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俺は虎に恐れつつも対策を練るために観察を続けていた。というよりこの森で暮らしていくうえで遭遇は免れず、否が応でも合わざるを得ないのだ。やることもなかったため熱心に背後から眺めていたというのが一番の本音だったのだが。
俺はソフィヤに遭遇した時を話す。
「えっと、ヒエイツチノラエチだっけ。初めて遭遇したのはこっちの世界に来た初日の夜。あいつは俺の目の前で狩りをしてたよ。その時初めて火を吹くのを見たかな」
ソフィヤはまっすぐ俺と向き合い目をしっかりと合わせてきた。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
「正式なそのヒエイツチラノエチの名前はエラソ二ヤセラキラエセ。キンジのとこの言葉で言うと火を纏う者、かな。もっと特徴を教えて欲しい」
まさかそんなに興味持たれるとは思わなかった。それにソフィヤの方が知っているとばかり思っていた。しかし話してほしいというのなら話そう。得た知識が無駄にならないのならそれは非常に嬉しい。
ちょっとした高揚を抑えつつ俺は観察内容を話し始める。
「わかった。まず高さはあの木くらいかな」
近くにあった俺の身長の二倍くらいの高さの木を指さす。
「大きさはちょっと例えるのが難しいかな。とりあえず凄い大きいとしか」
単位が俺の世界と違うので伝えるのが難しい。言葉を教えている時に少し単位について触れたが俺の世界の正確な物差しや秤が無いため伝えようがなかった。そもそも1㎜、1gが同じ長さや同じ重さとも限らない。そのため具体的な数値は出せないのだ。
「基本的には牙や爪で獲物を襲ってる。獲物が逃げそうなときに逃げ道を阻むためにしか火は使わないかな」
「かなり頭がいいんだ。無駄に労力を使わないで狩りするなんて」
「確かにそれもあるとは思うけど、あいつはまた別の目的があると思う」
ソフィヤは首をかしげて不思議そうな顔をしている。ハテナマークが見えそうなほどの表情だ。
「あいつは食べ物の選り好みが激しくてさ。自分の狩った獲物の一番美味いであろう場所とこだけしか食べないし、もしそこの部位が火で熱が通ったら一口も食べないでどこかに行くんだ」
何度も奴が狩った死骸を見てきたが肉体の損傷が殺すときの首の傷と内臓周りしかなかった。まだまだ可食部位が残っているにも関わらず。つまり食に関してかなりこだわりがあり、少しでも好みでないものは口すら付けないのだ。
「だからあいつが通った道には大量の動物の死骸が落ちてる。そのおこぼれを狙ってる猿が何匹も後を付けてたりするよ。そいつらに見つかると死骸を奪われまいと襲い掛かってくる.
そのせいで何度も襲われたよ」
何度か倒しているうちに目を付けられたのか虎の近くに居ようが居まいが襲い掛かってくいるようになった時もある。そのせいで生傷は絶えないが無駄に取っ組み合いや喧嘩が強くなった。
ソフィヤは訝し気な表情で何かを呟いたが彼女の方の言葉であったため理解に時間が掛かった。
あの猿が人を襲うなんて、みたいな感じか?。そもそもしっかり聞き取れなかったしわからないな。だけど俺の言ったことに驚いているし本来は襲ってこない動物なのだろうか。だとしたらあいつらはなんだったんだ。
「もっとエラソ二ヤセラキラエセのこと聞かせて」
「え、ああうん。わかった。あとはとてつもなく肉体が丈夫だね。結構手間をかけた罠を作って丸太をぶつけてみたんだけど一切通用しなかった。先端を尖らせてたんだけどね。ぶつかったけどちょっとよろけたぐらいで一切刺さらなかった」
例えるならちょっと強めに人と人の肩がぶつかり合ったぐらいにしか感じてないように見えた。なんというか何をしても梨の礫というかどうでもいいようにしか感じてないようだった。
「あ、それは知ってる。それはエラソ二ヤセラキラエセだけじゃなくてヒエイツチラノエチ全体に言えることだから」
日本語に混ぜられて言われると訳が分からなくなってくる。ええとヒエイツチラノエチが総称でエラソ二ヤセラキラエセがその中の一部ってことだろ。それなら今後はヒエイツチラノエチをもう魔獣って認識しよう。アレを猫類と思うのは抵抗あるし、火を吹くし固いし俺の世界で言えばそれが一番近いだろ。エラソ二ヤセラキラエセは魔獣の一部だからもう魔虎でいいや。
「そっか。ええと、最後にあいつは人を襲わない。一度見つかったけど襲われなかったんだ。さっきも言ったけどあいつは選り好みが激しくて口に合わないものは食べないし、食べてもすぐに吐き出すんだ。だからどこか前に一度人を食べたことがあるんだろうね。その時に不味いって思ったのかもう人は食べないと思う」
「人を襲わない」
ソフィヤが複雑な顔をしてうつむいてしまった。
しまったな。そうか襲われたのはこの子の関わりのある人だったかもしれないんだ。それなのにあまりにも無神経だった。
俺は彼女に謝ろうと思ったその時。
「私がこの森に来たのは魔虎を倒すためなの」
唐突に彼女は顔を上げそう言った。いきなりそういわれたために俺は数瞬の間、何を言われたか理解が出来なかった。漸く理解が追い付き、彼女がとんでもないことを言っていたことに気づく。
当たり前のように言ったが、こんな小さな子にあの怪物みたいな虎を倒せるわけがない。だけどまずは理由を聞かないと。それに応じて止めるかどうかを考えないと。
「どうして君は魔虎を倒したいの?」
「ちょっと事情がある」
「聞かせてくれる?」
首を突っ込みすぎだろうか。それでもどうしてこんな危険なことをするのかどうしても気になる。
少し悩んだのちに彼女は答えてくれた。
「わかった。じゃあ今度は私の話を聞いてね。どう伝えればいいかわからないのは、キンジが考えてね」
そういって彼女は彼女の経緯を話し始めた。
正直理解できるか不安だが