遭遇
結局火がつけられないまま日が暮れてしまった。木の皮に対して垂直に立てた木の棒を必死にすり合わせたが一向に火はつかなかった。先端が少し熱くなったぐらいだった。これ以上体力を使うのも無駄か。
諦めて俺は睡眠を取ることにした。食事は我慢だ。生のままのネバ芋で腹を満たしたくない。
茂みの中で身を潜め、昼間に見つけていた厚い葉を大量に地面に敷き詰める。これならば多少は眠れるようになるだろう。ある程度葉を整えたらそこに背中を預けた。じんわりと葉から水分が染み出す。お世辞にも寝心地がいいとは言えないが地面よりはマシだ。眠れなくとも目を瞑る。
普段ならば毎日トレーニングを欠かさないが流石にこの状況では出来ない。したいが。
そういえば特に違和感を持っていなかったが体の筋肉が減っているような気がする。そんな思いがふと湧き、体を起こして改めて自分の体を見つめなおす。腕が細くなった、というか全体的に体の線が細くなったように思える。これは本当に俺自身の体なのか。
その疑問を持った時、近くから獣の唸り声のようなものが聞こえた。全身が強張る。音をたてないように体を動かし唸り声の方を向く。そこには赤色の虎のような巨大な獣が鹿を追い掛けていた。虎の体はでかく、俺の身長はゆうに超えているように見える。鹿は大きさで負けているため逃げるのに不利だが森であることを生かして上手に逃げている。虎もそれに対し手を焼いているようだ。と思っていたのだが。
「グオオオオオオオ」
雄たけびを上げた直後、口から火を噴きだして鹿の逃げ道をふさいだ。火に行くてを阻まれた鹿は逃げ道を失った。そこから逃げられるはずもなく、虎の歯牙が鹿の首に突き立てられる。動かなくなった鹿をくちゃくちゃと音を立てながら貪る。わずかに肉の焼けたような匂いがする。火を噴いた直後だから口の中が高温なのだろうか。
俺は息を殺して再び茂みに潜んだ。なんだあの怪物は。見つかったら間違いなく食われる。火を噴く生物なんて聞いたことがない。今ようやく俺は理解した。ここは俺の居た世界とは違うのだ。
やがて腹を満たした虎は燃えている道を踏み越えて悠々と歩く。虎が離れたのを確認すると全身の強張りが解けた。全身からじっとりとした嫌な汗がにじみ出る。昼間にアレに出くわさなくて良かった。
あの恐怖を前にしてもう眠れそうにない。眠らなければならないことはわかっていても寝ている間にあの虎に見つかってしまうと思うと背筋が震える。
俺は眠ることを諦め、いつでも動けるようにエネルギーの確保、食事を行うことにした。ちょうど目の前にヤツが吐いた火もある。これを絶やさないようにすれば何とかなりそうだ。
手ごろな木に燃え移らせてみようと木の棒を火に突っ込んだ。しかしなかなか燃え移る様子はない。何故だろうか。そういえば生木は水分が多く含まれていて燃えづらいというのをテレビで見たような気がする。水分が飛んだものか油分の含まれたものでなければ継続して燃やすのは難しそうだ。でなければこの森など燃え切ってしまっているか。
この火を継ぐことができないのは残念だが色々と学ぶことができた。また火を見かけるまでには木を乾燥させたり、油分の含まれた植物を探すとして、今はネバ芋を焼くだけに利用しよう。土が多くついた部分は皮ごと削り取る。ネバ芋に木を突き刺し、串焼きにする。芋の焼ける匂いがしてきて空腹がより一層強まってきた。落ちている乾いた枝木を火に投げ込む。焼けるまでは保てるだろう。
数分後こんがりと焼けたネバ芋が出来た。一部の皮は焦げてしまったが中身はちょうどいい火の通り具合のようだ。
「いただきます」
木の串に刺したまま思い切りかぶりつく。
「美味ーい」
身がホクホクしておりたまらなく美味い。味はジャガイモが一番近いだろうか。
ただ火を通してから皮のある部分からネバネバの液体が出てくる。山芋よりネバついており非常に食べにくい。口が開けにくくなるほど粘り気が強い。今度から皮は入念に取り除くとしよう。
腹を満たした俺は若干の幸福感に包まれたが、次の作業に取り掛かる。せっかく目の前に獣の皮があるのだ。これを衣服の材料にしてしまおう。
流石に先ほどまで生きていた生物の死骸を触れることに嫌悪感を覚えるがそんなことは言っていられない。虎が食い散らかした鹿の死骸を手に取って確かめてみる。
殺すときに噛んだ首と食べられていた胸、腹部以外の皮部分にはあまりダメージがなさそうだ。これならば十分服の材料として使えるのではないだろうか。
まずは死骸を解体する必要がある、刃物が必要だな。石を砕いて尖らせれば切れるだろうか。
俺は手ごろな石をいくつか見つけて集めた。石同士ぶつけて砕いて形を変えれば使えるだろう。左手で片方の抑え、右手で石を握りしめて思い切り振り下ろした。
石がぶつかった瞬間、抑えていた方の石が粉々に砕け散った。
「は」
思わず間の抜けた声が出てしまった。しかしこれは一体どういうことだ。俺は鍛えてはいたが石と石をぶつけ合わせて粉々に砕けるほどの力はない。一体俺の体はどうなっているんだ。