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言葉紡ぎ  作者: ウミボウズ
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飢えるということ

 目の前の猿は目をギラギラとさせヨダレを垂らしている。いかにも腹が減っているから今からお前を食わせろと言いたげな風体だ。本来ならば俺より一回りは大きく、たくましい体躯なのだが腕は木の棒のように細く胴体は細くしぼんでしまっていて骨を皮で覆っているようにしか見えない。今までにも何度かこの種類の猿とは戦ったことはあるがこんな様子を見るの初めてだ。何らかの理由で食うことが出来なかったのだろうか。

 こいつらの力と鋭い爪は脅威だが、所詮はこの体だ。本来の力を発揮できないだろう。爪に注意さえすれば楽に勝てるだろう。

 わずかな時間お互い様子を見合い、何も起こらぬ時間が流れる。何もない状態か或いは飢えに耐えきれなくなったのか先に猿の方から仕掛けてきた。

 動きが通常の猿と比べてなんとも鈍い。これならばさほど苦労することなさそうだ。

 振るってきた腕を腕で弾き、腹にめがけ拳を打ち込み振りぬく。肉も筋肉も少ない猿の体がわずかに宙に浮く。

 この世界に来るまでは喧嘩など全く経験無かったがこっちに来てからは何度も何度も猿と戦っていたせいですっかり喧嘩慣れしてしまった。猿ではあるが二足歩行で俺よりも一回り大きいので攻撃方法もさして人間とは変わらない。だからこそ対応できているのだろう。

 殴られた猿はよろめきながら後退する。貧相な肉体でよろよろとしている様は酷く哀れに見えるが、それでもこちらを睨む目は変わらずギラギラと滾っている。

 なんだか可哀想に思えてきたな。それでもわざわざこの身を差し出して腹を満たさせてやろうなどという思いは毛頭ないが。さっさと終わらせてしまった方が俺としても向こうとしてもお互いの為だろう。

 俺は一足飛びに踏み込み距離を詰める。猿は怯む様子は無かったものの体勢を立て直す暇もなく距離を詰めたため構えることもできない。無防備な体と顔に何発も拳を叩き込んだ。猿は堪え切れずに地面に倒れこむ。

 手の甲が痛む。顔を殴ったときに歯で手を切ったか。喧嘩をするときの独特の高揚感と手の痛みの感覚をやたら強く感じる。

 興奮冷めやらぬ状態だが俺はソフィヤの方向を向く。

 終わったことを教えてあげるのと俺の戦いぶりを見てどうだったか。それを聞かなければ。やった甲斐が無いというものだ。

 「ねえ、ソフィヤ――」

 「キンジ!ラハチソエクル!ハラツチシニ!」

 俺の言葉を遮って何かを慌てて言った。流石にゆっくり言ってもらわないと何を言っているのかわからないな。

 「アギャーー!」

 雄たけびが聞こえた次の瞬間、右肩に鋭い激痛が走った。

 「ッグアアア!」

 噛んでいやがる!。こいつ、右肩を!。俺にしがみついて!。

 すぐさま振り払おうとするも両腕の上からしがみつかれ手を出すことが出来ない。肘で腹を打つが動かせる箇所が少ないためあまり強く打てない。それをいいことに何度も俺の右肩にかぶりついてくる。

 「ッく…この、調子乗んなよ!エテ公が!」

 深く屈伸をしてからジャンプをして背面から地面に飛び込み地面にたたきつける。

 身長182㎝!、体重80㎏前後!(現在は体格が変わっているためこの限りではない)。この体重と勢いで叩きつけられりゃただじゃすまえねえだろ!。

 猿はそのまま地面に叩きつけられメキメキといった音と低いうめき声をあげる。これには堪えたのか手も口も離れた。その隙に俺は立ち上がり、飛び退く。

 流石にこれで終わっただろ。

 等と考えていたら、猿はよろめきながらもゆっくりと立ち上がってきた。むき出しにしている牙はいくつか折れているというのに相も変わらず戦意は失われていない。

 「嘘だろ…」

 舐めていた。他の猿ならばもうとっくに逃げ出している。これじゃ俺の方が先に心が折れそうだ。肩の傷が嫌に痛む。顔を殴ったときにあいつの歯が折れてなかったら噛み千切られていたかもしれないかと思うと背筋が凍る。死ぬかもしれない。ここでの生活に慣れてきた俺には久しぶりの感覚だった。向こうが命がけなのだ、こちらも命を懸けて殺す気で挑まなければ。何度か気絶させたり追い返したりはしたことあるが殺したことは一度もない。

 意識を改めて気を引き締める。

 俺は俺自身の身を守るだけでなくソフィヤも守らなくてはならないんだ。頭を砕いて殺すのも可能ではあるだろうがそれはあまりにも見た目がグロテスクでソフィヤに悪い。やるとしたら首の骨を折って終わらせるか。

 距離を詰めて顔を殴りぬけ地面にたたきつける。強く叩きつけられわずかにバウンドする。間髪入れずに首を踏みつける。ゆっくりと力を増させていく。

 このまま力を込めて首をへし折る…!。

 猿は呻きながら苦しみ、俺の足を必死に掴んで引きはがそうとする。その姿に罪悪感がわいてくる。

 ごめんな。でも死ぬわけにはいかないからさ。後でちゃんと埋葬するからさ。

 力を込め続けるとゴキッと鈍い音が鳴った。それと同時に猿の動きも止まった。俺は足を退けてゆっくりとソフィヤの方へ振り向く。ソフィヤの表情は何とも言えない顔だった。

 「終わったよ。ソフィヤは怪我はない?」

 ソフィヤは首を縦に振る。

 猿の命を奪ったことに対してソフィヤがどんな感情を抱くか不安だ。けれども俺の判断は間違ってないと思う。間違ってないはずだ。

 俺は罪悪感がありつつもソフィヤに近づいて行った。

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