第29話 レオンハルトの苦悩
その日の夕方、俺は約束した通りレオンハルトの元を訪ねていた。俺達の住むおんぼろ寮とは比べ物にならないほど、豪華な寮。置かれている調度品はいくらする事やら、検討もつかない。でっかいシャンデリアに白い大理石の床で、明るすぎて目がチカチカする。
そんなエントランスで、わざわざレオンハルトは俺を待っていてくれたようだ。
「お待たせして申し訳ありません」
「特に時間の指定はしていない」
俺が頭を下げると、レオンハルトはそう言って顔を上げるよう促した。
ゆっくり話がしたいからと、場所をレオンハルトの自室へと変更される。
けばけばしいエントランスと違い、レオンハルトの自室はすごくシンプルな印象だった。
置かれている家具は高級そうだが、必要最低限のものしかない。広いスペースを確保してある部屋は、自室でも訓練しやすいようにだろうか。ダリウスの部屋もそんな感じだし。
座るよう促され、どこから現れたのか分からない侍従が美味そうなお菓子とコーヒーを淹れてくれた。
侍従を下がらせたレオンハルトは、おもむろに口を開いた。
「これを、見て欲しい。そして、率直な感想を聞かせてくれ」
差し出されたのは可愛らしい人形だった。ただ、ある一部分を除いて。
「とても精巧に作り込まれたお洋服がとても可愛いですね! ただ……その、お顔が少しだけミスマッチといいますか……、不気味な印象を受けます」
「やはりそうか……俺が作ると、どうしてもこうなってしまうのだ」
悪魔の人形とでも呼んだがいいのか、ホラーな顔をしたそれは、断末摩の叫びをあげているようだった。
「アイツが喜んでくれるような可愛いものを、プレゼントしたいのだ。次の誕生日こそ……必ず……」
「ヘンリエッタ様にですか?」
「……ああ、そうだ」
相思相愛じゃねぇか。羨ましいな、畜生!
でも、ヘンリエッタの反応から察するに何かすれ違ってんだろうな。じゃなきゃ、あんな悲しそうな顔するわけないし。
「可愛いものが好きなお前なら、どうすれば可愛くなるか分かるんじゃないかと思って、ここに呼んだわけだ」
「正直に申し上げてよろしいですか?」
「ああ、頼む」
「身体部分に関しては、何も問題ないと思います。細部にまでこだわり抜かれたお洋服やアクセントとなる装飾は大変可愛らしく素晴らしいものだと思います。ですが……」
まずはワンクッション置いて、良い点を褒めてから。いきなりガンガンダメ出しして、逆ギレされても面倒だしな。
「問題は顔のパーツです。目にしても口にしても鼻にしても、正直ホラーハウスに出てくるゴーストようです。ヘンリエッタ様は、怖いものがお好きなのですか?」
「エッタは、怖いものが苦手だ」
お互い愛称呼びしてる事に、今さら俺は突っ込まないぞ。絶対。なんか惨めになるから。
「でしたら、もう少しこのつり上がった目を優しくタレ目にして、鋭く尖った鼻もマイルドに、そして裂けそうな程大きな口も小さくしましょう。それだけで、印象はかなり変わってくると思います」
なるほど……と、俺の助言を真摯に受け止めたレオンハルトは「好きに寛いでくれて構わない。少し待っていてくれ」と言って隣室へと行ってしまった。
待つこと約十分、緊張した面持ちで戻ってきたレオンハルトはある人形を差し出してきた。
「アドバイスを元に、作ってみた。今度は、どうだろうか?」
確かに俺の助言をしっかり受けめてはあるが……タレ目はただれすぎて溶けてるみたいで不気味だし、鼻なんて逆方向に丸くえぐれているし、口なんて小さすぎて見えない。
さっきより怖いホラー人形が完成していた。
「すみません、レオンハルト様……俺の助言が役に立たず申し訳ありません。俺のイメージとしては……」
創造魔法で自分がイメージしたうさぎの人形を創って見せる。
「こんな感じだったんです」
二つの人形を並べて流れる沈黙……正直気まずい。
「ルーカス、お前が作ってくれたものは、俺が頭で想い描いた理想そのものだ。悪いのは、ホラー人形しか作れない俺の腕だ」
イメージが同じなら、後はもう技術的な問題だ。俺が指導できるわけがない。だが、このまま見捨てるのも忍びないな。
「残念ながらレオンハルト様、俺は手芸は出来ないので技術的なアドバイスは出来ません。ですが、それがすごく得意な方を知っています。なのでその方に、教えを乞うてはいかがでしょうか?」
事情を話せば、ティアナはきっと協力してくれるだろう。かつそれで、レオンハルトがティアナを追いかけ回す理由もきっと無くなるはずだ。
コイツは多分、ティアナの人形を参考にしてたんだ。だからもっと近くでそれを見たかった。だから追いかけ回したんだろう。
「だが……俺にこんな趣味があるなんて、あまり知られるのは……」
「正義感が強く文武両道にたけ、誰に対しても優しいレオンハルト様は、本当に騎士様の鑑だと思います。ただ正直、完璧すぎて近寄りがたい。それが俺みたいな平民が抱く正直な気持ちです。ですがこうしてお話して、レオンハルト様のお気持ちが知れて、前よりすごく親近感が湧きました。心許ない言葉を投げ掛けられる事もあるかもしれませんが、認めてくれる人も必ず居ます。だから少しだけ、勇気を出してみませんか?」
レオンハルトの瞳が大きく揺らいでいる。後一押しだな。
「それにティアナは、軽々しく人の秘密をばらしたりしません。好きな事を一生懸命やっている人を、決して蔑んだりなんてしません。それは絶対に俺が保証します」
「……頼める、だろうか?」
「はい、勿論です!」
レオンハルトの部屋を後にした俺は、庭からピースケを飛ばしてティアナを呼び出した。
レオンハルトの事を相談してお願いすると、「勿論だよ!」と笑顔で快諾してくれた。










