第12話 腹黒サディストの復讐
「いや……あの……それは……」
保て、平常心! 動揺するな、俺の心!
しかし投げかけられた言葉に反応して、あの時の眼福な光景が脳内再生された瞬間、俺の良心が屈してしまった。
「す、すみませんでした!」
「良く出来た魔法だね。見たことないよ。あれが光魔法なのかな?」
「は、はい。仰るとおりです。ピースケは俺の創造魔法で創りました」
「何でも創れるの?」
「心に強く思い描けるものならば……」
誤魔化せ! このまま誤魔化してご機嫌をとるのだ!
「エレイン様。せめてもの気持ちとして、よければこちらをお受け取り下さい」
王都に来て目についた綺麗な花、ホワイトセリーズの花束を創造魔法で創り出した俺は、それを差し出した。
「綺麗だね、ありがとう。ところでさ、ホワイトセリーズの花言葉知ってる?」
「いえ……」
「貴方に私の一生を捧げます。よくプロポーズに使われる花なんだよ、知らなかった?」
知らない。まじか。やらかした。ものすごいやらかした。
「婚姻前の令嬢が男に肌を晒したなんてバレたら大問題だよ。僕、お嫁の行き先無くなっちゃうなぁ……」
「本当にすみませんでした! すぐに遮断したんで、一瞬です、見たのはほんと、一瞬です!」
「それでも、見たことには変わりないよね?」
「仰るとおりです。本当にすみませんでした!」
テーブルに額をこじつけて俺は謝り倒すしかできなかった。
そんな俺にエレインは、楽しそうに声を弾ませて話しかけてくる。
「じゃあさ、責任取ってよ」
「えーっと、具体的にどうすれば?」
冷や汗をタラタラ流しながら、俺はその言葉の真意を尋ねた。
奪われるのは何か、金もない、地位もない、名声もない。そんな俺が差し出せるものなんて……
「僕さ、研究するのが好きなんだ。でも貴族令嬢やってると、将来自由にそれも出来ない。堅苦しい世界で生きるの疲れたんだ。だから……嫁にもらって?」
嫁にもらう……え、誰を?
三秒くらい、言葉の意味が理解出来なかった。
「いや、あの、俺には心に決めた人が……ってそれ以前に、そんな簡単に身分を捨てて良いんですか?!」
「ただお父様が公爵なだけで、僕が爵位を持ってるわけでもないし。跡取りは兄様が居るから大丈夫。そうそう、お金の心配ならしなくていいよ。僕、化粧品とか美容に良いもの開発するの得意だから、今でも個人資産結構持ってるし。一生豪邸で楽な生活させてあげるよ? 君はただ、少しばっかりお父様と乱闘して僕を攫ってくれたらいいだけ」
何かやばいビジネスの話を持ち掛けられている。
これ、早まってサインとかしちゃいけないダメな奴だ。
甘い言葉に騙されて首を縦に振ったら最後、一生サディスト女の尻にひかれて終わる人生まっしぐら。
いやむしろ、公爵に乱闘持ちかける時点で投獄されて終わりだろ。
「女性に養ってもらおうなんて思ってないので、マジで結構です!」
「そう、それは残念。僕だってさ、こちらの勝手な事情にティアナを巻き込んで悪いと思ってるんだ。男のフリするには、彼女を利用させてもらうのが都合がよかった。でもそのせいで、ティアナを苦しめた。だからせめてもの償いに、サンドリアの誤解は解いてあげるよ。そうすれば、ティアナの負担は少し減るでしょ?」
「はい、ありがとうございます!」
よっしゃ! これでサンドリア様と拗れた関係も少しは改善するだろう。
エレイン、最初は嫌な奴だって思ったけど以外と話の分かる奴だったんだな。
早くこの事をティアナに報告してやらねば!
「エレイン様の秘密は誰にも話しません。それでは俺はこの辺で……」
「ちょっと待って、ルーカス。話はまだ終わってないよ」
「ええっと、まだ何か?」
目の前には、にっこりと無邪気な笑顔を浮かべるエレイン。嫌な予感しかしなかった。
「のぞぎまがいの事されて、僕もすごーく傷付いたんだよね。だから痛み分けって事で、そちらも誠意を見せて欲しいわけ。言ってる意味、分かるよね? 結婚してくれないなら、それ相応の落とし前……つけてもらえる?」
エレインは天使のような笑顔を浮かべて、俺を地の底に落としに来た。
誠意を見せろ。裏社会に生きる人達が好んで使う、一番厄介な言葉だ。
相手にこちらが満足するまで、搾取し続ける事を要求出来る、世界一恐ろしい言葉だと俺は認識している。
「君、確か北方のスノーリーフ村出身だったよね。あそこはのどかで良い田舎町だよね。結構気に入ってたんだけど、君の返答次第じゃどうなるか。帰れる故郷が無くなったら、君もティアナも困るよね?」
そうだった、俺の村のある北方地方を統括して治めているのはテオドール公爵家だった。
諸侯の娘怖ぇ…………村ごと俺を抹消しようとしてるのか?!
エレインが本気を出せば俺の存在なんて、それこそ骨の髄まで残らないほど抹消するなんて簡単な事だろう。最悪故郷まで巻き添えを食らうかもしれない。それだけはダメだ。
誠意を見せるか、見せないか。選択肢を与えてくれている事に喜べばいいのか、厄介な相手に目を付けられてしまった事に嘆けばいいのか分からなかった。
「な、何かお困りごとがあれば、昼夜問わずすぐに駆けつけさせて頂きます。エレイン様の気が済むまで、どうぞこの私めを何なりとこき使ってやって下さい。どうかこれでご勘弁を……」
くそっ! こちらが優位に交渉を進めて終わるはずだったのに、何故俺の額はこうもテーブルと仲良しにならねばならんのだ!
しらを切り通す強い心、それを持てなかった自分の弱さのせいか。
こんな姿、絶対ティアナには見せらんねぇ……
「仕方ない、それで許してあげるよ。スノーリーフ村の伝統工芸、僕嫌いじゃないし。それじゃあ、違えることがないように契約を結ぼう」
「け、契約ですか」
「そう、契約。呼び出すのが便利になる、ただの儀式みたいなものだからそう怖がらなくて大丈夫だよ?」
何故に疑問形?!
俺がひるんでいる間に、エレインは術式を唱え始めた。
「テオドール公爵家エレインの名の下に命じる。かの者ルーカスを、我がテオドール家の新たな侍従に任命する」
突如、幾何学模様の魔法陣が俺の足元に浮かび上がった。
上空に伸びるようにその魔法陣から放たれた光が俺の身体を包み込み、首元にチクリと痛みが走る。
思わず首元に手をやると、そこはかなりの熱を持っていた。すぐに光は収束して痛みも取れた。
「今日から君は僕の従者だよ。君の首元に、テオドール公爵家眷属の紋章を刻み込んだ。僕が呼んだらその紋章が熱を持つから、三分以内に駆けつけてね」
「三分以内、ですか?」
「そう、三分以内。遅れたら罰ゲームね。返事は?」
「……はい」
「ただ働きはさすがに可哀そうだから、働きに応じて給金は出すよ」
「ありがとう、ございます」
とんでもない女に掴まってしまった。
「今年の新入生に光属性の魔法が使える平民が入ってくるって噂になってたけど、君だったんだね。サンプルが欲しいと思ってた所だし、捕まえる手間が省けてちょうど良かった。これからよろしくね、ルーカス」
背筋にゾワッと悪寒を感じた。
もしかして俺は、自ら面倒なトラップに嵌まってしまったのか。
自分が優位だからと相手になめてかかると、えらい目に遭う。それが今日、俺が学んだ苦い教訓だった。










