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祇園迷走曲  作者: うめお
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飯田透子 ③

「初めまして。巴悠斗です」

 錦天満宮の前に現れたのは、気真面目そうな風貌の青年だった。青年は、警察手帳を透子に見せた後、軽く会釈をする。透子も「はじめまして。飯田です」と軽く頭を下げた。

歳は恐らく透子と同じくらいだろう。中肉中背の、平均的な体格。短く切りそろえられた黒い髪に、皺ひとつない白いワイシャツにダークグレーのスラックス。清潔感溢れる彼の風貌に不釣り合いな、煙草の香りが彼から漂っていた。

「すみません、ここまで来ていただいて」

「いえ、お話が聞きたいと申し出たのはこちらですから」

 悠斗は警察手帳を懐に仕舞うと、手のひらで四条通りを指す。

「近くに車を止めています。そちらでお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、その前に一つ」

 透子は背後を指さす。彼女の背後には、相変わらず、頭に鈴をつけた少年少女達がこちらに睨みを利かせていた。

「さっきから、ずっとあの子達につけられているんですけど」

 透子の指さす方向を一瞥する。少年少女たちは再び四方八方に散り、物陰に隠れて、やはりこちらをじっと見つめている。悠斗は、無言で携帯電話をスラックスのポケットから取り出すと、どこかに電話を掛ける。

「巴です。はい、現在新京極通り錦天満宮付近で、頭に鈴をつけた若い男女を発見しました。はい、年齢は十代前半から後半です。どうされますか?」

 悠斗はしばらく携帯電話に向かって何度か相槌を打つと、「わかりました」と電話を切った。そして、悠斗は少年少女が隠れる方向に顔を向け。口を動かす。

「捕らえろ」

 そう呟いた瞬間、五、六名の男女が、通りの中央に現れる。

ジャージ姿にドレスライクなワンピース、様々な服装の彼らは、一斉に視線を少年少女達に向ける。何かを悟ったのか、少年少女達は一目散に三条方面へと走り去って行く。男女は、彼らの背中をスピーディーに追い、あっという間に捕らえていった。遠くで「離せ! 俗物が!」と叫んでいる若い声が聞こえる。あっという間の逮捕劇に、透子は唖然と口を開いた。

「ご協力、感謝します」

「いや、こちらこそありがとうございます……。あの人達、何者なんですか?」

 野次馬の中心で、次々に連行されていく少年少女達を指さす透子に「署の私服警官と、カルト宗教の信者達ですね」と悠斗はあっさりと答える。

「カルト宗教?」

「おそらく、見た方が早いので。こちらをご覧ください」

 そう言って、青年はビジネスバックからアイパッドを取り出す。


《心身美教》


 何とも安直かつ胡散臭い宗教名に、透子は顔を引きつらせる。

 指でスライドさせながら、そのホームページを読み進めていく。


 心身美教。

 それは、美の化身、《金城》を教祖とした、人間の《本当の美》に着目した宗教。

 美しい身体を作るための《美しダンス》。

 美しい心を手に入れるため、美しい言葉だけをひたすらに紙に書く《美し写経》。

 毎日、美しい音楽に触れ、美しい色彩の料理の身を食す。

 そして、信者は心身美教必須アイテム《美し鈴》を身に着け、常に清らかで美しい心身を保つのだ。


「まぁ、やっていることは詐欺同然の悪質商法ですけどね」

 そう言って悠斗は。あんぐりと口を開けて硬直する透子から、アイパッドを受け取る。透子は「なんですか、このわけわからない宗教」と尋ねた。

「最近、この地で問題になっているカルト宗教です。勧誘自体は至って悪質。気が弱そうな人を狙って、コンプレックスを悪化させるような酷い暴言を浴びせてマインドコントロールをしていく。最近では金銭的に追い込まれているようで、なおの事過激さを増しています。それで、我々警察が追っていたというわけです」

「トチ狂ってますね」

 素直な感想を述べる透子に、悠斗は「そうですね」と表情一つ変えずに頷く。

「それと、本題です」

 悠斗はアイパッドをバックに仕舞うと、代わりに一枚の写真を取り出し、透子に差し出す。

 その写真には、画質は荒いが吟の姿が写っていた。

「こちらの少年に、心当たりは?」

「えぇ。あります。昼間に、連れ去られた少年です」

「やはり、そうですか」

 ふぅ、と一息吐くと、悠斗は透子から写真を受け取る。

「この少年は、《心身美教》の重要な関係者であることが確認されています」

「関係者? 彼も、信者ということですか?」

「可能性は。この少年の情報を、詳しくお教え願いますか?」

「とはいっても、一時間程一緒に過ごしただけなので、大してありませんが。散歩してきたとかで、八坂神社の前で倒れていたので、大通り挟んだ、向かいのコンビニで水を飲んで。そのまま、一緒に蕎麦を食べただけで。個人的な話もほとんどしていませんから……。名前くらいしかわかりません」

「名前?」

 今までの無表情から一変させ、目を見開き食いつく様子を見せる悠斗に、透子は怖気づく。

「えぇ、化野吟、と名乗っていましたが」

「化野……」

 悠斗は意味ありげに吟の名字を呟くと「わかりました」と頷き名刺を渡す。

「ご協力、ありがとうございました。もし、何かわかればこちらの番号まで」

「はぁ、わかりました」

「それと。くれぐれもお気を付けください」

「はい?」

 きょとんと目を丸くする透子に、悠斗は無表情のまま言葉を続ける。

「彼と接触した貴方を危険視して、過激な行動に出る恐れがあります。今日は早めに帰宅してください」

 物騒なことを言う悠斗に、透子はごくりと生唾を飲み込む。透子が「わかりました」と頷くのを確認すると、悠斗は会釈し彼女に背を向けて立ち去って行く。

 四条に降りてから、本当にろくなことがない。

 これ以上厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。ここは大人しく青年のいうことを聞き、大阪に帰るとしよう。

 もう少し歩けば阪急河原町駅が現れる。透子は錦市場に背を向け、駅の方へと歩き出す。

 ふと、錦市場の入り口が見える。先ほど激しい逮捕劇があったのにも関わらず、錦市場は相変わらず活気良く、美味しそうな匂いを漂わせていた。

 確か、錦市場を抜ければ、阪急烏丸駅まですぐだ。

 ここを覗いてから帰ろう。透子は吸い込まれるように錦市場へ歩いて行った。



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