1.死体令嬢は目覚める ★
闇、闇、闇――
確かに目を開けたはずなのに、視界に入ってくるのは息が詰まりそうになる黒一色。
「……どこ、ここ?」
不安で不安で仕方なくて、誰がいるかもわからないのに、それでも声を出さずにはいられなかった。
布団はかけられてないけど、ベッドかな? とにかく布団の上だと思うんだけど、寝かされてるみたい。ただ言えるのは、ここは自分の家じゃないってこと。
だって、うちはこんな完全な暗闇になる部屋なんてないし、そもそも匂いが違う。むせ返るような強い花の香りにまじって、なんかカビ臭いっていうか土臭い? じめっとした、そんな匂いがする。
とりあえず起きようと上半身を起こしたら、いきなり天井にぶつかった。
「……は?」
慌てて横にも手を伸ばしてみると、こっちもやっぱりすぐ壁にぶつかった。
待って待って待って。これって私、箱みたいなものに閉じ込められてる……ってこと?
ふと、昔見たドラマのワンシーンが甦る。まだ生きているのに、死んだとされて棺桶に閉じ込められてしまった主人公。必死に助けを呼ぶのに誰も気づかない。そして棺は、そのまま火葬炉の中へ……
「誰か! 誰かいませんか⁉」
こみ上げてくる恐怖に急かされて、ありったけの力で壁や天井を叩く。けど、蓋だと思われる天井は重くてびくともしないし、周りの壁にはクッションが敷き詰められてるのかそもそも大きな音が出ない。
「生きてます! 私、生きてます! 出してーーー‼」
半泣きで叫ぶ。
だって、たとえ火葬じゃないとしてもこのままじゃ私、生きたまま埋められちゃう。やだ、そんなの絶対やだ! 怖い怖い怖い怖い怖い――
「出し――」
唐突に、真っ暗闇に一筋の切れ目が入った。
切れ目はあっという間に大きくなり、ゴトンという重いものが落ちる音と共に燭台を持った男の人が顔を出した。
「……ないわー」
なんかよくわからないけど、男の人は私を見てものすごく嫌そうな顔をした。
「せっかく掘り出したってのに、ほんとないわー」
思わず絶句してしまった。
だって、目の前の男の人の姿が、あまりにもありえないものだったから。
まず顔。日本人じゃない。目の下にクマはあるし目つきもちょっと悪いけど、きっちり彫りの深い顔はザ・西洋人。まつげふさふさ、眉と目の段差で影ができてる。
そして髪! 銀色‼ いやまあ、染めてるとかならなくはないけど……でもこの人、眉毛もまつげも銀色だし。これって天然ものじゃない? たしか銀髪って、純粋なのは天然ではほぼ存在しないんじゃなかったっけ? 天然モノの白金髪もかなり珍しいらしいし。
「おい、生きてるんだろ? なら用はない。さっさと出てけ」
男の人はものすごく不機嫌そうに私を睨むと、四角い視界から消えてしまった。
「あ、あの! 助けてくれてありがとうございました」
今度こそ勢いよく上半身を起こすと、男の人の背中に向けてお礼を言った。
けど、男の人は無反応。
「えーと……すみません、ここはどこなんでしょうか?」
またもや完全無視。
ヤな感じだなぁ。それにしてもここ、ほんとどこなんだろう? 病院……にしては変だよねぇ。
棺桶の中からぐるりとまわりを見渡す。部屋の壁は石造り。ファンタジー映画とかに出てきそうな、ヨーロッパのお城みたいな。灯りは……なんかよくわかんない光。壁燭台にろうそくじゃなくてよくわかんない光が浮いてる。なに、あれ?
そして今、私が入ってるこの棺桶。これまたゴシックな西洋風のもの。ほんとこんなの、映画とかの中でしか見たことないよ。
「……ん?」
ふと落とした視線の先。そこにあるのは自分の手なわけだけど……なんかものすごい違和感。
私、こんな透き通るような色白美肌だったっけ? てか、根本的に肌の色違くない?
もー、ここどこだよー。状況が全然わかんないよー。とりあえずこの無視男は特に危害を加えてくる様子はないけど、かといって親切でもないし。ただ出てけって言われてもどうすりゃいいのさー!
家に連絡したいなぁ。……あ、スマホ! そうだ、鞄の中にスマホ入ってたんだ。
「すみませーん。あの、私の鞄どこにあるか教えてもらえませんか? 鞄の中にスマホ入ってるんです。それで家族に連絡入れるんで、お願いします」
こいつじゃ話にならない。お母さんたちどこにいるかわかんないけど、電話したら来てくれるでしょ。
無視男が振り向いた。なんか変なものを見るような目で見てくる。ほんと失礼なヤツだな。
「おまえ、さっきからなんなんだ? 俺は息を吹き返したおまえなんぞに用はない。いいからさっさと出てけ」
「だから! 出てくにもまず荷物返してください。それにここ、どこなんですか? 病院? 警察?」
無視男改め、失礼男の眉間にしわが寄った。
「『すまほ』だの『けいさつ』だの、いったい何を言ってるんだ? おまえ……何者だ?」
たった今までゴミを見るようだった失礼男の目に興味の色が浮かんだ。
「何者って、私は――」
そこから先が出てこなかった。
私は、私の名前は……
日本で、そこそこ都会で暮らしてて、優しい両親がいて、生意気な弟がいて、学校には友達がいて、来週は楽しみにしてた漫画の新刊の発売日で……こんなにちゃんと覚えてるのに。なのに、自分の名前だけ思い出せない。記憶の中でみんなが呼ぶ、私の名前だけが聞こえない。
「わから、ない。名前、思い出せない」
「じゃあ質問を変えよう。おまえ、故郷はどこだ?」
故郷? 故郷って、住んでるとこだよね?
「東京」
「トウキョウ? それはどこの国の村だ?」
「え、東京知らないの!?」
腕組みして見下ろしてくる失礼男の返しに絶句。
だって、東京だよ。日本の首都だよ。知らないって……じゃあ、ここってどこ? もしかして日本じゃないの!? 私、直前までどこで何してたんだっけ?
「知らんな、そんな村。お前が埋まってたのはシプレスだ」
「シプレスなんて聞いたことない。ここ、日本じゃないの?」
「ニホン? この国にはそんな村も町も存在しない」
失礼男の言ってることが全然わかんない。
じゃあ私は、今どこにいるの? なんでこんなことになってるの?
失礼男は私に背を向けると、部屋のすみっこに置かれてる荷物の中から何かを持ってきた。
「見てみろ」
渡されたのは手鏡。
意味はわからないけど、とりあえず見てみる。
「……は?」
それしか言葉が出なかった。
だって、意味わかんなかったんだもん。
鏡の中にいたのは、まったく見覚えのない女の子。記憶の中の私とは比べようもない、浮世離れした美少女。
トゥヘッドのさらっさらの髪に、ニキビはおろか、傷一つないビスクドールみたいな白い肌。でもなにより目をひいたのは、群青と薄桃がまじりあった、夜明けの空みたいな不思議な両目。
「それが今のおまえの体だ、不法侵入の野良魂」
「なにこれ……こんなの私、違う」
混乱する私に向かって失礼男はこれみよがしにため息をつくと、にやりと性格悪そうに笑って――
「やだっ! 離して‼」
私の腕を掴むと押し倒し、いきなり胸に顔を埋めやがった‼