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祇園迷走曲  作者: うめお
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飯田透子 ⑤

 悠斗が向かった先は、錦市場入り口付近の百貨店の駐車場だった。

「こちらです」

 黒塗りのポルシェに案内され、透子はごくりと生唾を飲み込む。彼女に車の知識は壊滅的にないが、とりあえず《高い車》という認識はあった。

「パトカーって、こんなにいい車使っているんですか?」

「いえ、これは私の車です」

 平然と答えながら、悠斗は車の扉を開け、透子を中へと誘導する。「へぇ……」と頷きながら、透子は車の中へと入って行こうとする。

「すみません、飯田さん。靴を脱いでいただけますか?」

「はい?」

「中が汚れますので」

 車の中で靴を脱ぐなど聞いたことがない。

 しかし、悠斗から漂う言い知れぬ威圧感に、透子は反射的に「わかりました」と従い青いサンダルを脱いで中に入った。悠斗は満足そうに頷いて、扉を閉めると、反対側に回り、扉を開く。靴を脱いで、運転席に腰を掛けた。

「あの、それでお話と言うのは?」

 透子の問いに、悠斗は「化野吟のことです」と答えた。

「先程、貴方を付けていた少年達から確認が取れました。……彼のことについて、得意げに語ってくれましたよ」

「随分と口が軽い信者達ですね」

「彼らにとって、信仰している宗教の情報は、隠すものではなく、世間に語り継ぐべき誇らしいことなのでしょう。だから、彼らには自白している自覚はない。むしろ、教えてやっているくらいに思っているのではないですか?」

「なるほど」

 透子はよくわからなさそうな顔で頷く。

「それで、吟君の《正体》とは?」

「心身美教の、《神》だそうです」

 そう言って悠斗は小さく息を吐く。《神》という仰々しい言葉に、透子は困惑を隠せず「えぇ、と」と口籠った。

「つまり、吟君が心身美教の《教祖》ということですか?」

 そんな過激な人間には見えなかったが。

 透子は気が弱そうな少年の姿を思い出し、首を傾げる。悠斗は「いえ」と即座に否定してくれた。

「教祖はあくまで《金城》――……化野金城。化野吟の、祖父。今取り仕切っているのは《教主》の野川豊海という男。化野吟は、教祖の孫にあたります」

「はぁ、なるほど」

 曖昧に頷きながら、透子は疑問そうな顔を浮かべる。

「つまり神同然の教祖の親族だから、ということですか?」

「彼は《御神体》です」

悠斗は大きく溜息を吐き、心底理解できなさそうな顔で、言葉を続ける。

「化野金城は一年程前に亡くなっています。神の死にさぞ教団は荒れたようです。そんな時に、金城の孫である《吟》が見つかりました。それからは、《御神体》として、神殿の中で過ごしているようです。ちなみに、この日が《神の帰還記念日》として、教団の重要記念日に設定されています」

「へぇ……」

 次元が違いすぎて理解が出来ず、透子は顔を引きつらせながら曖昧に頷く。自分の跡継ぎとして、孫を指名するのは何となく理解はできるが、それを飛び越えて《御神体》として扱うのは、心底理解が出来ない。悠斗も、自分で話していて理解できないようで、時折堪えきれず、大きなため息を吐いていた。

「そして、その記念日が今日なのです。そんな中、神殿から吟が脱走した。教団は大慌てで京都中を探し回り、今に至るわけです」

「あのぉ」

 透子は心底疑問そうな表情を浮かべながら、口を開く。

「なんとなく、心身美教で大変なことが起きたのはわかるんですが……。神である吟君は見つかったわけですよね? 何故、私が追い回されているのか、全然理解できないんですけど……」

「言ったでしょう。吟君は《神》そのものなんです」

 悠斗は眉間を揉みながら眉を寄せる。

「《神》は、現在心身美教を取り仕切っている《教主》、そして、一部の上位階級の人間しか接することが出来ません。修行をしていない《不浄な人間》が神と言葉を交わすなど、最も罪深い行為。それは、彼らの宗教観をひっくり返すほどの重要な《罪》なのです。あなたは、その《罪》を犯してしまった、だから、必死に追っていたということなのです。彼らの信仰心は、常人には理解しがたいほど、大層分厚いものですから」

「そんな理不尽な」

 透子は、頭を抱えて重い重い息を長く吐き出す。悠斗は「えぇ、理不尽ですよね」と表情を変えないまま頷いた。

「まぁ、散々脅しましたが、もうすぐ解決する問題なのでご安心ください。このまま、無事に送り届けますので」

「解決?」

「えぇ。今回の一件で、めでたく心身美教の上層部達に《逮捕状》が出ましてね。ストーカー、公務執行妨害、傷害、詐欺。――……後、《御神体》などとのたまって、一人の少年を監禁している罪。ボロボロと出てきました。今頃、府警が心身美教所有の神社に向かっているでしょう。山号を音羽山としているので、間違っても近づかないように」

 仏を祀っているのに神社なのか。

 そんなどうでもいいことを考えながら「音羽山ってどこですか?」と首を傾げる。

「山科から大津を繋ぐ巨大な山です。ただ、清水寺も山号が音羽山なので、そのあたりも近づかないほうがいいでしょう」

「めちゃくちゃ近所じゃないですか」

 とりあえず、解決に向かっているようなら安心だ。警察が向かっているのなら、あっという間に制圧されるだろう。

 あっという間に捕らえられていった少年少女達を思い出しながら、透子は苦笑いを浮かべた。きっと、吟も無事に解放されるだろう。

 そういえば、どうしてあのカルト集団は、すぐに襲い掛かってこなかったのだろう。

 人が多かったからだろうか。

「飯田さん。このままご自宅までお送りします。住所を教えていただけますか?」

「あ、ありがとうございます。えっと、大阪の……」

 と言いかけて、透子は悠斗がハンドルを握ったまま硬直しているのに気が付く。

「あの、巴さん。どうしたんですか?」

 悠斗は無言のままドアを開き、外に出る。そして、蹲って、何かを確認していた。一体何をしているんだろう。不審に思って、透子は運転席に移動し、外を覗く。

「あの、何をしているんですか?」

「このクソ野郎」

「はい?」

 聞き間違いだろうか。冷静な口調を崩さなかった悠斗から、ぼそりと暴言が聞こえた。悠斗は、聞き返す透子の声など聞こえていないようで、スクッと立ち上がり周囲を見渡す。

 その眼光はあまりに鋭く、獲物を探す獣のようだ。

 悠斗は小さく息を吸い、そして。

「姿を現せ、三下がぁ! 俺の《ベアトリーチェ》に何をしやがったぁ!」

 ドスの効いた低い怒鳴り声が駐車場内に響き渡る。透子は、反射的に「ヒィ」と悲鳴をあげる。悠斗は周囲を見渡しながら「ブチ殺すぞ、出て来いカルト集団が」と吠え続ける。

「俺の愛する《ベアトリーチェ》の美しい足に穴を空けやがって! 出て来い、気狂い共が! 一人残らず塵にしてやるからよぉ!」

 とんだ豹変ぶりだ。透子は車の中で「ひぃ……」と身を震わせる。

 悠斗の怒鳴り声に触発されたのか、駐車場の陰から、うるさい鈴の音と共に、身体に鈴をつけた美青年達が現れる。十人は超えるだろう。彼らは、斧や鉈、数々の武器を所持していた。悠斗は懐から拳銃を取り出し、天に向かって発砲する。バァン、と映画でしか聞いたことのないような轟音が晴天の空に鳴り響く。その音を皮切りに、周囲に止まっていた車の中から、銃を構えた男性達が飛び出してくる。

「一人残らずブチ殺せぇ!」

 悠斗の怒鳴り声を皮切りに、物騒な轟音が鳴り響く。銃撃戦が本格的に始まったようだ。透子は「ひぃ……、ひぃぃ……」と小さく悲鳴をあげながらサンダルを履き、身をかがめて車の中を脱出する。この車が入り口近くに止めてあってよかった。銃声を聞きつけてやってきた野次馬やデパートの警備員に紛れて、透子はコソコソと脱出する。

 逃げます。

 震える手で、悠斗の携帯電話にそうメールを送信すると、千鳥足で阪急烏丸駅へ向かう。

 何故、何故こんなことに。

 力の入らない足で必死に走りながら、透子は《何か》にそう問う。

 癒しを求めてやってきた京都だったのに。

 本当に、何故こんなことに。

「あぁ、クソ野郎」

 涙交じりの声で、透子はそう呟いた。



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