表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祇園迷走曲  作者: うめお
14/16

飯田透子 ⑩

「あの、透子さ」

 吟の声を遮るように、透子のポケットから無機質な着信音が鳴り響く。透子は慌ててアイフォンを取り出すと、耳に当てた。

「もしもし、巴さんですか?」

「はい。先ほどお電話いただいたみたいですけど、いかがされました?」

「あの、私、今清水寺の仁王門前にいるんですけど」

「は?」

 悠斗の声がより一層低くなる。明らかに機嫌が悪そうな声に、透子は背筋が冷えるのを感じた。

「その、いろいろありまして……。それで、あの」

 透子は、吟を横目で見る。吟はキョトンとした顔でこちらを見つめていた。透子は小さくため息を吐く。

「あの、例の少年と、一緒に……」

「化野吟、ですか?」

 悠斗の声色が変わる。その鋭い声音に、透子は「はい」と反射的に頷いた。

「すぐにそちらに向かいます。話はあとで」

「わかりました」

 透子が頷いたと同時に、通話が切れる。御神体が逃げ出した情報はすでに警察の耳に届いているのだろうか。

 とりあえず、後は悠斗がここに到着するのを待つだけだ。透子は吟を振り返る。

「もうすぐ、警察がここに来る。そうしたら、保護してもらえるから安心しい」

「はい」

 そう頷く吟の背後に、一人の青年が立っていた。

 背が高く、細く、整った顔立ちの美青年。彼は、生気のない瞳で、じっと透子を見つめている。その顔には見覚えがあった。

 野川豊海。

透子は反射的に吟の両手を引っ張り、庇うように自分の背後へ押しやった。そこで、ようやく吟は豊海の存在に気が付いたようで、顔を青ざめさせて、豊海の顔を凝視する。

「野川……お前」

 吟はそう言って豊海を睨むと、透子を庇うように、一歩前に立つ。豊海は、にたりと気味の悪い笑みを浮かべると、吟に向かって手を伸ばす。吟は反射的に身を固くし、目を固くつむる。

「おい、待て。怯えとるやろ」

 その手を振り払ったのは透子だった。豊海は、そこで初めて透子の存在に気が付いたようで、まるで汚物を眺めるかのような表情でこちらを見ている。

「下賎の雌が、軽々しく神に触れるな」

「あ?」

 あまりに失礼な物言いに、透子は不快感を隠せず青年を睨みつける。豊海は透子を軽くあざ笑った。

「ろくに修行もしていない卑しい雌ごときが。身の程を知れ」

 身の程を知るのはお前だろう。

 その言葉をグッと飲み干し、あくまで平静を装う。

「ご存じでしょうが、近くまで警察が来ています。大人しく投降なさった方が身のためではないですか?」

「神がいれば、何度でも蘇る」

 そうボソリと呟くと、豊海は懐かナイフを取り出す。そのナイフを、真っすぐに透子に向けた。

「神の価値もわからぬ貴様らに、生きる資格はない」

「待て!」

 吟はそう叫ぶと、透子をナイフから庇うように前に出る。豊海は慌ててナイフを引っこめると、吟にやさしく微笑みかけた。

「さぁ、行きましょう」

「……俺は御神体。神の化身。俺の使命は、神として役目を全うすること」

 吟はポツリとそう呟く。その言葉に豊海は笑い、透子は不安げに「ちょっと、吟君」と彼の肩に手を置く。

 その肩は、僅かに震えていた。

 彼の違和感に気が付いたのか、豊海も気持ちの悪い笑みに、少し不安げな色を滲ませる。

「神よ。どうしたのです?」

「でも、俺は人間だ」

 そう言って吟は泣きそうな顔をしていた。

その顔に怯んだ豊海の隙を付き、透子は思い切り彼の脇腹を蹴飛ばす。豊海は「うぐっ」と蹲り、痛みでナイフを地面に落とす。唖然としていた吟の手を引いて、透子はねねの道に向かって駆けだした。

「神よ!」

 背後で豊海の怒鳴り声が聞こえる。豊海は慌てて立ち上がり、こちらに追いかけてくる。豊海は両手で透子の肩を掴む。そのまま肩を思いっきり地面に向かって引っ張る。透子はバランスを崩し、背中からひっくり返った。背中に激しい打撃を与えられ、透子は大きくせき込む。

 そのまま蹲っていると、額を豊海に踏みつけられる。

「い、てぇ」

 足を掴み抵抗する透子を、豊海は感情のない瞳でこちらを見下ろし、刃を振りかざす。

「消えろ。下賎の者が」

「透子さん!」

「早く逃げろ!」

 こちらに向かって駆け寄ってくる吟を制する。

「せっかく二回も逃げ出せたんや。その努力を無駄にするな!」

 そう叫ぶと、吟は足をぴたりと止め、うるんだ瞳で透子を見つめる。

 透子は豊海の生気のない瞳を見つめながら、道を見つめる。この細い道だ、車で来ることはないだろう。悠斗達が来るまで、まだまだ時間がかかりそうだ。しかし、ここで刺されたところで、豊海はすぐに吟を追うだろう。これでは無駄死にだ。そして、自分も死にたくはない。

 思考を巡らせる余裕もなく、ナイフがこちらに向かって振り下ろされる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ