異界の森に
木の葉や枝が擦れ合う音。体を通り抜ける心地よい風。あまり嗅いだことは無いが森の匂い。気が付くと俺は森の中に立っていた。人の手が加えられたような形跡はなく、かなり深い森のようだ。しかも何も着ていない。
これはいったいどういう事態だ。何があってこうなったのかと記憶を遡る。
俺は確か会社にいたはず。そして昼休みに女性社員に屋上に呼び出されて何か話していたはずだ。話の内容が思い出せないが、少なくともいきなり森の中に行くことになるような内容ではないはずだ。
そもそも会社は都会だ。森など数㎞単位で離れている。それなのに気が付いたら森の中にいるなどあり得るのか。しかも裸で。
とにかくこの危機から脱しなければならない。まずは衣服だ。この見た目では助けも求める事が出来ない。次に場所によっては野宿も考えなければならないということ。先程から車の通る音すら聞こえない。余程深い森にいるようだ。だから食料と水の確保も必要だ。
必要なことをあげ連ねるとどんどん不安になる。俺はそんな自分を発破をかける。
「まずは服!。次に食料と水を見つけろ!。気張れよ、志倉剱地!。へばってなんかいられないからな!」
俺は自分の名前を呼び言い聞かせる。
初めにいたこの場所を起点として探索を開始する。適当に落ちていた丈夫そうな枝木を拾って地面に跡を付けながら歩く。
10分程度歩いたが相変わらず人の手が加えられたような場所には出られない。衣服の材料になるものや食料を見つけるため周囲を見ながら歩いてきたが、周囲の植物に見覚えがない。植物に見識があるわけではないが、一枚一枚の葉が辞書ほどの厚さの葉だったり、蛍光ペンキをぶちまけたような青色の草など見たことも聞いたこともないような植物ばかりだ。下手をするとここは日本ではないかもしれない。
「考えてることが逸れている。今は服の材料と食料だ」
不安になる前に別のことを考える。
そのままさらに2時間歩いてみたが服の材料になるようなものはなかった。というか俺の技術では服に出来そうにない。せめて糊とかがあれば今よりはマシになるのだが。
代わりに食料になりそうなものを見つける事が出来た。手の届く所に生っていた洋ナシのようなオレンジ色の木の実と地面に線を引いていた際にたまたま引っかかって見つけられた芋のようなもの。ちょうど喉が渇いていたために木の実を見つけられたのは大きい。
俺は休憩としてちょうどいい大きさの岩に腰かける。まずは洋ナシの方を食べてみることにした。指を入れて二つに分ける。多少固いが果物としては問題ないほどだ。分けると果物らしい甘い匂いと果汁が溢れ出てきた。俺はそれに耐えきれず思い切り頬張った。口の中に甘い匂いが広がる。しかし次に感じたのは苦みだった。舌に激しい苦みが走る。それに耐える事が出来ず口から吐き出した。しかしそれでも苦みは消えず、それどころか口の中で果物が触れた部分に刺激を感じる。びりびりと痺れているような感覚だ。さらに手にも同じようなわずかな痺れが出ている。果物を分けた時に使った指は炎症まで起きている。どうやらこの木の実は毒が含まれているようだった。すぐさま吐き出したため命に関わることはないだろうが非常に不愉快だ。
口直しに芋のようなものの方も食べてみることにした。先程は警戒心が薄かったから痛い目を見た。同じ失敗をするわけにはいかない。まずは皮膚にあててみよう。毒性があるものならばさっきと同じ炎症のような反応があるはずだ。なければ問題ないはずだ。
芋を石にぶつけて砕く。破片の部分を腕にすりあててみる。2~3分ほど様子を見てみたが特に反応はない。しいて言えば芋の液でネバついた程度だ。
小さい破片を少しだけかじってみる。口の中で転がしてみるが苦みや刺激はない。ただ特に味もない。歯ごたえはレンコンを少し硬くしような感じで噛むとポリポリと良い音が鳴る。これならば大丈夫だろうと俺は飲み込んだ。決して美味くはないがマズくはない、食べられる。今持っている分は一つだが、連なって生える植物のようでそこそこな数を見つけた。食料は何とかなりそうだ。
折角だからこの二つに名前を付けてみよう。果物の方は洋ナシみたいな見た目とこの果物が生っていた木がやたら垂れていたことからとって垂ナシとしよう。芋はなんだろうな。ネバついていたし安直だがネバ芋でいいか。
探索を再開しようと思ったが日が暮れてきた。これ以上行動するのは危険か。俺は拠点に戻ることにした。戻る際は周りを見る必要はないからここに来るまでよりは速く戻れるだろう。
帰る道中俺はこれから必要なものを考えていた。幸いにして食料は見つける事が出来たが衣服の材料は見つけられなかった。加えて水を見つける事が出来なかった。まだ我慢できるがこのままの状況が続くのは危険だ。
完全に日が落ちる前に起点にたどり着く事が出来た。しかし日が傾いた時の森が思ったより暗い。頭からすっかり抜けてしまっていたが火を起こす方法がない。このままでは何の光もないまま夜を迎えることになってしまう。
一体どうしたものか