化野吟 ②
遠くから豊海の怒鳴り声が聞こえる。その怒鳴り声に、吟は静かに目を開いた。
いつの間にか眠っていたらしい。依然として動かない身体に、吟は静かに舌打ちをする。
身をよじって、どうにか情報を得ようと、怒鳴り声の方へと首を伸ばす。
烏丸で警察と交戦。全員、捕らえられたとのこと。対象も、取り逃しました。
すぐに追っ手を向かわせろ。
珍しく、感情的に信者と会話する豊海の声が聞こえる。どうやら、透子は無事に逃げ延びているようだ。
運が強い人だ。吟は安堵の息を漏らす。
教主様!
別の信者の声が聞こえる。その方へと吟は耳を傾ける。
大変です。警察が来ました。四方を追っ手に囲まれています。
この役立たずが。
そう怒鳴り声が聞こえた後、ドサ、と鈍い音が聞こえる。殴ったのだろうか。信者の「お許しください」という泣き声が聞こえる。豊海は「逃げるぞ。御神体の警護に当たれ」と叫んだ後、重い木製の扉が開く。隙間から入る眩しい光に、吟は顔をしかめた。
豊海は、吟を見つめると穏やかに微笑み、ゆっくりと近づいてくる。
「神よ。申し訳ありません。この社はもう貴方を守護するに相応しくない場所になりました」
気味の悪い笑顔を浮かべたまま、豊海は吟の口に布を詰め込む。
「んぐっ」
必死に吐き出そうとする吟の口を豊海は抑える。いつの間にか室内に入ってきた信者の中年男性が、吟の背後に回り込み、猿轡を噛ませた。
「神よ、何も心配することはありません。私共が、次の神殿へと貴方を守護しますから」
そう言って、豊海は吟と柱を繋ぐ注連縄を解く。足首の縄も解かれ、残すは手首の縄のみとなった。豊海は、吟の両脇に手を差し込み、抱え込むように立たせる。
「行きましょう。次の聖地へ」