遊女の企み 〜最上の獲物、女郎蜘蛛。
古い吉原細見、わっちの宝物。ざらとした項をそろりとめくれば……
『牡丹』わっちを産んで死んだ、ははさまの名前。黄ばんでもなお、黒ぐろと残る墨の色。吉原イチの太夫と名が残る、ははさまの名。それを指でなぞる。それしか知らない。
「流石は、牡丹の子だよ、産まれた時には、ちんくしやな猿の様な赤ら顔、捨てようと思ったら……、これは色白になると産婆が言ってね、まあ、女だし使い道はあるから育ててみれば、雪の肌、髪は烏、目は黒曜石とはよく言ったものだよ」
産婆がこの子は別嬪になるよと、言ってくれたおかげで、助かったこの身。物心つく頃には、わっちは楼主の手元で引き込み禿になる様、厳しく育てられていた。大店のここでは、郭言葉が話せないと上には行けない、芸事も手習いも、書物も、触れば羽二重の様に柔らかくしっとりとした玉の肌、ぬば珠の髪、重さを感じさせぬ立ち居振る舞い……、金に物言わせる男共が好む、天女の如き姿形になる様、日々修練をし磨きぬいた。
そして………女郎の手練手管も。七つの祝いが終えると、その時お職をはっていたこの店イチの遊女『笹百合』姐さんの元で、わっちは様々な事を覚え、したたかさを身につけ過ごした……。
そして……わっちは名のしれた禿となり、新造になり、十七になり、楼主と姐さんが選び抜いた客を相手に、水揚げをすました。それからはそれはもう、我ながら良くやったと言うほど、懸命に日々を過ごしたとも、吉原しか知らないわっち、ことある毎に、ごうつくばりの楼主が、母親の様に上客を捕まえる様に言ってくる。
「ひと目千両、お前の母親の事だ。お前には金がかかってるんだよ、誰か育てたと思うんだい?親孝行しておくれ」
紅白粉、簪笄、鼈甲の櫛、重いばかりに刺繍が施された打ち掛けはじめ、螺鈿細工の手回りの品、箪笥長持ち火鉢……南蛮渡りの酒器に書物……。皆々わっちのものだけど、みなみな借銭だ。わっちは産み親の借金は無い、いけ好かない男に売られた訳でもない、しかしこの身には金がかかっていると、育ての二親は言う。
「お前の母親は、そりゃ名妓でねぇ、立てば芍薬座れば牡丹、三味の名手で……、道中ともなれば通りに人の山ができたものだよ、お前もそうなるんだよ、店の名を上げとくれ」
――、道中はる、綺羅に着飾り吉原の大通りを練り歩く、幼いときから姐さま達を見ていたわっち、憧れない筈は無かった。
首から上が家一軒と言われる贅を凝らす、鼈甲の櫛、シャラと音立てる花簪、ギヤマンの笄を後光の如く綺羅にさし、塗り重ねた玉虫色の唇、肌が自慢だから白粉は叩くだけ、曙染めの打ち掛けを羽織り共を引き連れ大通りを練り歩く。
母の名を継いだわっち、これぞ『牡丹』とかわら版に書かれ、囃され、細見で最上と書かれる、そう有るべく育てられた。
母の様に……、しかしわっちは……お大尽に身請けされたい。吉原から出る。出て行きたい。ここで果てたくない。果てたくない。一夜でもいい、大門の外で息をしてみたい。それがわっちの夢。
………、その為には手段は選ばない。機会を狙いわっちは目を光らし網を編んでいる。それに金持ちの上客を絡み取るべく、ここでの日々を過ごしている。
☆☆☆☆
あの旦那はわっちのモノ、小便臭い小娘なんかに………!取られてなるものか。わっちを誰だと思ってるんだい!
「イタ!ああ!もう!」
また指を針でついてしまった。ほんとにこういう事には向いてない。生まれも育ちも吉原のわっち、見目が良かったので、楼主の手元で育てられた。そして今、上り詰めた。牡丹といえば『前園屋』そう名が通っている。
わっちに求められてきたものは、読み書き、三味線芸の道、閨での手練手管、なので女の道とされる水仕事、針仕事などは、下女の仕事、産まれてこの方やった事が無い。
ツウ……、と膨らんだ血の玉を口にする。全く上玉を手の内に置いとこうとするのは、あれこれ策を練らなければならない。金も手間もほんにかかること。
「花魁、アレが届けられたが、見ておくれ……いつもの様に贈っておくのかえ?文は出来てるんだろうね」
楼主の妻であり、母代わりの女将が、にこにこと、下卑た笑いをはり付けて入ってきた。わっちは、ようやく縫い終わった、赤い牡丹の柄の肌守りの袋を、針箱の中に片付けながら、禿(妹分)の一人に、文箱からそれを取り出し手渡すように言いつける。
「何時もながら惚れ惚れするよな柳文字だねえ、お前たちも見習いな」
抜け目の無い女将は、時に文に目を通す。間男でも出来たら大損だと思っているからだろう、わっちの妹たちにもそれを見せる。
「最近は『指』も値が上がってるからね、この前『山茶花』が、やめときやいいのに、安いのをと頼んだら、どう見ても男のが届く始末。やはり牡丹の様に糸目はかけなきゃね」
あらよかった、女指が手に入ったか。差し出されたソレが入っている螺鈿の小箱を受け取りながら、にこりと女将に笑みを向け頷いた。そこに禿の一人『かえで』が、お茶を入れ運んで来る。
「ああ、ありがとう、ほらこれを皆でお食べ」
懐から紙袋を取り出す。中身は金平糖、夕べお客が土産に置いて帰った物だ。
「ありがとう、あねさま」
きちんと三指をついて頭を下げたかえで、この子は見込みが有りそうで今仕込んでる最中。にこにことしながら顔を上げると、他の子の所に下がる。さて……、わっちは女将が持ってきた小箱の紐を解いた。コロンとした紙に包まれた物が、真綿の中に収められている。
「ふーん、何処の誰だか知らないけど、おお!痛そうな」
目を通せと言われたので、包みを少しばかり広げて見る。その様子を見た女将は、出した茶を飲み干すと、じゃ早速使いに持たせるよ、と上機嫌で話す、青白い蝋の様な塊から目を背け箱を押し付けるように渡した。彼女は手早く包み直し、蓋を締め組紐を結ぶと、意気揚々と部屋から出ていった。
忙しないね。私はゆるりと茶をすする。それにしても……ほしいのかね?『指』……、馴染みのお客の中には、それが届くのが嬉しいと話すのが居るとは知っているけど、自ら切り落とした指が、男に対する遊女の想いの深さと取るらしい。
ふん、そんな事をするはず無いのに。
指切りげんまんって、たかが客の為に指なんて切り落とすわけ無い。馬鹿な端(端女郎)ならば、するかもしれないね、だけど大見店で、道中はるわっちは、天女を演じる。なので傷物にはならない。
手練手管と芸事、それと身体で勝負、磨い抜いた肌、柔な肉置き、心中立てなどやらかしたら、そこでおしまいじゃないか。でもつなぎとめたい客には、それを欲しがれば贈る。
それを売り買いする店もあるのでね。そこから時な手に入れたら良いだけの事。
しかし、いかんせん高い。なので最近では、米粉やら布海苔やらで、紛い物作る職人もいるらしいが、わっちは使ったことはない。偽物はニセモノ、遊女の真を示す代物なのだから、そこは本物にこだわりたい。
そして客が来て、わっちの指が揃っていても、そこを聞くのは野暮ってもの、わっちは天女、指の一つなど旦那様の為なら、募らす想いで元に戻してみせんしょう、とか言えば良いだけ。
それになぜどうしてと、聞かれた途端、わっちの客では無くなる。粋じゃないだろ、ふるのさ、野暮な男はいらない。
さて………と、縫い上がった事だし、薬屋からは、頼んでいたアレが届いてるから、夜になる前にあれこれしなくてはいけない。早めに湯屋へとわっちは行くことにする。
モウモウと湯気がたつ薄暗い中、湯に浸かってると、ケロロ、ケロロと、音が聞こえる、握りこぶし位の石を二つ扱い、邪魔な毛を擦切る。男が陰毛を整える音。褌だからね、その辺の、手入れをしておかないと、粋で伊達な江戸っ子ではない。まあ、怪我をしなさんなと聞くと思うその音。
ふう、体を糠袋で丁重に洗う。そして肩まで浸かり、一息入れると湯から上がる。帰ってから髪を結わなきゃいけないし、肌の手入れと、勿論わっちも、あれこれしなければならない。
素人は草茫々だけど、天女はそれなりに、お手入れを欠かさないのさ。一緒に来ていたかえでと、茶屋で甘酒を飲んでから帰る。
部屋の中、お香を焚く。白檀を身にまとわしていく、髪を結う前に肌の手入れを、と、猪の蹄をトロトロに煮込んだものを少し手に取り、薄くかかとに塗り込める。
江戸の女は裸足が粋、冬でも素足を通す。中でも踵が勝負、つるりとむいた卵の様なのが良いとされてる。餅のように、ひびなぞいかしてたら終わりだよ。
鋏を手にすると、陰毛の手入れをする。少し切りそろえてから、線香でチリチリと柔らかく毛先を整える。切りっぱなしだと肌を合わせたときに、ちくちくするからね。それから太腿の内側にうっすらと白粉をはたく。
やれやれ、これで腰から下は終わり、爪紅も塗らなきゃならないし、軽く何か食べておかないといけないし、着替えも、化粧も………やることは、たんとある。
「あねさま、卵と、鮨を買ってきた」
わっちが切り落とした少しばかりのそれを、集めて丁重に懐紙に包んでいると、買い出しに行かせた、かえでの下になる『もみじ』が帰ってきた。食べる支度をするように言いつける。
お茶が入るまでに片付けておく、包んだそれを天満宮の御札で、さらに包む。そして縫い上げた肌守りの中に忍ばせた。これで一つは出来上がり。
☆☆☆☆☆
ジャカジャカジャカジャカ、ベヘン、かき回される様な三味の音、すががきが吉原の始まりを知らせる。格子では、女郎達が紅白粉、綺羅に着飾り紅キセルを手にして座っている。
わっちは……道中をはる。呼び出しを受けたから……、ギヤマンの笄、鼈甲の櫛、長崎帰りの客から貰った真珠と銀細工の簪。緋色の牡丹を縫い取りをした、総柄の打ち掛け。
傘をさされ、錫杖のシャンシャンという金の音、店の名が書いた提灯、番頭、新造、禿を引き連れ大通りを練り歩いた。
見物人が指差し囃す。流し目を少しばかり送れば歓声が上がる。気持ちいいひととき。不躾に羨ましげに見てくるのは、同じ遊女でも下の下の女達。
その夜は……、別のお客の元で過ごした。揃った代物は、わっちの手の中で出番を待っている。アレを贈った相手は……、明後日来ると書いた文を、早々にしたためたらしい、ここに来る前に届いたその墨の色を思い出す。
わっちは……いつか、きっとここを出る。そう、誰にも邪魔はさせない。誰にも……。
☆☆☆☆☆
――さぁ!かっぽれ!かっぽれ!妹達、禿が新造が、三味をかきならし、唄をうたう、太鼓持ちが盛り上げる夜の座敷。私は台の物を目にしても、新造がお客に酒をすすめ、笑う花の様な禿相手の座敷遊びが始まろうとも、顔色一つ変えず悠然と座っている。
一目千両、母親と同じになったわっち、座敷で銀杏一粒食べさせた、それだけでも手柄話となるこの身。無駄に微笑んてはいけない、それを使うのは……、時を選ばなくては、女郎蜘蛛が巣をはるように、わっちは考えを張り巡らせる。
おお!当てたな、ほれ花をやろうと、祝儀を弾む男。的に当てたら勝ちの投扇で遊んでいる。男が気持ちよくなる様に盛り上げている禿達。
今なら……、わっちはすきを見て、衿元に忍ばせていた物、先に薬屋から仕入れた包みを取り出すと、中身をさらりと銚子に入れた。
長崎帰りという、別の客から教えてもらった惚れ薬。自分で作るのが良いと聞いたけど、面倒くさいので馴染みの薬屋に作らせた。ずいぶんと高直な値段をふっかけられたけど。
「やれ、疲れた、おお!牡丹自ら酌を、すまぬな」
それが入っている酒をわっちは薄く微笑みながら勧めた、一献、また一献と呑んでいく男。なに、大丈夫。イモリ黒焼きから作られるそれとは違い、悪いものは入っていない。
…………材料は、ヒルガオの花を乾燥させたもの、ナンテンの実の粉末、シャクナゲの花を乾燥させたもの、タツノオトシゴの黒焼きの粉末、それらを、四、三、ニ、一の割合で調合したものなのだから。これの半分を、まず相手に、飲み物にまぜて飲ませておく。
あとは残りに月桂樹の葉の粉末を混ぜたのを加えて、わっちが後で飲めばいい代物なのだけど、わっちが飲ました相手に惚れ抜く事はとんとない。自分の手で仕込まないせいかもしれない。
――――「かわら版にのってるぞ、天秤にかけられたとは……、叶屋の旦那が上方から戻ると、どっちかを女将に貰い受けるのだとな、ククク、天女もしくじったのか?そうだ、面白いモノを教えてやろう」
小癪な話を持ってきた、長崎に本店があるというあの客、わっちにそっと耳打ちをした。それは惚れ薬の処方だった。上手く使え、と試すように唆した。
惚れ薬……、古来縁の品、イモリの黒焼きやら相手の髪の毛や爪やら、怪しげな草や、口に出して言うのもイヤな諸々が練り込んだ丸薬があるにはあるが、どうにも使う気になれないわっち、振り売りに話に聞くと、皆はそれなりに使ってるらしい……。
ならば試してみようか、と思い付いた。
嬉しそうにあおって飲み干した叶屋の主。遊ぶだけ遊ぶと、最近ぽっと出た『石南花』の元で夜を過ごす。あな憎らしや………わっちと土臭いあの女を、天秤にかけている。
「牡丹も一献、ん、いいのか?ならばお前の分まで飲もう」
注ぐ、飲み干す、注ぐ、飲み干す、注ぐ………銚子が空になった。
この薬はお互いが飲んでから、月桂樹の方が、三日目に床に誘えば虜に出来るという物。幾度か別のお客に使ってみたが効果は良い。わっちを待つ男は多い。文も日を切らず届く、うず高く積んであるソレ。
「牡丹と遊ぶのは楽しい……、さて」
では、そろそろ行くかの、と男がゆるりと立つ。わっちは、甘く見つめてから一瞬、寂しさを顔につくる。そして………何時ものすまし顔に戻すと、毅然と男を見つめながら言い放った。
「上方に立つのでありんしょう……、道中のご無事をとだけ、申し上げておきます故」
「………これはこれは、忘れられたら大変だ。お前ほどの女はいない、ふられでもしたらわしは、この吉原の笑い者になってしまう、叶屋も堕ちたなと、言われかねんわ、帰るのを待ってておくれ、その時にはいい話をしてやろう、牡丹」
上機嫌で部屋を出る叶屋。わっちは端然とそれを見送る。
座敷から喧騒が消える。下女達、番頭がわらわらと入ってきて片付ける前に、わっちはゆるりと立ち上がる、お客が、新造の桔梗を相手に呑んでいる部屋へと向かう。
シュッシュッと聞こえる衣擦れの音、ささくれだった物が、心の中にふつふつと湧き上がる、邪魔者への黒い気持ち。男の事は好きでも嫌いでもない。金払いの良いお客の一人でしかない。しかし何故か、悔しいものがあった。
それは幼い時から、涙を流しながら厳しい芸事を覚える日々に、ここしか知らない事への嫉妬かもしれない。
気の利いた事の一つも言えぬ石南花、芸事一つまともに出来ない小娘、親元で娘になるまで育ち、売られてここに来た、野暮ったい田舎娘が、破れた羽織をその場で繕った事で、気に入られたと耳にしている。
妹でもない石南花、格子女郎からの成り上がりのくせに。嬉しそうにしてられるのも、今だけさ。男は一度、江戸を離れるのだから。まともなお客を一人しか獲てないお前が、どうなるのかはわっちの知らぬこと。
「どうだね?アレの効能は……」
男が耳元で低くささやく。笑みを返すわっち。
「桔梗に聞いたよ。その手でお守りを仕込んだとか……あの男がそんなに惜しいのか?天女と田舎娘を天秤にかける様な野暮を……」
男は背から抱きすくめると手を取る。口元に運ぶと……、紅に染めた指先を口に含んだ。
「……、楼主には口外ならぬと釘をさしている、お前の為に千両箱を用意したよ、牡丹」
「千両箱?」
「ああ、江戸屋敷にお前の部屋を用意した。京から職人を集めて、お前の装束を作らしている、最後の道中では、お前が歩く大通りを、満開の牡丹の花で埋め尽くそうと、植木屋に手配をしている最中だよ、ほら、うんと言っておくれ」
「主様に、わっちは……身請けされるのでありんす?」
そうだよ、江戸屋敷で私の為に、三味を弾いてくれたらいい、と男が抱きすくめてくる。びん付け油の匂いが肩に、羽二重に炊きしめられた、伽羅の香りが……わっちを包む……、目を閉じた。そして選んだ。そして………男に問いかけた。
「せっかく作った肌守りなのに……、小癪なあの男に渡したいのに……」
「渡せばいい、くくく、天女を天秤にかけ、名を売ろうとするからバチが当たるのだ、そういや待っていた間に女将が来てね、石南花は、あれが上方に行っている間、客を取らぬと証文を書いたと文句を言っていたよ」
「ふっ、証文……、小指を切り血の色で書いたのでありんしょう、女郎の真なんて……しょせんは霞、しかしあの子ならきっと取らない、穀潰し、お茶挽きに自分でなろうとは……」
クスクスと、笑いたくなった。それを押し殺してわっちは、身請けをしてくれるという男の為に、牡丹の柔らかな花弁が開くようと言われている満面の笑みを浮かべて……首を傾げて男を見ると微かに頷いた。
「お前は賢い、だから離したくない。私にもあれを飲ませたのか?」
「……主様は、あんな物を使わなくても、わっちのことは、お好きでありんしょう?」
甘えた様にそう言うとわっちは、しどけなく男によりかかる。可愛い事を言う、男は満足そうにそう話すと……、さわりと、その大きな手を動かす。
天秤にかけられた事を、わっちは許さない。仕込みは出来た、あとは次に出会うときが勝負。伽羅の香りに包まれながら、目を光らし策を編んでいく。男を捉えるための罠を張り巡らせていく……。
上方に所用で出るという男、あの肌守りをどう渡すか………、それを作り手渡した女と、一夜を共にした後、女を裏切ると心の蔵を切り裂くという『呪い』をかけたお守り。
必ずや、房事に誘わなければならない。あの男を手の内に入れる為に、そうだ文を書こう、逢いたいと、恋しいと……。必ずや来るであろうあの客。
道中の平癒を願って作ったと、無事を願って、わっちが心を込めて縫ったと、甘くしなだれかかりながら………そう言おう。
…………男はわっちにおちる。針など持ったことの無い天女が作ったのだから。針で刺し怪我をしなかったかと、手を取り指を唇に当ててくれるだろう、その時、胸にすがろうか、寂しいと涙を落とそうか……。策を張り巡らしていく。
「上方から戻るといい話をしてやろう、待っていておくれ、牡丹」
そう話していた。でも……、男が上方からここに帰ってきた時には、わっちはここにはいない。そしてあの女……、お客を取らぬ女郎が、どうなっているのかは……知らない。
終ー。
つこさん。様のリクエストにより表に出ましたよー