは自分のことを話してくれた。お母さんはレナートを見捨てないでちゃんと育ててくれたこと。お母さんの実家も貴族だったんだけど、勘当されちゃって実家は頼れなくなっちゃったこと。慣れない仕事をして無理をしてたこと。
そしてレナートが働きだしたころ、死んじゃったってこと。
「ねえ、もしかしてこの服って……」
私が今借りてる服。子供の頃のレナートの服。
大人になって着られなくなってるのにとってあって、なんでだろって思ってたんだけど。
「母さんが買ってくれたんだ」
やっぱり。だから捨てられなかったんだ。
「ごめん! 私、そんな大事なもの勝手に――」
「かまやしねぇよ。ダメならとっくに言ってる。どうせもう着らんねぇし、そんな高いもんでもねぇし。それに……ラーラなら、いい」
いつもの意地悪モードじゃなくて、なんか穏やかな微笑みモードでそんなこと言われたら……
ずるい。ちょっとときめいちゃうじゃん。くっそー、これがギャップ萌えってやつか!
「……あり、がとう」
「おう、ありがたく思え。特別だからな」
あー‼ ヤバい。ただのいつもの俺様な言い方なだけなのに、なんか別の意味があるみたいに聞こえちゃう。今この状況で特別とか言うなよ~。ヤバい、ほんとヤバいから!
「さて、これからどうする?」
「え? どうするって……」
「エルバのことだよ。他に何があんだよ」
「……あ、ああ。うん、えっと……どうしよう?」
アホみたいな私の返しにレナートが頭を抱えた。
いやまあ、今のはそうなりますよねー。私もちょっとどうかと思ったわ。
「ラーラはエルバのことを知りたいんだろ。だったら行ってみるか? シプレス」
シプレス。エルバの生まれた場所。エルバが暮らしてた場所。
そしてエルバが――死んだ場所。
「行く。行って、見てみたい。……でも、私が行ったらすぐバレちゃわない?」
「だからこその変装だろ。エルバの一番の特徴はその目だ。だからその目を別のものにすり替えちまえば、そうそうバレねーだろ。あとはそうだな……お前は生ける死体じゃなくて、生きてる石人のふりしろ」
「なんで?」
「だから、おまえみたいなうるせぇ生ける死体なんていねーんだよ。ラーラの場合むしろ、生きた石人のふりしてた方がまだマシだ。石人っつーのはやっぱ人間じゃねぇから、どっか浮世離れしたやつが多いしな」
「ひっどいなー」
なんて。そんなかわいくないこと言ったって、もうムカつかないもーん。レナートってば口は悪いけど、ちゃんといいヤツだってわかっちゃったし。
だいたいさ、私を連れてくってことは、エルバの遺体を盗んできたレナートだって危ないのに。それを承知で私に付き合ってくれようとしてるんだもん。そんなの、いいヤツ以外のなんでもないじゃん。
「……ありがとね、レナート」
「んだよ、急に。きもちわりーな」
「もー! ありがとうくらい素直に受け取れ」
こんな、なんてことないやりとりが楽しくてしょーがない。心臓は動いてないのに、心がドキドキする。あーあ、私ってばほんとチョロい。これ、完全にレナートに落ちちゃってるわ。
やだなぁ……この気持ちがもっと大きくなっちゃったら、帰るとき私、絶対泣くだろうな。