チョコレートボール
「おはよう、これ昨日のお金、昨日は本当にありがとう」
そして、満面の笑顔。
うーん、こんな普通でいいかな?
翌日の朝、私は教室の飯田の席近くで昨日、飯田に借りたお金をどんな風に返そうかと思案していた。
それとも、いっそう。
「これ昨日のお金よ、早く受け取りなさい」
いやいや、何、急にキャラ変わってるのよ?ちょっとやり過ぎ、やり過ぎ。
一旦頭を冷やそう。
…。…。…。…。…。
どうしよう、どうしよう、きっともうじき登校してきてしまうわ…。
何て思ってたら。
「何してんのー、生徒会長ー」
頭上から間延びした声がしたので、見上げると。
「い、い、飯田敦!」
ふわぁーと欠伸をした飯田敦がすぐ後ろに立っていた。
「ん?どうしたの、生徒会長」
あわわ、あわわ。
本人を前にすると何も言えなくなってしまう。
こんなこと今までの私なら考えられない。
「あ、と。その…」
「そこー、オレの席なんだけどー」
「あ、ごめんなさい」
私の立ち位置のせいでイスに座れなかったらしい。
「うん…」
大きな体でドカっと座り、イスにもたれ掛かるとイスがきしむ音がした。
「で、生徒会長、オレに何か用あるのー?」
「あ、えっと、その、これ」
どうしていいか分からなかった私は手に持っていた硬貨を叩きつけるように机の上に置いてしまった。
ガチャンと強い音を聞いて、こんなはずじゃなかったのに、と後悔してしまう。
もっと可愛く返したかったのに。
「何これ?」
「昨日借りたバス代。昨日は本当にありがとう、助かったわ」
笑顔も出せないぶっきらぼうな言い方。
全然可愛くない。
「昨日?何かあったっけ?」
え?飯田昨日のこと覚えてないの?
しばらく天井を見上げて黙っていた飯田だったけど。
「あー」
とポンと手を叩くと。
「昨日生徒会長のバス代払ったんだった」
そうだった、そうだったと納得して、それを財布にしまった。
昨日春風に言われた事を思い出してしまう。
『アイツバスケ以外は全く興味の無い人間だから』
春風の言ってたことはこう言うことね。
飯田は鞄から、チョコレートボールを取り出すと口に放り込んだ。
「そんなに見ていてもあげないからね!」
あまりの事にショックを隠せず呆然と立ち尽くしていた私は飯田の声で我に返った。
飯田は袋いっぱいのチョコレートボールを抱えてこっちを睨んでいる。
「あ、いえ、その…」
何か話したいのに言葉が続かない。
こんなことも初めてだった。
「どうしたの、生徒会長、もしかして疲れてるー?仕方ないなー」
その異変に気付いた飯田が私にチョコレートボールを差し出した。
「ほら、あーん」
「え?」
え?何このシチュエーション。
あーん、なんて言葉本当に実在するのね!
飯田の大きな手につままれているチョコレートボールはあまりにも小さく見えた。
「疲れてる時は甘いもの食べた方がいいよ、早く先生来る前に、あーん」
かなり恥ずかしかったけど、生徒会長ともあろうものが先生にお菓子を食べているのを見られるのはまずいと思い、言われるままに口を開くと、コロンとチョコボールが入ってきた。
すぐに口の中に甘さが広がった。
「…甘い」
おいしい。思わず口がほころぶ。
「これで疲れ取れるね、良かった良かった、オレも生徒会長の笑顔見れて良かった」
え?
今何て言ったの?
胸の鼓動が早くなる。
飯田の言葉が頭の中で何度もリピートされる。
それだけ言うと、プワーと大きく欠伸をして、机に顔を伏せ、寝始めてしまった。
きっと、飯田にとっては何ともない言葉だったのだろうけど、その一言で私の心は温かくなった。