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「う、うわっ!」
感覚を失ったのは一瞬だったのか……俺が目を開けると突然、眼前に飛来する火球が現れ必死に避ける。
どうやら、前方に居る全身鎧姿の騎士達の一人が発射したらしい……などと考えていると、盛大なため息が天井からでは無く脳内に響く。
「はぁ〜〜……まったく。我がマスターならば、その程度の炎で情け無い声を出すな」
「イオスか? 一体どうなってるんだ?」
「先ほど言った通り、マスターと我の意識が繋がったのさ。まあ、簡単に言うならば、我が黒龍の体が、今はマスターの体……そう思えばいい」
そう言われ、左手を見る。
そこには見知った人間の腕では無く、漆黒の鱗と甲殻に覆われ鉤爪の生えた腕があった。なるほど、ドラゴンと言われればドラゴンの腕に見える。
そのまま右手を見る。やはり左手同様、ドラゴンの腕だ。
俺は左右の指を一本一本動かしてみる。
まるでさっきまでの俺が、そのままドラゴンに変身したように、それは違和感無く自由に動く。
下を見ると、縮小されたようなヤルバ爺の家や畑が、所々燃えている。
周囲では、あのアライグマや猪男と同じような装備の小人達が大勢居て、何かを叫びながらこちらに細かい何か物を当ててくる。
目を凝らすと、それは弓や投石、あるいは術式と思われる火球や雷撃による攻撃だった。
一つ一つが細かすぎて、ダメージどころか衝撃一つ伝わってこないが。
ん〜……あれが、あのアライグマ達と同じ人間サイズの兵だとすると、今の自分と、自分より一回り小さな鎧騎士達は相当のサイズだ。
と、いう事は、あの鎧騎士達がヤルバ爺の言っていた魔装甲冑だろう。
「なるほど……何となくわかったよ」
「うむ、ちなみにマスターに元々ない翼や尾を動かすには、自分にそれらがあるとイメージすれば良い。さて……次が来るぞ、マスター」
イオスの警告で再び前方の魔装甲冑を見る。
どうやら、俺が先ほど慌てて避けた事で有効な手段と判断したらしい。
さっきと同じ火球の術式を、今度は五体の魔装甲冑が同時に発動する。
「ど、どうすればいい?」
「そうだな……ふふふ、奴らの熱い想いだ。せっかくだから、あえて動かず全て受け止めてやれ。マスターには我が身の堅牢さを多少なりとも知ってもらわないとな」
「おい。そんな事して、本当に大丈夫なんだな?」
「ははっ! くどいぞ、マスター。何も心配要らんわ」
「……わかった」
イオスの言う通り、同時に発射される火球を全て棒立ちで受ける。着弾と同時に激しい火柱が起こるが、俺……というか黒龍の身体には全く影響無いようだった。
「と、いう感じだ」
自慢気なイオスの声が響く。
確かにこれを必死に避けてちゃ、イオスとしてはため息の一つも出るだろうな。
幾分緊張が解れ、俺は軽く笑う。
「イオスが凄い事はわかったよ。それでこれからどうする?」
「むぅぅ……マスターが望むならこのまま退く事も難しくは無いが、我としては少々暴れたりないな」
俺の脳裏に笑顔のリミルと、力なく呼吸するリミルの姿がチラつく。
同時にあの沸騰しそうな感情が蘇り、それが帝国兵と……何より何も出来なかった無力な自分への、今まで感じた事もないやるせない怒りだと気づいた。
このまま退くと、俺はきっと一生、今日の事を悔やむだろう……直感でそう感じる。
「そうだな、イオス……少し暴れてみるか」
「はっはっは、それでこそ我がマスターだ! では、高らかに唱えるといい! 《人龍合神》と!!」
「お、おう! ……人龍合神!!」
俺の叫び声を合図に、黒龍の身体が黒い光を放つ。
各部が大きく振動し、どういう原理でかは不明だが、全身の甲殻が、骨格が、その配置と形状をゴキゴキと変えていく音が響く。
意識を繋いでいる俺からすれば、痛みも無く体中の構造が変わっていくのは、なかなか強烈な経験だ。
「うぅ……! お? おおー!」
動きが収まり、体を見回した俺は、思わず感嘆の声をあげる。
いかにもドラゴン然としたさっきの姿から、ほぼ人に近い形状へと手足が変わっているのだ。
「ふふふ、どうだ! これぞマスターと我が真に融合した証、《神機ドラグーン》だ!!」
イオスの高らかな声と共に、脳内にイメージが流れ込む。
帝国の魔装甲冑にも似たこれは、おそらくはイオスが見せた今の黒龍の姿だろう。
蝙蝠を思わせるような一対の飛膜翼と龍の尾を持つ、さながら漆黒色の甲殻鎧を纏った竜騎士といった姿だ。
頭部も人を思わせる形状で、兜を形作る甲殻の間からは、イオスの瞳と同じ紅い結晶が二つ光っていた。
「……何というか黒龍って、アニメの巨大変形ロボみたいだな」
竜騎士の見た目から受ける印象はアニメのロボよりも、もっと生物的だったが。
「あに……ろぼ……? よく分からないが、マスターなりの褒め言葉か何かか?」
「あ〜。いや、なかなか格好いいなと思ってね」
「ふふふん、そうだろうとも! さあ、マスター! 存分に暴れようじゃないか!」