第21話 リーダーの器
ここまで来れば大丈夫だろう。
棘の庭園が見えなくなる場所まで来て、俺達は一息ついた。
生徒会の仕事って言ってたし、エレインはあの持ち場を離れられないはずだ。それに何だかんだで授業中には呼び出してこない。その後の報復が恐ろしいが、今は考えないようにしよう。
「助かったよ、ルーカス君! 君は命の恩人だ!」
それよりも今は、半泣き状態で縋り付いてくるゲルマンが気持ち悪くて仕方ない。
「ゲルマン様はC組のリーダーなんですから、助けるのは当然ですよ。それより、次のスタンプを目指しましょう」
「僕には、リーダーとしての器がない。ルーカス君、リーダーを代わってくれないか?」
「……はい?」
急に何言い出してんの。しかも何で急にしおらしくなんの。キャラ変わってて、あんた誰状態だよ。
「入学の際リーダーに選ばれて、威厳を出すために今まで横暴に振る舞ってきたけど、僕にはやはり無理だ」
演技だったの?!
今までのあの腹立つ発言の数々、演技だったの?!
「ゲルマン様、どうか諦めないで下さい!」
「そうですよ、ゲルマン様ならやれます! 俺達の尊敬すべき方は貴方だけです!」
え、何なのこの状況。ゲルマンに縋りつかれ、その周りを泣きそうな顔した男共に囲まれてるんだけど。
「ひ弱で不器用で、これといった取り得も無くて、両親も出来る弟ばかりを可愛がってきた。でもリーダーに選ばれて初めて褒められたんだ。それが嬉しくて頑張ろうとしたけど、やはり僕では務まらない。寝る間を惜しんで考えてきた作戦も、皆に上手く指示を出すことさえ出来なかった。僕はリーダーに向いてないんだ。だからルーカス君、僕の代わりに……」
今のゲルマンが、とても嘘をついているようには見えなかった。
それにわざわざ俺にそんな弱味をさらけ出したって、何の利点もない。つまり、これが素のゲルマンの姿なのだろう。
今までの言動や行動が全て演技だったとしたら、コイツもコイツなりに頑張ってきたのかもしれない。だが……
「ここで諦めるんですか?」
貴族の跡取りにかけられる重圧なんて大層なもの、平民の俺には分からない。でも任されたんなら、やり切るのが男だろ!
「僕から伯爵子息っていう地位と権力を取ったら、何も残らない。魔法だって少し風を起こせる程度で、君みたいに凄いことは出来ない。こんな僕に、リーダーなんて務まるわけがなかったんだ」
「生まれも立派な武器ですよ。少なくともこの学園じゃ、かなりの価値があるほどの。誇れる物がないんだったら、今から作ればいいじゃないですか。学園生活はまだ始まったばかりなんですよ。ここで諦めるより、勝つための算段を考えましょうよ」
「だけど僕は……」
俺が今できる最大限の優しさに包んでかけた言葉に、ゲルマンは否定の意を示す。その瞬間、プチッと俺の中の堪忍袋の緒が切れた。
「あー面倒くせぇ! でもでもだって、どうせ僕は、そんな後ろ向き発言してるリーダーに誰が付き従いたいと思う?! それならまだ演技でも偉そうにしてる方が百倍マシだ! ゲルマン、お前は俺達のリーダーなんだ。それは今更こっちの都合では変えられない現実だ! 大人しく諦めて、リーダーしてろよ! お前が出来ないっていうんなら、俺がお前をリーダーにしてやる!」
「ルーカス君……」
あ、なんか俺、いま自分から面倒くさい事に首ツッコもうとしてる。頭の片隅の冷静な思考がそう教えてくれるも、後はもう手遅れという奴で、俺の言葉はゲルマンの取り巻き達の心に響いてしまったらしい。
「俺達にも、是非協力させて下さい!」
「カイル、テッド、ナタン……」
「俺達はゲルマン様に助けて頂いた。今度は俺達が貴方を支えたいんです!」
「ゲルマン様は弱き者の味方になって、寄り添うことが出来るとても優しいお方です。だからどうか、ご自身を蔑視なされないで下さい」
「そうですよ! 俺達のリーダーはゲルマン様だけです!」
「お前達……ありがとう。僕に力を貸してくれないか?」
「勿論ですよ、ゲルマン様!」
目の前では、三文芝居かとつっこみたくたくなるお涙頂戴の感動シーンが繰り広げられている。
そんな光景を見ながら、冷静になった頭が俺の恥ずかしい台詞を脳内でリピートし始めた。
『俺がお前をリーダーにしてやる!』
やべ、今頃なんか急にきた。体の奥からぶわーってむずかゆい感じが湧き上がってきた。
「よ、よかったな。どうやら俺の出番はないみたいだな! お前にはそうやって慕ってくれる奴等が居る。そいつらの想いに応えるためにもリーダー頑張れよ! じゃ、俺はこれで……」
「待ってくれ、ルーカス君!」
堪えきれなくなって逃げようとしたら、ゲルマンに呼び止められた。
「今まで君に厳しくあたってすまなかった。僕は……」
貴族に平民が逆らえば、追放されるとダリウスも寮長も担任も言っていた。
逆らってはいけない相手を俺に教えるために、ゲルマンはわざとああしていたのだろうと、今になってみれば想像もつく。
最初にエリート集団の情報を教えてくれたのも、俺の質問に実直に答えてくれたのも、お貴族様の中ではゲルマンだけだった。
「お前なりに、こちらを気遣ってくれたんだろ? 礼を言うのは俺の方だ。ありがとう。それじゃ、俺はこれで……」
「待って、ルーカス君! よかったら一緒に行かないか? 君が居てくれれば、僕は心強い」
「悪いが、それは出来ない」
「どうしてだい?」
「優勝、目指すんだろ? だったら二手に分かれた方が早い。A組もB組も最初から戦略的に手分けしてスタンプ獲得に向かっている。だから俺達も二手に分かれよう。俺はここから西に向かう。だからゲルマン達は東へ向かってくれ。最後に南側で合流しよう」
「そうか、分かった。じゃあ南の地で落ち合おう」
「ああ、もちろんだ」
かゆい、かゆい、かゆい!
全身蕁麻疹でどうにかなりそうだ!
威張り散らしてるゲルマンの方が扱いやすいっていうのに、これからやりにくくなったもんだな。だが不思議と、心は少しだけ晴れやかな気持ちになった。










