表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祇園迷走曲  作者: うめお
15/16

飯田透子 ⑪

 ――……あぁ、やばい。刺される。

 そう覚悟し硬く目を閉じた時だった。

 頭が急に軽くなり、同時に豊海の悲鳴が聞こえる。慌てて起き上がり、振り返ると、そこにはひっくり返っている豊海が伸びていた。その向かいで、吟は荒い息を吐き出した後、ナイフを拾って豊海に向かって振りかざす。

「吟君」

 止めようと透子が起き上がった時、吟はナイフを放り投げた。ナイフは、カンッ、と高い音を響かせて坂を滑り落ちていく。吟は透子を振り返ると、ふら付きながら、どうにか透子を助け起こした。

「大丈夫ですか? 透子さん」

「あぁ、いや、その」透子は吟の右腕を指さす。「君こそ、大丈夫?」

 吟の右腕は真っ赤な血で汚れていた。透子を庇った時にナイフで切ったのだろう。右腕に刻まれた細長い線から、ダラダラと血液が流れている。

「あぁ!」

 吟の掌を凝視して、豊海は頭を抱えて顔を青くする。唇を震わせて「あぁ、神を……。神を傷つけてしまうなど」とブツブツと呟いていた。

 透子は起き上がりながら、青年を見つめる。

 ――……気持ち悪い、けど。

 その小さく丸まった身体は、どこか哀愁めいていた。きっと、彼の中で《絶対的な何か》が壊れてしまったのだろう。

 何かに《固執》している人間は、こんなにも哀れで、脆いのか。

 とはいえ、感傷に浸っている間はない。透子は、依然として豊海を見下ろしている吟の腕を掴む。

「早よ離れよう。仲間が来るかも」

「《教主》」

 透子の声を遮るように、吟は豊海を呼ぶ。《教主》という言葉に、豊海は涙と鼻水で濡れた顔をあげた。

「神よ、あなた……、初めて私のことを教主と呼んでくださいましたね」

 心底嬉しそうに微笑む豊海に、吟は無表情のまま言葉を続ける。

「俺は神じゃない。あんたらの言う《神》は、とっくの昔に死んだんだ」

 吟の言葉に、豊海は笑顔のまま硬直する。

吟は小さくため息をつくと、豊海に背を向けて歩き出した。

「待って、待ってください。我が神よ」

「野川豊海だな」

 豊海の声を遮るように、彼の名前を呼ぶ声が聞こえる。その声と同時に、周囲がスポットライトで照らされた。

 悠斗だ。

 透子と吟が振り返ると、いつの間にか周囲を警察が取り囲んでいる。ようやく終わったようだ、透子は安堵の笑みを悠斗に向ける。

 悠斗は、不機嫌そうな顔で、地面に蹲る豊海を見下ろしていた。

「野川豊海。署までご同行願おうか」

 そう言って、悠斗は豊海に手を伸ばす。豊海はその手を振り払い「触るなぁ!」と叫んで懐をまさぐった。

 取り出したのは、ナイフだった。

 まだ持っていたのか、目を見開く透子を他所に、豊海はそのナイフを自分の首筋に当てる。

「待て、早まるな!」

 声を荒げる悠斗の言葉など耳に入っていないようで、豊海はそのナイフを持つ手に力を込める。


 ブツッ、と鈍い音がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ