第13話 従属契約がもたらしたもの
翌日、俺はものすごい寝不足だった。
あの契約を結ばされた後、エレインに助手兼実験体として夜遅くまでこき使われ、寮に戻ったのは結局午前様だった。
あまり寝た気がしないまま欠伸をかみ殺して教室に入ると、クラスメイトが目を真ん丸とさせて俺の方を見ていた。
「び、び、貧乏人、じゃなかった。る、ルーカス君、そ、それは……」
「ゲルマン様、それって何ですか?」
今はゲルマンの相手するのもめんどくせーっていうのに、勘弁してくれよ。
「げ、ゲルマンでいいぞ。それよりその首元にある、紋章だよ。どうしたんだい?」
「あーこれですか。昨日エミリオ様につけられて、洗っても落ちないんですよ」
マジ迷惑。母ちゃん見たらびっくりするよ。ルーカスが不良になったって泣いちゃうよ、きっと。
でも給料くれるっていってたから、仕事探す手間省けてそこだけはラッキーだったかも。折角王都に来てるんだし、田舎では味わえないこと堪能しときたいからな。
「て、テオドール公爵家の後見を得たのか?!」
「後見? いえいえ、ただの小間使いの印ですよ。呼び出しくらうと三分以内に駆けつけないといけないし、色々大変なんですよ。解除する方法とか、知りませんか?」
「折角得た後見を解除だと?! それはテオドール公爵家に認められたという証明の印だ。お前の行動は全てテオドール公爵家の庇護下にあると示すもので、下位の貴族は到底逆らえない名誉ある印なんだぞ?! それを、解除だと?!」
この面倒な紋章。ゲルマンの反応で、実はとんでもない権力の印的な感じなのは何となく伝わってきた。
そう言えば、ダリウスの首元にも何か印が刻まれていたような……フォックス公爵家の後見を得たとかなんとか言ってたし、これがその証明みたいな役割を担っているという事なんだろうか?
マイナス要素しかないと思っていたこの紋章は、俺の学園生活に大きな変化をもたらした。
今まで一番最後にしか受け取ってもらえなかった課題やテストが、順番を気にせず提出できるようになった。むしろ、俺が提出するまで周囲は頑なに出さなくなって、一番に出すのを強要されるくらいだ。
「ルーカス様、テストは終わりましたか?」
そして俺の事をゴミくずみたいな扱いしかしてなかった担任教師が、やたらと気にかけて構ってくるようになった。敬語で。
「まだですよー」
「出来たらすぐにお預かり致します」
「いいんですか?」
「勿論ですよ」と慈愛に満ちた笑顔で頷く担任教師に、少しだけイラっとした俺はからかってみた。
「どうしてですか? 以前は最後まで受け取ってくれなかったじゃないですか、先生」
「いついかなる時もエミリオ様の呼び出しに応えられるよう、特別な措置です」
「別にいいですよー特別扱いしてもらわなくても。先生が受け取ってくれなかったんで遅れましたって、言い訳するだけなんで。その時は一緒に罰ゲーム、受けて下さいね? それと先生、今更丁寧な言葉遣いされたも正直不快でたまらないんで、普通に喋ってくれませんか?」
一瞬で顔を青ざめさせた担任教師は、中々の本気度で謝罪してきた。
「先生が悪かった。この通りだ。お願いだから早く終わらせて提出してくれ。先生には食べ盛りの幼い子供たちが居てだな、今職を失うわけにはいかないんだ。だからどうか頼む……っ!」
どうしよう、全然心に響かねぇ。
それなら最初から平民だからって差別しなきゃいいのに。
変な紋章授かった途端に態度変えられたって、全然いい気しない。
俺が偉くなったわけでもないし、周りはみんなただバックについたテオドール公爵家を恐れているだけじゃねぇか。
この学園の悪い所は、教師の権限がなさすぎる所だよな。
生徒にへこへこしてばかりの教師しかいないし。そうしなければ、すぐに職を失うのだろう。
生徒の約九割は貴族だ。それに対し平教師のほとんどは平民のエリートだ。
貴族と平民の間にある絶対的な社会的地位の格差が、学園内でも健在のせいでこうなってしまうのだ。
スノーリーフ村にあった学校なんて、悪い事したらすぐ拳骨だったぜ。
村長の息子だろうが、資産家の娘だろうが関係ない。
頑張ったら褒めてもらえるし、サボったら怒られる。それが当たり前で、皆平等だった。
この学園じゃどれだけ頑張ったって、身分の前に超えてはいけない壁がある。
もし実力でその壁を無理やり超えようものなら、別の部分から足場を崩されて地の底へ真っ逆さまだ。
逆に第一王子のハイネルあたりが白紙でテストの答案用紙を出したって、教師陣は細工をして一位に仕立て上げるだろう。大事なのは提出した順番だけで、中身なんて見ちゃいない。
最初から仕組まれた出来レース、ほんと吐き気がするシステムだぜ。
お貴族様達と同じ土俵に立ちたくなかった俺は、全ての回答をしっかりと埋めた上で、笑顔で担任のカタール先生にテストの答案用紙を渡した。
「先生、冗談ですよ。終わったんで受け取って下さい」
「ありがたく、頂戴させてもらうぞ」
その時、首元が急に熱を持ち始めた。それを見て担任教師が叫ぶ。
「お呼び出しだ! 紋章が光っているぞ! ルーカス、早く行け!」
早く行けと言われても、エレインがどこに居るかなんて俺には分からない。
そんな俺に道を指し示すかのように、脳内に直接エレインの声が響いてきた。
『僕の実験室に来て』
何だこれ、テレパシー的な奴か?!
『返事は?』
返事?! 行きます、至急行かせて頂きます!
ああさようなら、俺の昼休み……
『交信している間、君の心の声はこちらにしっかり聞こえてるからね』
まじか?! そういうの先に言って! お願いだから!
『侍従は主に誠心誠意仕えるように』
か、かしこまりました……
首元の熱が引いたのを確認して、俺は一つため息をついた。
やれやれ、迂闊に悪態もつけないぜ。
侍従契約がもたらしたもの──それは、そこそこの権威と、俺の自由な休み時間終了のお知らせだった。










