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祇園迷走曲  作者: うめお
11/16

飯田透子 ⑦

「えらいこっちゃでぇ……」

 透子は、アイフォンの液晶画面に映されるニュースを眺めながら、ぼそりと呟いた。

 どうにか無事に逃げ延びた透子は、現在大阪梅田行の特急電車の中にいる。周囲には鈴が付いた人間はいない。どうにか逃げ延びたことに安堵した彼女は、こうしてのんびりと車内の座席に腰を掛けながら、ニュースチェックに励んでいるのだ。

 ニュースは全て《心身美教》の話題で持ちきりだった。

 謎のスキンケア用品やサプリ、ヒーリングミュージックが収録されたCDの押し売り。公演チラシの無許可掲示や暴動騒動。無理な勧誘や二十四時間路上演説。先ほど更新された、一般女性ストーカー事件は、恐らく自分のことだろう。

 まさか、この平凡を極めた人生の中でニュースに載ることがあろうとは。

 透子は苦笑いを浮かべながら、画面をスクロールしていく。

 そこには、先ほど悠斗の話に触り出てきていた《教主》野川豊海の姿は写っていた。細く儚げな美しい顔立ちは、さすが《心身美教》の教主と言える。


 さらのスクロールしていくと、別の記事へのリンクが貼ってある。そのボタンを押すと、画面が別の記事へと切り替わった。


 心身美教、教祖の孫を監禁か?


 そんな見出しと共に、画像が荒い一枚の写真が写される。吟だ。彼は白装束のような浴衣で、神輿のようなものに正座している。悠斗が持っていた写真と同じものだ。

 しかし、改めて写真を見ると、なんと感情のない瞳だろう。

 透子は画面をスクロールし、記事を読み進める。

 そこには、吟の過去について記されていた。

 吟は、両親の借金の肩代わりに、《教祖の依り代》として心身美教に売られた。その両親は、吟の状況など知らず、知ろうともせず、宇治の自宅で悠々自適に暮らしているそうだ。

 別の記事を読むと、吟の両親の下へは、多くの報道陣が集まっているらしい。しかし、彼らは家に引きこもり、沈黙を貫いているそうだ。

 しかし、読めば読む程、吟はかなり悲惨な背景をお持ちのようだ。透子はひっそりと眉を寄せる。

 そういえば。透子は吟との会話を思い出す。

 願い事は何かと質問した時、吟は《人間に戻りたい》と言っていた。

 あの言葉はもしや、《御神体》として祭り上げられている今の状況から、昔の《人間》だった生活に戻りたい、という意味だったのだろうか。

 だとすると、なんとも切ない話だろう。

 透子はもう一度、液晶の中の吟を見る。吟は、無事に保護されただろうか。

 透子は記事をスクロールしながら、文字列を目で追っていく。吟が保護されたというニュースはまだ見当たらないが、心身美教の本拠地は完全に包囲されたようだ。

 ふと、アイフォンが震える。電話だ。一瞬だけ、吟の顔が過ぎる。名前を確認すると、そこには巴悠斗の名前が表示されていた。《ベアトリーチェ》の弔い合戦は終わったのだろうか? 通話ボタンを押そうとするも、ここは電車の中であることを思い出す。どうしようか。アイフォンの画面を片手に悩んでると、電車は桂駅へ到着していた。

 一度降りよう。

 透子は電車を降りると、走り去る電車を背後に、通話ボタンを押す。

「もしもし、巴さんですか?」

「ご無事ですか?」

 先程までの取り乱した姿は幻だったのか、元の感情の読めない声音に戻っている。何となくその声に安堵しながら「大丈夫です」と頷く。

「《ベアトリーチェ》さんは、ご無事ですか?」

「……あれは忘れて下さい」

 少し不機嫌そうな声でそう答える悠斗に、透子は「わかりました」と通話越しに肩を竦める。

「飯田さん。今、どちらにいらっしゃいますか?」

「阪急桂駅です。ちょうど、帰宅している最中で。えっと、近くに鈴のついた集団はいません」

「そうですか……。良かったです」

 悠斗は安堵の声を滲ませる。

「では、何かあれば連絡してください。最寄り駅を教えていただければ、そちらに警察官を配置させますが」

「あぁ、さすがに河原町からだいぶ離れたところですので大丈夫です。ありがとうございます」

「そうですか。では、また何かあれば」

 そう口早に言うと、悠斗は電話を切ってしまう。悠斗の声の向こうで、騒がしい人混みの声が聞こえた。きっと、現場に向かったのだろう。

 透子は小さく息を吐くと、顔をあげる。ちょうど電車が来たようで、透子は車内に乗り込む。

 事件の続きは、自宅のリビングでのんびり見届けよう。

 安堵と同時に、急に眠気が襲い掛かってくる。

 透子はゆっくりと目を閉じた、その時だった。


 皆さま、ご乗車ありがとうございます。この電車は河原町行きです。


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