10.死体令嬢は共鳴する
そのあとすぐ、ちょうどカラコンを入れ直した直後、騎士団だって人たちが来た。そんで縛られたおっさんを連れてった。レナートが通報してたみたい。
こっちでは警察じゃなくて、悪い人を逮捕するのは騎士団の役目らしい。さすがファンタジーな世界。ネクロマンサーが国家公務員やってるくらいだし、もう驚かないけど。
「でも、よく私の居場所がわかったね」
「そりゃ、お前は俺の生ける死体だからな」
俺のとかって……言い方! 漫画とかに出てくる俺様か‼
「……ん」
そんな俺様は、こっちに背中を向けたまま手を差し出してきた。
「なに?」
意味がわかんなかったから聞き返したら、またあのふてくされたような、しょんぼりしたような、変な顔が返ってきた。
で、向き直った俺様にいきなり手首を掴まれた。
「えっ、何? ほんと何?」
「……から……な」
「聞こえない。もっとはっきり!」
またあの顔で見てきた。
だからなんだ、その顔。今度はなに?
「俺から離れるな! だから‼」
あー、はい。理解した。レナート、さてはおまえツンデレだな。
「もー。そういうときは、こう」
掴まれた手首を外して、レナートの手をにぎった。
「こ・う! 手繋ぎたいんだったら、手首じゃなくて手を掴んでよ」
「手を繋ぎたいんじゃない! あれだ……あー、鎖の代わりだ」
「私は犬か!」
ほんっと、かわいくない。ていうか、素直じゃない。そんなほっぺ赤くして言っても説得力ないからね、このツンデレめ。
……って、そっちが照れるとこっちもなんか恥ずかしくなるんですけど。もー、キスは平気なのに手を繋ぐのは恥ずかしいとか。ほんとコイツの恥じらいポイントわかんない。
「いいから行くぞ」
今度ははぐれることなく誘拐されることもなく。無事お役所にたどり着き登録終了。首の後ろになんか呪印ってやつを入れられた。商品につけられてるバーコードみたいな感じらしい。というわけで私、今日から石人のリビングデッドです。
「ねえ。さっきの血まみれの人、どうなったの?」
あの斧で怪我したおっさん。でも、斧でケガしたのって手だったような? 肩とかも血まみれだったけど、何があったんだろ? 私、あの人がケガした辺りからキスされる直前まで、記憶が飛んでるんだよね。
「窃盗罪で初犯の呪印刻まれたあと、しばらく強制労働だな」
「え、それだけ?」
「2回目はもう少し重くなるけど、そんだけだ」
思ったより軽かった。だって、誘拐と殺人未遂だったのに。もっとこう、死刑にしろとかそこまでは思ってないけど、なんて言うか……
「石人、ましてやその生ける死体には人間の法は適用されねぇ。あいつの罪は、俺の生ける死体を盗ったってことだけだ」
「……石人って、なんかかわいそうだね」
レナートは立ち止まり広場を行き交う人たちに目を向けると、ちょっとだけ悲しそうな顔をした。
「石人だけじゃねぇよ。この国は、人間以外をなかなか認めない。獣人も石人も他の種族も、そういうやつらと混ざって生まれた亜人も……」
異世界、思ってたより厳しかった。レナートに拾われた私は、たぶんすごくラッキーだったんだ。
「おそらくだがラーラの体、エルバもその目のせいで色々あったんじゃねぇかな。美人だなんだと褒められちゃいたが、虹彩異色症は石人の血をひいてる証だって言われてるからな」
「どうなんだろ。私が知ってるエルバは、あの夢で見た死ぬ直前のエルバだけだから。……でも、クレシェンツィの暁紅なんて呼ばれてたくらいだし、そういうのをはねのけるくらい、いっぱい頑張ってたんじゃないかな」
きっと、いっぱい頑張ってたんだと思う。ここまで人間以外に厳しい国で、そんな風に言われてたんだもん。そんなエルバが自殺を選んじゃうくらい、最後は心を折られちゃったんだ。
でもあの薬、あれはいったい誰が牢屋に投げ入れたの?
「私、エルバのこともっと知りたい。本人は死んじゃってるし今さらかもだけど、できるならエルバの冤罪を晴らしてあげたい。でも無理なら、せめて私一人だけでもエルバの本当が知りたい」
「エルバはシプレス領主の娘だった。なのに獄死した。そんなやつの死体で生ける死体を作ろうとした俺が言うのもあれだが……ちゃちな感傷程度で首つっこむと、ロクなことにならねぇぞ」
「かもねー。でもさ、やっぱ知りたいって思うんだ」
こんなの、独り善がりな感傷だってわかってる。でも、それでも知りたい。誰がエルバを追い詰めたのか、その人は今どうしてるのか。
「もしかしたら、それで危ない目にあうかもしれない。レナートに迷惑かけるかもしれない」
「あー……まあ、そっちは気にすんな。エルバ掘り出した時点で俺もとっくに他人事じゃねぇし」
「たしかに。レナートも考えなしだね~」
「うるせっ。俺がエルバの死体を選んだのにはちゃんと理由があるんだよ。おまえと一緒にすんな!」
ヤバい。レナートと話してるとやっぱ楽しい。口悪いしデリカシーないしセクハラするしでロクなヤツじゃないけど。でもなんか、一緒にいると楽しい。
「とにかく、だ。まずはエルバの情報だろ。俺は隣の領の領主の娘ってことしか知らねぇ」
「じゃあさ、誰か友達とかに聞いてみてよ」
瞬間、レナートがものすごーく嫌そうな顔をした。
「俺は誰ともつるまねぇんだよ」
「あ、友達いないんだ」
「俺が! 俺の意思で! つるまねぇんだ‼」
そっかそっか、ぼっちで引きこもりなのか。どうしよう、いきなり詰んだ気がする。
「友達なんていなくたって別に困らねぇし!」
あ、ムキになっちゃった。いや、まあ別にいなくても困らないかもだけど、いても困らないような?
「あんな、自分の優位を確認するためだけに寄ってくるようなヤツら……」
違った。
これはからかっちゃいけないやつだった。きっとレナートも、友達のふりした誰かに傷つけられたことあるんだ。
「ごめん。じゃあさ、別の手考えよ!」
「友達じゃねぇけど……情報屋なら知ってる」
というわけでやって来たのは、レナート御用達の情報屋さん。
「おう、よく来たな! その嬢ちゃんが着けてるの、この前の透鏡だろ。ちゃんと使えてるみてぇだな」
ガハハと豪快な笑顔で迎えてくれたのは、耳が茶色のうさぎの耳になってるマッチョなおじさん。はだけたツナギの胸元から見えるのは、Tシャツを盛り上げる立派すぎる大胸筋。今日この瞬間、私の中のウサミミの概念が崩壊した。アゴ髭ウサミミマッチョとか、異世界怖すぎる。
「カリオ。精霊たちは元気かい?」
「おかげさんで」
レナートのあいさつにウサミミおじさんが立ち上がった。おじさんは入り口のドアを閉めると窓にカーテンをひいて、お店閉めちゃった。そして手招きして、レナートと私を奥に招く。
「行くぞ」
レナートが行くって言うんだから大丈夫なんだろうけど。なんかこそこそと悪いことしてるような気分になってくる。
私たちが通されたのは、床がタイルになってるリビング。レナートの家もそうだけど、ここも靴のまま。海外のお家っぽ~い。
「さて。どんな情報が欲しい?」
うさみみおじさん――カリオさん――は、ソファに座るとにっこりと笑った。