バーミリオン
それから放課後までの記憶は全く無かった。
今まで生きていた中で一番時間の流れを早く感じた時間だった。
産まれて始めての告白。
何て言えばいい?
そもそも告白って何?
ただ単に自己満足なんじゃないの?
好き?
好きって言葉だけで伝えられる?
付き合ってください?
付き合うって?どう言う事だろう?私は飯田と付き合いたいのだろうか?
それはよく分からないけど、今よりもっと飯田の事を知りたいと思ってる。
文化祭の全ての行事が終わり、後は後片付けだけになった。
さっさと終わらせて約束の場所へ向かおう。
そう思って出し物の片付けを始めてると。
「生徒会長ー、二年生の売上金が合わないんですけど…」
会計の子がおずおずと言い出してきた。
「え?あ、分かった、ちょっと見てみるね」
売上帳を開いて目を通し始め、間違ってる箇所が無いか確認し始めた。
「こことこおかしくない?」
マーカーペンでチェックして、会計の子に渡して、
「ごめん、私、ちょっと用があるから…」
と、生徒会長室を出ようとしたら、今度は
「どこ行くんですかー?今日打ち上げしません?」
「あ…うん、いいね」
「カラオケとかいいですよね、どこにします?」
男のくせにイベント事が大好きな書記の子がぐいぐいと聞いてくるのでなかなか出れない。
そうこうしているうちに、陽の光が弱くなってきた。
このままじゃ夕陽の下での告白に間に合わない!
このままじゃ何のために今日のために迷ってきたかが分からなくなる。
既にうっすらと夜の匂いがしてきた。
「ごめん、すぐに戻ってくるから」
「え…」
まだ何か言いたそうな彼を残して私は走り出した。
飯田待っててくれてるかな?
飯田は人を待つなんて事しない気がする。
そもそも約束を覚えているのかどうかもビミョーなとこだ。
もしいなかったら?
その時はその時で諦められる?
今そんなこと考えても仕方ない。
今は、ただただ飯田に会いたい。
昼間の過ごしやすい天気とは違い外は涼しい風が吹いていてひんやりとした空気に包まれていた。
一目散に銀杏の木の下まで走って行ってみたけど。
そこには誰一人いなくて。
…………やっぱり帰っちゃったのかな?
それとも最初から来て無かったのかな?
はぁ…はぁ…。息切れが止まらなくて俯いた。
あ…。
自分の足元の靴に違和感を感じた。
私、上履きで来ちゃった…。
バカみたい…。
私らしく無くて…。思えば、飯田の事を気になり始めてからの私はいつもこんな感じで…。
あは、あはは。
自然に笑いがこみあげて来た。
笑っているのに変なの。
視界がぼやけてる。
私、泣きながら笑ってる。
いつものしっかり者の私がこんな風に誰かのせいで取り乱したり、誰かの言葉で一喜一憂したりして、何か格好悪いけど、でも。
こんな自分何か好きだ!
「あれー、生徒会長、いつ来たの?」
え?まさか…。
振り返ると、スナック菓子を食べて突っ立っている飯田がいた。
「さっきまでそこで待ってたんだけど、なかなか来ないからお菓子取りに行ってた」
へ?何その理由?
「もう帰っちゃったのかと思った…」
安心したらまた涙が込み上げてきた。
「せ、生徒会長、な、何で泣いてるの?」
いつもマイペースの飯田が慌てた感じで私の顔を覗き込んだ。
飯田の深い紫がかった瞳を見たら覚悟が決まった。
「ごめん。何でも無い。あのね、飯田」
「ん?」
「私、飯田の事が好き」
言い切った。
あれだけ迷っていたのに意外にもこんなにあっさり言えるなんて。
束の間の沈黙。
「えっと、あ、と突然ごめん、気にしないで」
沈黙に耐えきれなくて自分から言葉を発してしまった。
見上げると顔を赤くして困ったような顔をしている飯田がいた。
「飯田?」
「あのさー。好きとかそう言うのよく分からないけど、でも、生徒会長の笑顔を他の誰かに見られるのイヤだった」
ん?
何この言葉?
「この間屋上で生徒会長が男と楽しそうに話してるの見て、ちょっとムカついた、それだけ」
あ。
あの時の謎の言葉が今繋がった。
「今度一緒にまたハンバーガー食べに行かない?」
優しく降ってくる飯田の言葉に私はコクりと大きく頷いた。
赤味がかったオレンジ色のバーミリオンの夕陽の中で二つの影が1つに重なった。




