第11話 脅しではなく、あくまでも交渉です
エミリオは放課後、温室の水やりをしてよくあの研究室で過ごしていると数日観察していて分かった。
都合がいい事に、その研究室には誰も寄り付かないようさせているようで、内緒のお話をするにはもってこいの場所というわけだ。
ピースケを先に潜り込ませていた俺は、交渉すべくその研究室のドアをノックした。
「誰? 急用じゃないなら後にしてもらえるかな?」
「大事なペットを探しているんです。この辺で青い小鳥を見かけませんでしたか?」
「……知らないよ」
ピースケ、今こそ高らかに声をあげてくれ!
「ピー、ピー!」
「今、ピースケの鳴き声がしました。ピースケ、そこに居るんだろう?」
「ピー、ピー!」
「お願いします、少しだけ拝見させていただけないでしょうか?」
「……言っておくけど、勝手に窓から入ってきただけだからね」
不機嫌そうに、エミリオが研究室のドアを開けた。
エミリオの肩に乗っていたピースケは、俺の呼びかけに反応してこちらへ戻ってくる。
その様子を見て、エミリオは悔しそうに顔をしかめた。
「えーっと、誰だったっけ? ティアナの幼馴染の……ルーベルト君だっけ?」
「ルーカスです。エレイン様」
「そう、ルーカス君ね……ちょっと待って、君! 今何て言った?!」
「ルーカスですよと」
「違う、その後!」
「エレイン様」
「僕はエミリオだ!」
「それはおかしいですね。ピースケは俺以外、女性にしか懐かないんですよ。エミリオ様には絶対懐きません。それにエレイン様、その白衣では魅力的な女性らしさを隠しきれていませんよ」
俺がわざと視線を顔から下げると、反射的にエレインは白衣で胸元を隠した。
男なら、そんな反応するわけない。
「慌ててどうされました?」
不敵に笑ってみせると、エミリオは大きくため息をついて俺を研究室の中へ招きいれた。
これ以上そこでその話をするのがまずいと思ったのだろう。
「何が目的? 僕を脅して何を要求しようとしているの?」
「脅すつもりは毛頭ありません。俺はただ、エレイン様と交渉をしたいだけです」
「似たようなものでしょ。それで君は、何を求めてるの?」
「エレイン様の秘密は決して他言致しません。その代わりに、サンドリア様にだけ貴方の口から正直に話して頂けませんか?」
「……それは出来ない」
「何故ですか?」
「兄様は病気療養中だから。あんな様子をみたら、サンドリアは心をきっと保てない」
エレインはそっと目を伏せた。
「そんなに……病状は深刻なんですか?」
「深刻だよ。あんな状態じゃ、とても一緒にダンスなんて踊れない。お姫様抱っこなんて無理だ」
もう手の施しようがない程酷い状態なのかと思えば、ダンスやお姫様抱っこって、それは単に運動が出来ない状態なだけなんじゃ……
「あの、ちなみにエミリオ様の病名は……?」
「右足大腿骨の疲労骨折。サンドリアに会いたいばかりに、治りかけの所でいつも無理をして再発させるんだ。大体骨折した理由も、サンドリアをいつも膝に抱えて話してるせいさ。自分のせいでそんな事になってるなんて知ったら、あの子はきっと心を保てない。だから兄様には治るまでベッドでおとなしく寝てなさいと言いつけてる。サンドリアとの面会も遮断してね」
ちょっと待て。色々ツッコミ所が満載すぎて、俺はどうしたらいいんだ。
普通なのか? 恋人を毎日膝に抱えて疲労骨折。お貴族様の世界じゃ、それが当たり前の事なのか?
分からない。平民の常識で考えるから、俺はここまで頭を悩ませなければならないのか?
リセットだ。まずは頭を真っ白にするんだ。その上で想像しろ。得意じゃないか、イメージするのは。
毎日そんな生活しているなんて、なんてうらやまけしからん……ていうか、想像するのはそこじゃなかった。
俺が考えるべき事は、エレインがなぜそんな事をしているかの方だった。
とりあえずエレインの主張的に、サンドリアが嫌いだから嫌がらせしているわけじゃなくて、むしろ二人のためを思って引き離している印象を受ける。
「そこまで大切にされているのに、どうしてサンドリア様と距離を置かれているのですか?」
「無理だから」
「何がですか?」
「僕にあんなうすら寒いバカップルの真似なんて、出来るわけがない」
「具体的に言うと?」
「四六時中イチャイチャベタベタ人目も憚らず、愛の言葉を囁きあっているあのバカップルの相方役なんて、死んでもごめんだ」
「苦労、されてるんですね……」
「分かってくれるの?!」
むしろサンドリアに慎みを持ってもらうために距離を置いているって理由も、それなら納得できるかもしれない。
「ええ、少しだけ……」
「大体さ、兄様とサンドリアはいつも……」
そこから物凄い愚痴トークが始まって、気が付けば軽く一回りも二回りも時計の長針が時を刻んでいた。
話の内容はエミリオとサンドリアのイチャイチャっぷりが目に余る点が一時間。
それを注意する所かさらに煽る両親に対する愚痴が四十分。
お前もはやくいい人が見つかると良いなと生暖かい同情の眼差しでみられる事に対する愚痴が二十分。
途中で立ち話もなんだし座りなよと、強制的に椅子に座るよう促され、実験用魔道具のコンロで煮沸しフラスコ内で抽出された濃い緑色の液体を出されたが、恐ろしくて飲めやしない。
いいかげん、この辺で話を切り上げさせて本題に入らねば……愚痴が多い奴の対処方法は、とりあえず否定せずその苦労を労り肯定してやること。今までの経験で、それが一番早く延々と続く愚痴話に終止符を打つ方法だと心得ている。
「エレイン様も苦労されているのですね。大丈夫ですよ、貴方のように可憐で美しく、家族や友人思いの方ならば、すぐにいい人も見つかるはずです。焦ることありませんよ」
俺は適当に褒めて持ち上げつつ、話を締めの方向へ向かわせた。
すると俺の言葉に、エレインは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ルーカス……君、良い奴だったんだね。ごめんな、最初意地悪して」
「いえ、エレイン様にも色々事情があったのだと分かりましたし、そこは気にしておりません。俺が言いたいのは……」
これでやっと本題に入れる。そう思った所で、唐突に冷や汗ものの質問を投げかけられた。
「ところでさ、ルーカス。何で僕が女だって分かったの?」
「それはピースケが……」
「見てたんだよね?」
俺が言い終わる前に、エレインが最大限の圧力を含んだ言葉を重ねてきた。
「…………え?」
「僕が着替えてた所、ピースケを通して見てたんだよね?」










