第30話 ホラー人形改善プログラム
「それでルーカス、なーんで僕の実験室がこんな事になってるわけ? 簡潔に、説明してもらえるかな?」
「ここが一番色んな問題を隠す上で適していたからです。はい、すみませんでした!」
レオンハルトの秘密訓練をどこでやるか問題が俺達を悩ませた。ティアナをレオンハルトの自室に呼んで二人にさせるのはあらぬ誤解を招きかねないし、俺も嫌だ。
第三者の目がある部屋でやるのが一番だが、信用できない奴等が大勢いる場所でなど、悪意のあるうわさの温床だ、出来るはずがない。
そんな時、とても都合がいい場所を俺は見つけてしまった。エミリオの研究室なら、限られた人しか入れない。
しかも、あくまでもエミリオの研究室だからレオンハルトが出入りしてもおかしくない。しかも、ティアナはエミリオの婚約者であるサンドリア様の後見を受けている。サンドリア様と共にここを訪れても不自然ではない。
勿論サンドリア様にも協力を仰ぎ、それはレオンハルトも了承済だ。
というわけで、エレインの許可さえもらえれば、ここが一番安全な場所と判断したというわけだ。
部屋を貸してもらえるよう、レオンハルトが一緒に頼んでくれるというわけで、俺達は主より先に研究室で待ち構えていた。
「すまない、レイ。ルーカスを責めないでやってくれ。俺が頼んだことだ。少しだけ、この部屋を貸してくれないか?」
すかさず、レオンハルトが助け船を出してくれた。
「仕方ないな。君と僕の仲だ、ローレンツ名産のカスタードプティング一年分で許してあげるよ、レオン」
「分かった。それで済むなら造作もない。所でレイ。エミリオの具合はどうだ?」
「んーぼちぼちかな。張り切るとすぐに無理するから、完全に治るまでは軟禁中」
「お前も大変だな」
「別にー。自由に出来るから逆に楽しんでるよ、今の生活」
「フッ、相変わらずだな」
何か普通に会話してるけど、レオンハルトはここに居るエミリオの正体知ってんのか。
「エレインったら、レオン様には相変わらずね」
サンドリア様が口元を押さえてクスクスと笑うと、エレインが口を尖らせる。
「だって、昔からの仲だし。今さら取り繕った方が寒気するよ」
「だな、ものぐさ令嬢」
「うるさい、拗らせ騎士」
軽口叩きあってるのをみる限り、仲は普通に良さそうだな。
「お邪魔してしまって申し訳ありません、エレイン様」
「ティアナはいつでもおいで。大歓迎だよ」
くそー、どさくさに紛れて抱きつくなよ!
中身が女と分かっていても、エミリオの変装した状態でやられると、何かもやもやする。
「ほらルーカス、ボサッとしてないで皆をもてなして」
「はい、かしこまりました」
くそー、侍従は忙しいぜ、畜生!
そんなこんなで、レオンハルトのホラー人形改善プログラムが始まった。
ティアナもレオンハルトにはお世話になっているからと、熱心に指導していた。
どうやらレオンハルトは顔部分の作成になると、途端に力加減がおかしくなるらしい事が、ティアナの調べでわかった。
その理由を尋ねると、可愛いものと向き合うと、ヘンリエッタを思い出し恥ずかしくなって手元が狂うそうだ。エレインに拗らせ騎士って言われてたのも妙に納得してしまった。
本人を前にすると、まともに目も合わせられないそうで、それを克服したくて可愛いものを集めて練習していたそうだ。
人形の顔をまともに作れるようになれば、それは本物のヘンリエッタと向き合う訓練にもなる。人形相手にこの様じゃ、本人目の前にしたらそれは悲惨な状況だろう事は容易に想像ついた。
精神面を鍛えるため、まずはヘンリエッタに似た可愛い人形とのにらめっこからレオンハルトの訓練は始まった。耐えられた時間だけ、顔の刺繍に取りかかる。それを日々繰り返すのが、レオンハルトのホラー人形改善プログラムの全容だった。
「そんな怖い人形じゃ、昔みたいにヘンリエッタを泣かせちゃうよ。今年こそは、男を見せろ」と、エレインに冷やかされつつも励まされ
「味があって、このホラー人形私は結構好きですわ」と、サンドリア様には現状ホラー人形認定され、喜んでいいのか悲しんでいいのか絶妙な気分にさせられる言葉を頂き
「少しずつよくなっています。レオンハルト様、ヘンリエッタ様を喜ばせるためにも、諦めずに頑張りましょう!」と、ティアナには天使のような笑顔で励まされ、レオンハルトは日々頑張っていた。
どうやらレオンハルトの手芸が得意なことは、エレインとサンドリア様は昔から知っていたらしい。
誕生日パーティーでレオンハルトがホラー人形を渡してヘンリエッタを泣かせてしまった事は、貴族の中では結構有名な話だったそうだ。
ただ、それが手作りであることを知っていたのは限られた人間だけだったらしいが。
レオンハルトの方はこうして、女性陣に温かく見守られながら順調に快方に向かっている。
そんな中、俺はもう一つの約束を果たすため、学園内にある製菓部の調理室を訪ねていた。










