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拳で勝ち取れモモちゃん

作者: 片隅千尋

「じゃーん、けーん、ポン!」

 実況のかけ声に合わせて、ステージ上の2人が手を繰り出した。

 会場の観客たちは固唾を飲んで結果を見守る。

「鬼河アミはチョキ! 鬼田ユキナはグー! 勝者は――鬼田ユキナぁぁぁ!」

 ステージ上で勝者が飛び跳ねて喜び、敗者は肩を落とし、観客席からは地鳴りのような歓声が沸き上がる。


 鬼ヶ島は最高潮を迎えていた。

 年に一度、今や鬼ヶ島最大のお祭り――OGS48ジャンケン大会である。

 鬼ヶ島(OGS)48とは、鬼ヶ島の誇る鬼っ娘アイドルグループのことだ。

 「遭いに逝けるアイドル」というキャッチコピーで人気を博し、トップアイドルグループに上り詰めて早10年。

 グループメンバー数は100人を超えており、メンバーは熾烈な人気競争にさらされている。

 中でも人気メンバー上位16人は「選抜メンバー」と呼ばれ、各シングル曲の正規メンバーとしてテレビ出演することができるのだ。

 そんな実力主義のアイドルグループにおいて、唯一、運任せのイベントがあった。

 OGS48の次期シングル曲の「選抜メンバー」、そして栄えあるセンターポジションを、全メンバー参加のジャンケン大会で決める――。

 それがOGS48ジャンケン大会だ。


 大会はトーナメント方式。

 その一回戦が始まっていた。

 大会の主眼はジャンケンでの勝負だが、ただ出てきてジャンケンするだけではアイドル失格だ。

 各メンバーが工夫を凝らし、観客にアピールする場ともなっていた。

 あるメンバーはお気に入りのダンス衣装をまとい、またあるメンバーは奇抜なコスプレを披露する。バク転や瓦割りなど、特技で注目を集めるメンバーもいる。

 人気にかかわらず平等に出場機会が与えられるジャンケン大会は、特にマイナーメンバーにとっては大きなチャンスである。

 一回戦で散ったとしてもテレビには出演できるし、運さえよければ勝ち上がり、一気に選抜メンバーに入れるかもしれないのだ。


 鬼倉モモは、そんなマイナーメンバーの一人だった。ルックスはかなり良いのだが、それだけでのし上がれるほど甘い世界ではない。周囲は可愛い鬼っ娘ばかりだからだ。

 ルックスは良くて当たり前で、数多(あまた)いるライバルたちを押しのけてグイグイ出ていく積極性がいる。それでいて、他メンバーとの仲も良好に保つための気配りも必要なのだ。

 鬼倉モモには、その積極性も気配りもなかった。売りとなるような飛び抜けた特徴もなかった。

 そんなモモにとって、ジャンケン大会は唯一のチャンスと言えた。

 ジャンケンで勝ちさえすれば、選抜メンバー、ひょっとしたらセンターとなり、メディア露出が増える。

 メディアに出さえすれば、このルックスで押し通せる。

「いえ、押し通して見せる……!」

 OGS48の第6期メンバーとして加入して3年。19歳。選抜経験無し。そろそろ芽が出なければ、この業界での将来は暗い――。

 しかし鬼倉モモに特に秘策があるわけではなかった。ジャンケンという運任せの勝負で勝つしかないのだ。

「ああ、そろそろ出番だ。でも緊張したらお腹の調子が……。ちょっとトイレ行っとこ」



 大きな盛り上がりを見せる鬼ヶ島に、ひっそりと上陸を果たした者がいた。

 桃太郎である。

 目的は無論、鬼退治だ。

 しかし、鬼が見当たらない。

「なんだろうか、ずいぶん騒がしいな……」

 港には鬼っ子一人いないのに、奥に見える大きなドーム状の建物から地を振るわせるような咆哮が聞こえてくる。

 桃太郎はそのドーム状の建物、通称「鬼ヶ島ドーム」に入った。

 ドームに入ると、咆哮はひときわ大きくなる。

 どうやらものすごい人数の鬼が叫んでいるようだ。

「こんな建物に集まって、何か式典の最中だろうか? いや、野蛮な鬼のことだ、鬼最強を決めるための武道大会でも開いているのかもしれないぞ」

 通路の壁には、OGS48メンバーの等身大写真ポスターがずらりと貼られていた。

「なんだ、このポスターは。……ん? この鬼の娘、顔立ちが拙者と少し似ていないか?」

 桃太郎は小さな頃から女顔をイジられてきたのを思い出して嫌な気分になった。

 ポスターに気を取られていたその時、通路の奥から鬼が2人駆けてきた。

「ようやくお出ましか。いざ尋常に、勝負!」

 桃太郎は自慢の愛刀をすらりと引き抜いた。すると2人が叫ぶ。

「あ、モモちゃんいた! もー、探したんだよ!」

 女の鬼が2人、桃太郎に近づき、両側から腕をつかんだ。

 桃太郎は相手の態度に戸惑い、なすがままになる。

「お、おい、おまえら、拙者の知り合いか?」

 通路の奥へと引きずられながら桃太郎は訊いた。

「はいはい、そういうキャラ付けはステージでやってね! もう、出番近いのにモモちゃんがいないから焦った! 生放送なんだから時間厳守は基本でしょ、わかった、モモちゃん?」

「……拙者は桃太郎だが、モモちゃんと呼ばれたのは初めてだ……」

「というかモモちゃんの衣装、水着じゃなかった? まあいいや、その人間の武士みたいな服、斬新でウケるかもね! しかも桃のマークって何? あ、モモちゃんだから、ってこと? なるほどー」

「ええ? いや、その、拙者が水着……?」

 桃太郎は事態を飲み込めないまま、ステージ脇まで来てしまった。

 合図が出て、桃太郎はぐいと背中を押された。

「はい、行っといで! ファイト、モモちゃん!」

「拙者が鬼に応援された? どういうことだ?」

 トンネルのような通路を抜けた瞬間、ドーム中に響いていた咆哮が極大化した。

 同時に、目も開けられないような光が桃太郎に照射された。

「く、目つぶしか?」

 思わず、刀を持った右手をかざす。

 すると、拡声器の声が響き渡った。

「さて青コーナー! スモモもモモも、モモちゃんです☆ という挨拶でおなじみ! 鬼倉モモー!!」

 すると四方八方から咆哮がひときわ大きくなった。

 目が慣れ周囲を見渡すと、田舎者の桃太郎には想像すらしたことない大きな会場だった。すり鉢状の観客席はぎっしりと鬼で埋まっており、みんなが興奮し、叫び、光る棒を振り回している。

 度肝を抜かれた桃太郎に追い打ちをかけるように、拡声器を通じた声が続ける。

「なんとモモちゃん、予定していた衣装を土壇場で変更、桃印の着物姿だー! これは人間の武士のコスプレでしょう! 可愛くて凛々しい!」

「……不覚。先手を取られてしまったようだ。だが、拙者は鬼を全員倒しに来たのだぞ! ここで臆してなるものかぁぁ!」

 桃太郎は己に活を入れ、まっすぐステージ上を進み、中央の檀上に上った。

「さーて、一回戦第50試合目の対戦者が出そろいました!」

 対戦相手を見定めた桃太郎は、またしても驚愕させられた。

 鬼の娘だ。

 娘であること自体はかまわない。

 鬼であれば、男女関係なく戦闘能力は高いのだ。相手にとって不足なし。

 問題は服装だった。

 破廉恥極まる三毛猫水着姿だったのである……!

 なんだあの布面積の少なさは!

 なんだあのフワフワやわらかそうな尻尾は!

 そしてあのネコミミ!

 ……エロ可愛いすぎる!

「改めて赤コーナー、鬼原レイナ! そして青コーナー、鬼倉モモ! いざ尋常に、勝負!」

 悶絶しかけた桃太郎だが、勝負となれば負けるわけにはいかない。

 刀を持つ手に力を込める。

「じゃーん、けーん」

「へ、ジャンケン?」

「……ポン!」

「うおっと!」

 突然のジャンケンに驚いた桃太郎だったが、持ち前の瞬発力で反射的に手を繰り出した。

「鬼原レイナ、グー! 鬼倉モモ、パー! 勝者は、鬼倉モモー!」

「せ、拙者の勝ち……?」

「さあ、勝利者インタビューです! モモちゃん、ちょっと今日、雰囲気違いません? コスプレ効果かな、すごいですね! まず一回戦突破ですが、本大会への意気込みをどうぞ!」

 ずい、とマイクを突き付けられた桃太郎は戸惑いながらも、自分の意気込みを言い切った。

「拙者は鬼退治にやってきた桃太郎! 鬼ども、全員倒してやるから覚悟しておけよ!」

 地鳴りのような歓声が八方から降り注ぐ。

 ものすごい圧力にさしもの桃太郎もたじろいだ。

「おおーっとモモちゃん、いつものキャラとは打って変わったドS発言だ! 会場のお兄さんがたも大喜びー!」



 大盛り上がりのまま大会は続いた。

「さあ、OGS48、第8回ジャンケン大会、優勝は……鬼倉モモー!!」

 実況が絶叫する。

「モモちゃん、おめでとうございます! いやー、「鬼退治にやってきた桃太郎」というキャラを貫いたのには驚きました。観客の皆さんの反応も上々でしたね! それではモモちゃん、今のお気持ちを、どうぞ!」

「拙者がナンバー1だ! 鬼ども、どうだ、まいったかー!」

 桃太郎が呼びかけると、観客たちの歓声が沸き上がった。

「もう人間に悪いことをしないと誓うかー?」

 再び歓声。

 回を重ねるごとにこなれてきた桃太郎のマイクパフォーマンスのウケは抜群だった。

 桃太郎は鬼たちの反応に満足して両手を突き上げた。



 その後、桃太郎をセンターとし、その他の勝ち上がった選抜メンバーでジャケット写真の撮影が行われた。

 次期シングルは今大会の鬼倉モモをモチーフにして作詞・作曲がなされるという。

 レコーディング開始は1か月後だ、と言われたが、桃太郎には何のことかわからなかった。

 桃太郎にとって、鬼退治という目的を果たせば、鬼ヶ島に用はない。

 写真撮影からようやく解放された桃太郎は、乗ってきたのと同じ小舟に乗り込み、人間の住む陸地へ向けて漕ぎ出した。

 鬼ヶ島の港には、「鬼倉モモ出航」の噂を聞きつけた「鬼倉モモ」のファンが大勢押し寄せた。今大会で「鬼倉モモ」のファンが大発生したのだった。

「モモちゃーん!」

 ファンたちが歓声を送ると、桃太郎は手を挙げて応えた。

 マジで船まで用意して出航までするとかキャラ作りへのこだわりパネぇ、とファン界隈では話題になったという。



 鬼倉モモはゲッソリとこけた頬でトイレから出てきた。

 死ぬかと思った。激烈な下痢に苦しみ、何時間も便座から離れることすらできなかったのだ。

 最初は「ジャンケン大会の出番に遅れちゃう!」と気が気でなかったのだが、腹痛があまりもひどかったので、途中から大会どころではなくなってしまった。

 とにかくメンバーたちやスタッフさんに謝らないと、とよろめきながら通路を進んでいると、前方からマネージャーがやってきた。

「あっ、申し訳ありません、実は腹痛がひどくて……」

 謝ろうとする鬼倉モモをさえぎり、マネージャーはモモの両肩を叩いた。

「いやあ、おめでとう! 奇跡が起きたな、モモ! まさか優勝するとは! それにしてもよく思いついたな、あんな桃太郎とかいうキャラクター! これから忙しくなるぞ! はっはっは!」

 鬼倉モモは目を白黒させた。

「えっ、優勝? だれが? 私が? ん? なんで!?」



 故郷の村へと帰った桃太郎は、鬼退治に成功した旨を報告したが、村のみんなは信じなかった。

「たしかにちょっと腕は立つけどよ、女みたいに細くて華奢な桃太郎が鬼を倒せるわけがねえや」

 と村人たちは言い合った。

 しかし数か月後、鬼ヶ島発の大ヒット曲が村にも伝わってくると、村人たちは驚愕した。

 その曲のCDジャケットでは、見紛うことなき桃太郎が、鬼たちの間で腕を組んでふんぞり返っていたからだ。

 曲のタイトルはずばり『桃太郎の鬼退治』。

 鬼界と人間界の双方で大ヒットしたこの曲をきっかけに、長年いがみ合ってきた人間と鬼の和解が進むのだが――それはまた別の話。

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