経緯
もうこの日に言葉を覚えにかかるのは嫌だったため俺は話題を変えて自分のことを話し始めることにした。ただしこの世界に来るまでのことはソフィヤからNGを出されたためこっちに来てからの3か月のことを話すことになった。
「どのくらい前にこっちに来た?」
「93日前」
今朝木に93本目の傷をつけたのを覚えている。毎日毎日木に傷をつけて日数を数えていた。
それを聞いたソフィヤは少し驚いた顔をする。
「長い間この森で暮らしてたんだ。この森、ラコイツセネエチがたくさん居るけどもう出会った?。それに、ヒエイツチノラエチも」
聞いたことのない単語が二つも出てきた。脈絡から察するに何か動物のようなものなのだろうか。
続けてソフィヤからその説明が入る。木の棒を手に取りその動物の絵らしきものを描き始める。
「ラコイツセネエチはね、全身毛だらけで。二本の足で歩いてて。木に登るのが得意で。道具を作ったり、人の道具を使ったりする賢くて。肉食動物なんだよ」
話を聞く分に何度も遭遇したことのある動物だ。人より一回りデカい猿のような奴だ。ただソフィヤの絵を見る分には毛玉かウニにしか見えない。以下はラコイツセネエチを猿と認識しよう。
「その描いてるやつは見たことないけどソフィヤが言ってるのは見たことある。戦ったこともある」
絵が似てないことに触れたら睨み付けられた。適当に描いてるからボケているものだと思ったら本気で描いていたようだ。
ソフィヤは描いた絵を手で消した。
「もっと上手に描く」
しまった、彼女の絵心を刺激してしまった。なんで説明より絵を優先するんだ。
俺が制止をするよりも早く彼女は毛玉を量産したり異形の怪物を描きだした。そして木の棒の先端で怪物を指す。
「猿は、一匹の強い個体を中心として群れで行動する。この強い個体には他の個体が狩った動物を強い個体に渡さないといけないの」
一匹のボス猿がいてそれとの上下関係が厳しいのか。あの猿のことを思い返すと彼女の説明と実際に俺が会ったやつに相違ある。それについて聞いてみた。
「俺が会ったやつはその場で獲物を食べていたけどなぁ」
ソフィヤは驚いた様子で勢いよく首をこちらに向けた。
「それホント?」
その勢いに飲まれて俺も少し緊張する。
「あ、ああ。俺の目の前で食ってるやつが多かったよ。獲物を持ち帰ってるやつは少なかった」
俺からの返答に対しソフィヤは深刻な表情をして考え始めた。
一体彼女は何の問題を抱えているのだろうか。この世界の事を知らない俺には予想すらできない。仕方がないのでもう一つの動物の方を聞いてみる。
「えっと、もう一体の方も聞いてみていいかな?。ヒエなんたらってやつ」
「ヒエイツチノラエチ。これは一匹の動物の名前じゃなくていくつかの動物の総称で」
その時、話をさえぎるように森の中に獣の咆哮が響いた。あいつだ。あのバカでかい虎だ。声は遠いため警戒する必要はないだろう。
ソフィヤは今の声でかなり警戒心を強めたようで中腰になり周りを見渡している。
「大丈夫。そう近くない。この森にいると何度も聞くから遠いか近いかくらいはわかるよ」
ソフィヤは俺の言葉を聞いて再び座り込んだ。
「今のがヒエイツチノラエチ。だと思う。この森にあんな鳴き方をする動物が居るって聞いたことないから」
今の口ぶりからするとあの虎はもともとこの森の動物じゃなかったのか。
「今の声の主とも何度か遭遇したことはあるよ。大きい四足歩行の肉食の動物だった。体が大きいからそれに合わせて牙とか爪もこんなに大きいんだ。それに火も吹くんだ」
両手でで大きさを表す。ソフィヤは俺の言葉を聞いて少し怖がっているようでそれが表情に出ている。
少し誇張しすぎたか。こんなに真に受けられて怖がられるとは思わなかった。俺の世界の子供ならそんなのいるわけね―じゃんとか言って全く信じないだろうに。
再びソフィヤは地面に絵を描き始める。
ダメなんだ、ソフィヤ。君の絵じゃ俺には伝わらない。
その思いは通じることなく再びソフィヤは見たことのない怪物を描き上げた。その絵を見た時に思わず頭を抱えた。
今度はなんだこれ。でかい顔に植物の根の端っこみたいなのが三つ、いや四つ生えている。おぞましさすら感じる。
「キンジが言ってたのってこれ?」
「違う」
俺は食い気味に答えた。俺の答えにソフィヤは不思議そうな顔をする。
「キンジが会ったのは体が大きくて火を吹くんだよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあこれだよ」
「違う」
「なんでそんな意地悪いこと言うの?」
ソフィヤは非常に悲しい顔をしている。
俺も辛いがこれをあの虎と認めるわけにはいかない。
「絵の話はもうやめよう」
「なんで?」
俺は無理やり閑話休題させ話を進める。
もう絵の話はダメだな。今後は軌道修正していかないと。
俺は今後のソフィヤとの付き合い方を考えつつ3か月間の虎との遭遇歴を話し始めた。