第8話 エリート集団に囲まれた理由①(ティアナ視点)
ルフェーブル魔法学園に入学して、私は手芸部に入った。元々実家は仕立屋を営んでいて、よく手伝いもしていたし、集中して黙々と何かを作るのは好きだった。
最初は平民の癖に手芸なんてって、周囲に馬鹿にされることも多かったけど、同じ手芸部に所属するプリムローズ侯爵令嬢のサンドリア様が私の作品を褒めてくれた。
「ティアナ、貴方の作品とても素敵ね。この繊細なレースも貴方が編んだの?」
「はい。私の故郷スノーリーフ村に昔から伝わる伝統的な手法で……」
話を聞いていると、サンドリア様の婚約者、テオドール公爵家のエミリオ様の双子の妹であるエレイン様が、よく好んでこの柄のレースの刺繍の入ったお洋服をお召しになっていたらしい。
テオドール公爵夫人は、お祖母ちゃんのお得意様だった。お祖母ちゃんが亡くなった後も、定期的に注文を入れて下さる大御所のお客様で、その中には私と同じ年頃の女の子用のドレスや小物の依頼もあった。
きっとエレイン様が身につけられるものだったのだろう。気に入ってもらえていた事が、とても嬉しかった。
「良かったら、私に教えてもらえないかしら? 病に伏せているエレインが早く元気になってくれるように、プレゼントしたいの」
「勿論です、サンドリア様」
それから放課後、手芸部の部室でサンドリア様にレースの編み方を教えてあげた。元々手先の器用な方で、最初に何度か失敗はあったものの、すぐにマスターされて素敵なストールを完成させられた。
サンドリア様のおかげで、私は少しずつ周りに受け入れてもらえるようになって、楽しく学園生活を送ることが出来るようになった。
そこに影が差し始めたのは、思えば文化祭の時だったのだろう。
手芸部の展示コーナーに第一王子のハイネル様がいらっしゃって、私の作った作品を見て「これを作った者はどこにいる?」と尋ねられた。
私が名乗り出ると、ハイネル様は「素晴らしい、実に素晴らしい」と連呼なされていた。
私が展示していたのは刺繍を施した男性用と女性用のお守りケースだった。この国では、生まれた時にもらう幸福祈願のお守りを、肌身離さず持ち歩く習慣がある。
誰かに見せるものではない。懐に常にしまっておくものだから、汚れなければケースなんて何でもいいと思われがちだけど、細かいところにもこだわりたい人の潜在的ニーズを呼び覚まし、実家で売り出した時は中々の好評だった。
あまり華美過ぎても懐に忍ばせるには邪魔になる。利便性とデザイン性に折り合いをつけて、そこまで凹凸が出ないよう刺繍でアクセントをつけている。
「私に、これを売ってくれないか?」
元々展示が終われば誰かにあげようと思っていたものだし、作り手としては大事にしてくれる人の手に渡るなら本望だ。
「もしよろしければ、展示が終わったら差し上げますよ」
「よいのか?」
「はい。そこまで気に入って下さったのなら、是非。作り手としては大事にして頂ける方の手に渡るなら本望です」
「感謝する。私の名はハイネル・エルグランドだ。其方、名は何という?」
「ティアナです」
翌日から、何故か行く先々でハイネル様と遭遇するようになった。最初はとっつきにくそうな印象だったけど、会えば時折口許に笑みを浮かべて話しかけて下さる。当たり障りのない返事をして過ごしていた。
しばらくして、ハイネル様をおいかけてリヒテンシュタイン侯爵家のシリウス様がよくいらっしゃるようになった。
「ティアナ、殿下を見かけなかったか?」
「いえ……こちらにはいらしてません」
ふらっと居なくなるハイネル様をよくお探しで、シリウス様はいつも忙しそうだった。
額に汗が滲まれていたので、私はハンカチを差し出した。
「良かったらこちら、使われて下さい」
差し出がましい事だったかもしれない。でも、汗を拭わずにいると風邪を引く原因にもなる。
「ああ、すまない……これは、君が編んだのか?」
ハンカチの隅に施された刺繍に視線を落として、シリウス様が尋ねてこられた。
「はい。そうですが……」
「実に繊細で美しいタッチだな」
入れていた刺繍は、王都に来て綺麗だと思った花をメインにしてデザインしたもの。
「殿下が君の作った作品を気に入られている理由が、よく分かった」
それからハイネル様とシリウス様のコンビによく声かけられるようになった。
どうしてもこの二人と話していると目立つのだ。上級生の先輩達から呼び出されて、「身分をわきまえなさい」と長々と説教をくらった。
その時、偶然やって来られて、声をかけて下さったのがテオドール公爵家のエミリオ様だった。
「ハイネル達には僕から言っておくから、あまり彼女を虐めないであげて? サンドリアが悲しむから」
エミリオ様は私を庇って下さった。
その後も、何かと気を遣って下さるようになって、ハイネル様とシリウス様がいらした時は、二人を牽制するためによくその場にいらっしゃるようになった。
だけどその事が、サンドリア様の心を傷付けてしまった。そこで初めて、学園に入学してから、エミリオ様が昔ほどサンドリア様のお相手をして下さらなくなっていたのだと、よく行動を共にしていらっしゃる令嬢の方々から聞いた。
そして懇意にしていたエレイン様が病に伏せられ、面会も拒絶されていると。
いてもたってもいられなくなって、私はサンドリア様の所へ誤解だと謝りに行った。
「ティアナ、貴方が悪くないのは分かってるわ。でも今は……お願いだから、そっとしておいてもらえるかしら?」
サンドリア様は深く傷付いておられて、私に会って下さらなかった。
その日から、貴族令嬢達からの風当たりが一段と強くなった。
「アンタの考えなしの行動のせいで、サンドリア様が!」
反論できるわけがなかった。ひたすら謝ることしか出来なかった。
何のために、私はここに居るんだろう。
私を救って下さったサンドリア様をあんなに傷付けて、最悪だ。
スノーリーフ村で、ダリウスやルーカスと過ごした日々が懐かしかった。
それと同じ距離感でハイネル様達に接してしまった事で、たくさんの人達を傷付けた。
貴族社会では、婚姻前の男女が二人きりで立ち話をする事さえ許されない世界なのだと後から知った。
必ずそこにはお供をつけておかねばならないと。自分たちの身の潔白さを証明するために。
自分の無知さ故に招いた失敗に頭を抱えても、やってしまった事実は消えない。
何もやる気が起こらなくなって、成績もどんどん落ちて、村に帰りたい気持で一杯だった。
そんな時、あまりの成績低下を見るに見かねて呼び出しをくらってしまった。
そこには担任の教師と、私のクラスを取り仕切っているローレンツ公爵家のレオンハルト様がいらっしゃった。
レオンハルト様は文武両道を地で行くお方で、皆からの信頼も厚い方だ。
「著しい成績低下の原因は何だ?」
席に着くなり、レオンハルト様にかけられた言葉に、私はすみませんと謝る事しか出来なかった。
「謝罪を述べろと言っているのではない、何が原因でそこまで悩んでいる?」
「それは……」
「ハイネル達のせいであろう? 何故正直に言わない。アイツ等の最近の行動は目に余る。お前も大変だな」
「いえ、そのような事は……」
「知っているかと思うが、三年間クラス替えはない。つまり学年が上がっても、お前は俺と同じクラスだ。何が言いたいのかというと、このままクラスの平均点を下げられては困るという事だ」
「はい。申し訳ありません」
「お前が勉学に励めるよう、俺が環境を整えてやる。だから、折角授かった才能を無駄にするな。分かったな?」
その日から、レオンハルト様は私の元へやってくるハイネル様とシリウス様を追い返して下さるようになった。
王家の血筋を引いておられるレオンハルト様は、ハイネル様やエミリオ様とはとこの関係になるようで、小さい頃からよく共に過ごしてきたらしい。
「今度はレオンハルト様にも取り入って!」
一部の女子からの風当たりは強かったけど、レオンハルト様の人徳がなせる技か、リーダーとしてクラスメイトが勉学に励めるようその環境を守っているだけだと次第に周囲は理解してくれるようになった。
レオンハルト様の弱者を守ろうとされるその心意気や、寄り添って問題を解決しようされるその姿勢は騎士そのものだった。
これ以上レオンハルト様にご迷惑をおかけしないためにも、私は再び勉強に力を入れるようになった。
それと並行して、サンドリア様にいつかお渡しできたらいいなとコサージュを作り始めた。
サンドリア様は、初対面でキツく見られがちな容姿をとても気にしておられた。話をすれば分かるけれど、中身はすごく明るくて誠実で前向きなお方だ。凜とした美しさの中に、可愛らしさも忘れない。そんなサンドリア様の美しさをより引き立てる一作をどうしても作りたかった。少しでもエミリオ様とサンドリア様の仲が良くなればいいなと思いを込めて。
その時、創作意欲が湧いた私は、遊び心で趣味のマスコットキャラクターの編みぐるみを作った。看板を飾るような皆に愛されるキャラクターを作るのが、昔から趣味でよくやっていたのだ。
ある時、鞄につけていたそれがたまたま落ちてしまって、レオンハルト様が拾って下さった。
「こ、これは……」
「すみません、レオンハルト様。紐が切れてしまったみたいで」
「ああ……次から気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
次の日から、何故かレオンハルト様が私の後ろをつけてくるようになった。
「あの、どうかなさいました?」
「いや、お前がまたそれを落とさないよう監視だ。誰かが誤って踏んでしまったら大変だ。大怪我につながる恐れがある」
「すみません、じゃあ鞄につけるのやめます! 本当にすいませんでした」
慌てて鞄からマスコットを取ろうとすると、レオンハルト様が酷く真剣な面持ちで諭してこられた。
「その必要はない。そのために、俺が監視している」
「え、あ……はい」
レオンハルト様はあまり冗談を言われるような方ではない。それに加えて、あまりにも真剣な眼差しを向けられたものだから、自分が間違っている気がして思わず肯定してしまった。
だけど、後から冷静に考えるとやはり私は間違っていなかったと思う。