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苦痛と成長

 正直に話すと、フットマンとして働いた8年間はとても苦痛だった。

 ボーイが行う雑用仕事の少し高度な雑用――つまり使用人用の銀器磨きをしていたのが、主人ご一家や来客用の銀器を磨いたりに変わる――はもちろん喜々として取り組んだが、主人から昼夜を問わず四六時中ベルで呼び出され命令を受けるので、体力と精神力は徐々に削られる。そして、何よりも我慢ならなかったのは「飾りとしてのフットマン」が求められることだった。

 平時の服装はまだしも、主人に伴い王宮に上がる時の服装ときたら、装飾過多の燕尾服であったり、馬鹿みたいな形にしか思えない三角形の重い帽子であったり、一体これになんの意味があるのだと思っているのに、同僚は「これが着たくてフットマンになったんだよ」と誇らしげに鏡に映る自分を眺める。きっとその時私は人生で一番冷ややかな目線を彼に送っていたことだろう。

 あと忘れてはいけないのは髪粉。複数人いるフットマンの見た目をそろえるために、白であったり紫の粉を髪につけることの馬鹿らしさ。髪はパサパサに乾燥するし、頭皮も痒くなる。少し前まではカツラで髪型をそろえていたらしく、それについて髪粉とカツラのどちらが頭皮に優しく禿げにならないかと同僚と議論したのは少し楽しい思い出ではあるが。


 とにかくフットマンの頃は私の使用人人生の中で最も苦しく、人格まで歪んでしまった時期だ。


 しかし、更に転職しファースト・フットマンとなった時にやっと、これは執事になるための下地作りだと思えるようになり、俄然やる気が出てきた。

 それまでは基本的には命令されたことを行うということが多かったが、ファースト・フットマンは与えられた仕事を下に指示を出してさせる、という機会が多くなる。

 前の職場でファースト・フットマンがやっていたように真似して指示を出すと、思いのほか反発されることが多く、なかなかうまくいかない。

 そもそも前の職場のそのフットマンは、とても柔和な性格で誰からも好かれるようなタイプだった。それに対し私は、どちらかと言えば穏やかだとは思うが人懐こいわけでもなく。そこまで考えて真似をすべき相手を間違ったのだと気付く。私が目指すべきは、あの最初の屋敷の執事・エドワードではないか。

 彼は常に冷静で、そして周囲をよく見ていた。ボーイやフットマンだけではなく、侍女やメイドも全員覚えていて「評価」しているようだった。そして一人ひとりがどんな性格で、どんな資質を持っていて、どう成長させようかと考えている節があった。


 彼によく観察しろと言われてから今まで、ずっとそれは怠ることなく続けていた。彼を見習って相手ごとに少しずつ指示の出し方を変え、そして彼らがもっと成長するように褒めたり、時には指摘しながら向き合った。

 しかし1年ほど掛けてようやく指示の出し方のコツが分かってきたという時に、思いもよらないことが起きる。執事から陰湿な仕打ちを受け始めたのだ。

 後から分かった話だが、使用人からの私の評価が上がったことが主人に伝わったことと、丁度その時期に執事が大きなミスを犯したらしく、主人から「フィリップを執事にするべきだったのかもな」と叱責を受けていたらしい。

 私はこの執事を全く参考にならない人間と評価していたので、これを機に転職をした。


 侍女の男性版とも呼べる、ヴァレットとなった。

 この時の主人は、爵位を既に息子に継がせ、自由気ままに余生を過ごす老夫婦。時には社交界にも顔を出すが、西へ東へ時には国境も越えて旅をすることを好んでいたので、様々なことを経験させてくれた。

 鉄道での移動でも、馬車での移動でも、彼らが何かを欲する時にすぐに応えられるように荷物を用意しながら、ふと「お嬢様の旅行なら何を用意すれば喜んでいただけるだろうか」と思う。絶対に不器用だから刺繍なんかしないだろうし、かと言って黙ってチェスをするタイプでもない。窓の外の景色をたまに眺めながら、絶え間なく相槌も必要としない勢いで延々と話をして満足しそうだ。

 こういう妄想をしながら、私はお嬢様のヴァレットとはなれないなとつくづく思う。四六時中共にいたら、絶対に感情が大きくなってしまう。彼女の傍にいようと決めたと同時に、この気持ちは成長させてはならないと心に誓った。

 共にいるために、私は執事を目指している。一線を越えるようなことは絶対にあってはならない。

 旅行に着いてきて、という約束はきっと叶えられないだろうと思うと、胸が苦しくなる。


 そして2年が経つ頃、ずっと待っていたエドワードからの手紙を受け取ることが出来た。

「新しい執事を探しています。経歴書と紹介状を持って屋敷へ面接に来なさい。主人と私を納得させるような素晴らしい10年間を過ごしたのだと、期待しています」

 元々2年の予定ではあったが、私が慌てて主人に辞職を申し出ると、彼はとても優しい笑顔でこう言った。

「実は少し前にあのお屋敷からこちらに連絡があってね、私は知っていたのだよ。そして君がこのためにずっと頑張っていたこともね。フィリップ、楽しい旅をいつも用意してくれてありがとう。これからも、次の主人のために尽くしなさい」

 紹介状と共に、とても素晴らしい細工が施された懐中時計も頂いた。


 私は本当に運が良い。節目節目で、素晴らしい人との出会いに恵まれて。

 そしてどんなに苦しい時も、お嬢様の隣で執事として立つためにと頑張ることができた。

 感謝の気持ちを余すことなく主人に伝え、すぐに王都行きの列車に乗り込むべく駅へ向かった。

フットマンの仕事は、屋敷によっても大きく異なり、そして多種多様過ぎたのでかなり省略しました。

ヴァレットは「漫画などで描かれるような執事」像を思い描いていただければ。


フィリップは引退した今も自覚をしていませんが、顔立ちもスタイルも良く、おまけに珍しく美しい瞳の色をしていたので、見た目を求められるフットマンでの転職はかなり有利な立場でした。

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