第4話 囚われのティアナ
入学して一週間が経って、俺はようやくティアナの置かれている状況を把握した。
「魅了魔法でハイネル様達の気を引いて、どういう神経しているのかしら。はしたない」
「少し構ってもらってるからっていい気になって、身の程を知るべきだわ」
「雑用を押し付けてやったの。そうしたら笑顔で引き受けるのよ、なんて嫌味なのかしら」
学内を歩けば嫌でも耳に入ってくる令嬢達のティアナに対する悪口に、俺は辟易していた。
エリート集団のせいで、どうやらティアナは女子の大半から反感を買っているようだった。
なんでもあのエリート集団には、それぞれ婚約者の貴族令嬢達が居るようで、今のこの状況がとても面白くないらしい。
みすぼらしい平民の泥棒猫
というレッテルを張られ、エリート集団の居ない所で貴族令嬢達から嫌がらせを受けているようだった。
一度、きちんとティアナと話がしたい。そう思って放課後ティアナの元を訪ねても、エリート集団に邪魔されうまくいかない。
それならばと学生寮の入り口で待ち伏せするも、何故か避けられているようで、ティアナは俺の顔を見た瞬間、すぐに視線を逸らして走って逃げていく。
エントランスから入って右側にある女子寮エリアの方へ入っていかれては、それ以上男である俺は足を踏み入れる事は出来ない。
俺を巻き込まないよう気を遣っての行動なんだろうが、それが逆に悔しくて仕方なかった。
遠巻きに見えるティアナは、貼り付けたような笑顔を浮かべて、気を遣いながらエリート集団の相手をしていた。
いつも明るくて笑顔を絶やさなかったティアナから、本当の笑顔が消えていた事に俺は愕然とした。
ティアナはいつも前向きで、夢のために一生懸命頑張る女の子だった。
実家が仕立屋をしていたのもあって、手芸が趣味だったティアナは昔から可愛いものが好きでよく作っていた。
ティアナの原点にあったのは、大好きだった祖母に作ってもらったという一着のお洒落なワンピースドレスだった。
スノーリーフ村伝統のレース編みをふんだんに取り入れたそれは、とても繊細で可愛らしい一着で、ティアナによく似合っていたのをよく覚えている。
『ティアナ、きれい……』
舌足らずなガキんちょだった俺、当時五歳は、そんなありきたりな言葉しか出て来なかった。
それでも嬉しそうに笑顔でお礼を言ってくれたティアナは、物語に出てくる優しくて美しいお姫様のようだった。
サイズアウトして着れなくなっても、ティアナはそのワンピースドレスを、とても大切に手入れをして、部屋に飾っていた。
技術的なお手本にしてるっていうのもあるが、たくさんの幸せな思い出の詰まったそのワンピースドレスが、大切な宝物なんだとティアナは言っていた。
あのワンピースはティアナにとって、ばぁちゃんの形見のようなものだった。
ティアナのばあちゃんは昔、王都の有名な仕立屋で働いていて、王族や貴族に卸すような一流の洋服を作っていたプロだ。
田舎に帰ってきて始めた仕立屋にも、その頃の客が訪れたりするほど人気があって、ティアナの憧れだった。
そんなばあちゃんが、最後の一着は大切な孫を笑顔にするものをと、無理をして作ってくれたものらしい。
『私もおばあちゃんのように、皆に喜んでもらえるような素敵なお洋服を作りたい』
そんなしっかりとした夢を持って、家業の仕立屋の手伝いの傍ら、寝る間も惜しんで必死に頑張っていた。
一着の洋服を作り上げるのに、それはもう大変な作業なのは隣で見ててよく分かった。
布を織ったり、染めたり、切ったり、縫い合わせたり。
子供ながらに器用に足踏みミシンを使いこなして布を織り、精細なレースを物凄い速さで編み上げて、それを隣で見ながら、よくもまぁそんな作業が出来るなと、子供ながらに感心していた。
洋服作りに慣れてきたら、今度はトータルコーディネートをしたいと、小物系にも力を入れていた。
デザインを考えてはスケッチブックに書き溜めて、一番評判のよかったものを試作品として作っていた。
そのあまりの出来の良さに、常連客から店で是非販売してくれと要望が殺到し、店の一角で、ティアナの作ったコサージュや髪留め、アクセサリーなどの小物雑貨を販売すると、すぐに完売していた。
子供ながらにしてオーダーメイドで依頼を頼まれるほどで、端から見たら凄く大変そうだったけど、作業している時のティアナはいつも笑顔で楽しそうだった。
「きつくないのか?」と声をかけると、「身体は正直きつい時もあるよ。でもこうやって今、誰かの幸せに携われてるって思うと凄く楽しいの!」って、目を輝かせて言っていたな。
あんな貼り付けたような笑顔で笑うティアナなんて、俺は見たことがない。
男に媚を売る卑しい女?
違う。老若男女誰にでも分け隔てなく優しく接する平等な女だ。
スノーリーフ村じゃ仕立屋の看板娘として、すごく人気があったんだぞ。
俺の他にもティアナに思いを寄せる奴はいっぱい居て、ダリウスの存在を見て半分は諦めていた。
まぁそんなダリウスは、騎士になるべく日々精進と自分にストイックな訓練をかし、夢に向かって一直線な奴だった。
そんなダリウスの背中を追いかけて、ティアナも必死に努力してた。
あのエリート集団、身分に捕らわれずティアナの魅力に気付いた所は評価しよう。
しかし婚約者が居る癖に、別の女の尻ばっかり追いかけるのはダメだろ! 相手の令嬢達にも失礼だ!
高い税金を集めて優雅な生活送ってるくせに、そんな分別も付かないのかよ。
この国を牛耳る上流貴族に平民が無礼を働けば、それだけで投獄されてもおかしくない。
ティアナが逆らえないのを良いことに、遊びで付きまとってるんだったらなおさら許せない。
お前たちのその行動が、ティアナの幸せを、未来を壊している事にどうして気付かないんだよ。
お貴族様の身勝手な都合に、俺の大切な幼馴染を巻き込むな!
待ってろ、ティアナ。今度は俺が、その檻の中から必ず助けてやる。あの時、お前が助けてくれたように──