飯田透子 ④
とんだ誤算だった。
透子は、分厚いマグロの刺身が刺さった櫛を頬張りながら「うまっ」と呟く。透子の傍らで店員らしき中年女性が「サーモンもうまいよ!」と商品の宣伝をしている。勧められるがままに、サーモンの御造り櫛を購入し、モグモグと咀嚼する。まさか、錦市場にこんなに美味しいものが溢れていたとは、とんだ誤算だった。
櫛を店内のゴミ箱に捨て、透子は錦市場を練り歩く。
漬物に焼き鳥に魚介串。あちらこちらと目移りしながら、透子は目を輝かせる。食べることが最大のストレス発散方法だ。
――なんだか、人間しているなぁ。
透子はニコニコと微笑みながら、商店街を物色する。ふと、目に入った看板の《豆乳アイス》という文字に惹かれ、フラフラとその店の方へと近づいて行った、その時だった。
リン、と鈴の音がする。
嫌な予感がして、透子は振り返る。そこには予想通り、鈴を耳やら首やら身体のどこかに装飾した集団いた。彼らは観光客に紛れて、こちらに向かって睨みを利かせている。先ほどの少年少女達よりも年齢層は上のようだが、やはり顔立ちが整っていた。さすが《心身美教》と名乗るだけはある。
彼らは、あの少年少女達と同じように手を出す気配もなく、じっとこちらを睨んでいる。一体何がしたいのだろう。
透子は大きく溜息をつくと、アイフォンを操作し、電話を掛けた。
***
「何をしているんですか?」
悠斗が現れたのは、思いのほか早く、透子が電話して五分後だった。無表情の中に呆れたような声を紛れさせながら、悠斗はそう問いかける。
「豆乳アイスを食べています」
透子はそう答えると、アイスを木べらで掬い、口の中へ運ぶ。悠斗は「見ればわかります」とあきれ顔で返した。
「早く帰るようにと、言ったはずですが?」
「烏丸まで、節約と運動のために歩こうかと」
そう答えながらアイスを食べる透子に、悠斗は「節約と運動は、後日にしてほしいものですね」と嫌味を言う。透子は「すいません」と申し訳なさげに肩を竦めた。
「電話している最中にどこかに消えてしまったんですよ。すみません、お呼び立てしたのに」
「構いませんよ。私も、あなたに連絡しようとしていたところですから」
「はい?」
「例の少年の件で、お話がありましてね。さすがに、このお話は周囲の方に聞かれるとまずいので」
そう言って青年は錦市場の入り口を指さす。
「近くのデパートに車を止めています。中でお話しましょう」