言葉を学ぶ
ソフィヤに簡単な一人称と二人称や近くにある物の単語を覚えてもらった。これで意思疎通が出来るようになったと思う。
覚えた言葉を確かめるように彼女は話し始める。
「キモ。私、ソフィヤ。あなた、キンジ。ワヤラソシイスチエラ」
始めにキモイと言われたし最後に何を言っていたかわからないがおそらく合っているかどうかを確認しているのだろう。
俺は笑顔になって首を縦に振った。それを見てソフィヤもあってることが分かったのだろうか笑顔を見せてくれた。
「キンジ、言葉、教える、して」
ソフィヤの覚える速度に驚かされた。先程の名前の確認は教えていた言葉だけだったが言葉や教えるなどは明確にそれが何かと示していない。言葉を教えるとか言ったかもしれないが文脈から言葉の意味を推測し自分なりに組み立てたのだろう。この調子ならあっという間に習熟するだろう。
「わかった。どんどん教える」
情けないことだが物の覚えはソフィヤの方が俺より遥かに良かった。俺が言った言葉をすらすらと覚えていく。迂闊に変なことを言えばそれまで覚えてしまうだろうから言葉を選ばなければならない。
久しぶりの人との会話で時間を忘れるほどに話した。気が付くと日も落ちかけている。話に夢中になっていたのもあるだろうが今日はかなり日が落ちるのが早い。最近気づいたことだがこの世界は日によって昼と夜の長さが変わる。
暗くなる前にこの子を帰らせなければ。それとこの子の村に行きたいこともありそれについても話してみる。
「もう日が暮れているからそろそろお帰り。それと出来れば君の村に行ってみたいんだけどいいかな」
彼女は俺の言葉を聞いて深く考えた。流石にまだ普通に日本語で話しかけるのは早かっただろうか。それに彼女の生活もある。いきなり森から知らない男を連れてきたら色々と問題にもなるか。
ソフィヤは考えるのを止め、たどたどしく話し始めた。
「私はこの森に用事があるからまだ帰れない。それと、キンジを私の村には入れられない」
入れられないか。よそ者を拒む村なのだろうか。困ったな、それじゃあほかに近くの村があるかどうかを聞くか。
等と考えていると俺よりも先にソフィヤが話し始めた。
「違う。今の言い方は正しくない。どの村もキンジは入れない。キンジがどこから来たかわからないから」
ソフィヤは非常に悩んで言葉を選んでいる。要するにどこの誰かもわからない奴は入れられないってわけか。
「キンジのとこの言葉じゃ上手く説明できない。説明したいから私の言葉を覚えて」
確かに彼女に覚えてもらうだけでは悪いか。いずれにしろ覚える必要がある。
「わかった。それじゃあ今度は君が俺に言葉を教えてくれないかな」
ソフィヤは笑って首を縦に振ってくれた。
「うん、そのつもりだよ。しっかり覚えてね」
そのまましゃがみ込み、地面に文字を書き始めた。
「え、今からやるの」
思わず突っ込んでしまった。だが驚くのは当たり前だろう。彼女は日本語を覚えたてだし、何より暗くなる。危ないだろうに。
「やるよ。私やることをやらないと帰れないから」
一体何を任されているんだこの子は。なんにせよそれなら俺なんかより自分の用を済ませてしまってほしい。彼女の帰りを遅らせるのも忍びない。
「それなら俺のことは放っておいて、用事を済ませちゃいなよ」
なんというか自分でも話し方がぎこちないと思う。めったに女児なんかと話すことはなかったし、そもそも人と話すのも久しぶりだ。自分の話し方なんてよく覚えていない。
「簡単に終わる用じゃなくて何日もかかる予定だから大丈夫」
こんな女の子が森に何日もかかる用事とは何なのだろうか。彼女にはいろんな意味で大きく救われた。少しでもその恩を返したい。
俺は一も二もなく手伝いを申し出る。
「用事ってどんなことなの。俺も手伝おうか」
「それは大丈夫」
一瞬で断られた。
当たり前か。まだ出会って数時間の関係だしな。用事の内容すら教えてくれないのはショックだが。
ちょっぴり傷心の俺を無視してソフィヤはマイペースに文字を書いていく。そして一つずつ読んでいく。
「こっちが基本の文字。こっちはあとから覚えて」
9字だけあとから覚えてと言われた。文字は42字でその文字自体に読み方が無い文字が9字あり、それらは自分と相手の立場が違う場合につけられる。この国の言葉では敬語は文字にしてのみ表すようだ。
新しい言語を覚えていくのは困難を極めた。英語ですら満足に覚えられなかった者が全く別の世界で学べというのだ。順調に進むはずがない。
だが、こんな小さな子が全力で教えてくれているのだ。こちらも生中な気持ちでは失礼というものだ。俺に出来る限りの全力で挑んでいこうと思う。
言葉翻訳
キモ→えっと
ワヤラソシイスチエラ→出来てるかな?