第27話 無血開城
じりじりと焼けるような暑い日差しを浴びながら、俺は南のスタンプ場を目指していた。
生徒会メンバーのうち、北ではエミリオに扮したエレインとその婚約者に会った。西ではアリーシャ様とダリウス。中央には審判として生徒会長のハイネル王子が待機していた。
そこから導き出された結論として、南と西では残りの生徒会メンバーであるレオンハルトとシリウスに遭遇する確率が高いというわけだ。
俺はレオンハルトに遭遇した時のために、とある秘密兵器を創造魔法で創った。
それは、ティアナがよく作っていた可愛らしいマスコットの試作品を模したもの。森のくまさんシリーズの中でも珍しい、男女対になっている人形だ。名前は確か、ベリルとベティ。
少しだけ細工を施したその二体を、胸のポケットに入れておく。もしこれに釣られるなら、レオンハルトを取り込む事も可能だろう。
それにしても、この砂漠フィールドは暑いな。砂に足をとられ、歩くだけで一苦労だ。その上、気がつけば辺り一面同じ景色で方向感覚も狂ってくる。
もしかすると、幻覚魔法でも使われているのかもしれない。一度、リフレッシュするか。
光属性の魔力には浄化作用がある。全身を包み込むようにそれを纏うと、何とも不気味な光景が目に入った。
砂の上で寝転がって「生き返る」だの「気持ちい」だの叫んでいる奴等がわんさかいる。やはり、なにかの幻覚を見せられているのだろう。
多分これが、南のスタンプ場へ行く前の罠だろう。甲冑鎧に追いかけ回されなくてよかったぜ。
俺はそいつらを避けるようにして、前方にそびえ立つ立派な白亜の宮殿へと向かった。
太い入口の門をくぐると、断末魔の叫びのようなおぞましい声が聞こえてくる。この先で、一体何が行われているのだ?
警戒しながら恐る恐る中へ進んでいくと、美しい庭園では、太陽のような橙色の髪をなびかせ佇む大柄な体躯の男の姿が視界に入る。遠目にみても分かるその姿は、騎士団長の子息、ローレンツ公爵家のレオンハルトだ。
「そんな事ではスタンプは手に入らんぞ。もっと根性見せてみろ」
地べたに這いつくばっている生徒達に、レオンハルトが檄をとばしていた。だが、もう誰も言葉を発せられる奴がいないのか、ピクピクと小刻みに身体を震えさせている。
「全く、少しは骨のある奴は居ないのか? 俺を抜くことが出来れば、スタンプは目の前だぞ」
辺りに散らばった大量の武器と屍になりかけている奴等から察するに、模擬戦でもしてけちょんけちょんに負けたのだろう。
スタンプ置場は、普通に奥に見えるけど、コイツを倒さないと押せねぇんだろうな。
正直俺は、毎日ストイックに身体を鍛えているダリウスのように剣をうまく扱えるわけじゃない。剣だけの真っ向勝負で挑んでも到底勝ち目はない。地面に這いつくばる屍の仲間入りするだけだ。さて、どうしたものか。
「お前は確か、ティアナの幼馴染みの……」
ヤバい。策がまとまってねぇのに気づかれた。
「一年C組のルーカスです。南のスタンプを取りに来ました」
「スタンプは奥の台座に用意している。ここでのルールは簡単だ。押したければ、俺を抜いていくがいい。この白線を一歩でも越えればお前の勝ちだ。ただし、この白線を越えようとすれば、容赦しないがな」
「その白線を、越えさえすればいいんですか?」
「そうだ。武器が必要ならそこから好きなものを選んで構わないぞ。さぁ、かかってこい」
レオンハルトが剣を構えると、覇気のようなものがビシビシと空気を震わせる。目の前にいるはたった一人の人間であるはずなのに、獰猛な魔獣が居るような錯覚を覚える。
「ではこの剣をお借りします」
ここで迷ってる時間はない。切り札は最後までとっておきたかったが使うしかない。
俺はあえて、レオンハルトの近くの地面に落ちている剣を拾う。その際、膝を曲げずに手を伸ばし、上半身だけを屈めて剣を拾った。
狙い通り、俺の胸ポケットからベリルとベティの人形がこぼれ落ちてレオンハルトの足元へ。前髪の隙間からレオンハルトを盗み見ると、ハッとした様子で固まっている。
「あっ、すみません」
人形を拾い上げようと手を伸ばすと、何故か思いっきり腕を捕まれた。
「ま、また落ちるといけない。俺が、預かっておこう」
「いえ、大丈夫です。今度は落ちにくいサイドのポケットに入れておきますか……」
「可哀想だろ!」
「……え?」
「あ、いや、その……そんな狭い所に詰め込んでたら、人形が潰れてしまうだろ」
あーやっぱりそうか。ティアナの言うとおりだ。精悍な顔を取り繕って必死に誤魔化そうとしているけど、この人ただ可愛いものが好きなだけのようだ。
騎士団長の子息という肩書きが作り上げた周囲のイメージを崩さないよう、自分を律して生活しているのだろう。だから、誰に聞いても肯定的な意見しか聞けないわけだ。それならば──
「ベリルとベティの心配をして下さるなんて、レオンハルト様はとてもお優しい方なんですね」
「いや、俺は……」
「男の癖に気持ち悪いって、心無い言葉を浴びせられる事も多かったので、ポケットの中にしまっていたんです。でも、狭いところに閉じ込めていたら、やっぱり可哀想ですよね。服に擦れたせいで、ボロボロになってますし……」
ソーイングセット持ってないしな、どうしようと、困ったフリをしていると「どれ、見せてみろ」と、レオンハルトが手を差し出してきた。
「はい」
足が取れそうになっているベティの人形を確認したレオンハルトは、胸の内ポケットから携帯ソーイングセットを取り出し、縫ってくれた。
さらに、襟元のレースの刺繍が一部ほどけてしまっているベティまで綺麗に直してみせたのだ。その手際はとても手慣れたもので、思わず感心してしまうほどだった。
「とりあえずの応急処置だ」
「ありがとうございます! 流石はレオンハルト様、手芸も嗜んでおられたんですね!」
「いや、違う、これは……」
「違うんですか? こんなに綺麗に修復して頂いて、とても応急処置とは思えない仕上がりに感動したのに……」
「お前は、その、…………が好きなのか?」
あまりにも一部の声が小さすぎて聞き取りにくかったが、俺の耳はしっかりその単語を拾っていた。
「はい! 可愛いものって、心が癒されますよね。ずっと見ていても飽きないっていうか。まぁ、俺は手先がそこまで器用じゃないので手芸は出来ませんがその代わりに……」
創造魔法で、ベリルやベティのお友達をさらに創って見せる。
「可愛いと思ったものは、こうして再現してとっておきます」
目の前に現れた可愛いぬいぐるみの数々に、レオンハルトの頬が緩みきって戻らない。
「ルーカス」
「はい、何ですか?」
「後で、話がある。オリエンテーションが終わったら、俺の部屋に来て欲しい」
フッ、落ちたな。
「それは構いませんが……先程俺、北のスタンプ場でエミリオ様を怒らせてきちゃったんで、時間が取れるかどうか……」
「エミリオには、俺から話を通しておく」
問題を先伸ばしにした感も否めないが、完璧なザッハトルテを作れるようになるまでは、エレインの所に戻るの怖ぇ。
「分かりました。それでレオンハルト様、この子達、どうしましょう?」
「とりあえず、安全な場所へ運ぶとしよう」
白線を越えて、レオンハルトは人形達を大事に抱えスタンプのある台座の上に飾り付け始めた。手伝いながら、俺は余裕で白線を越えることに成功した。
「ここなら安心だ。誰も白線を越えてくる事は出来ないからな」
守るべきものが出来た騎士は強い。
この後レオンハルトの所へ来た生徒は何人たりともこの台座に近付くことは出来ねぇだろうな。
「あ、すみません、レオンハルト様。俺、白線を……」
「お前はスタンプを押して次に向かうといい」
「よ、よろしいのですか?」
「どんな手段であれ白線を越えたお前にはスタンプを押す権利がある。問題ない、先へ進むがいい」
「ありがとうございます!」
よし、無血開城完了!
やはり使うべきは頭だな。まぁ、レオンハルトが馬鹿正直に分かりやすくて真面目な性格だから使えた技だが……俺はこれから先、こいつの前では常に猫を被るしかない不便な生活を手に入れてしまった。
ヘンリエッタといい、レオンハルトといい、素直で正直な奴の相手は、微妙に良心が痛むな。










