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「なるほどの……それで、タツヤ殿はこれからどうするおつもりかな?」
野菜や芋を使った素朴ながら空きっ腹に染み渡る料理を平らげ、食後のお茶(薬草を煎じた物らしい)を飲みながら、改めて俺の事情を説明していると、ヤルバ爺があご髭を撫でながら口を開く。
「ん〜……最終的には元の世界へ戻りたいです。その為に、まずは何処かの街でこの世界や帰る方法の情報を集める……ですかね」
「ふむ、なかなか難題じゃの……まず、異界より何ものかを召喚する術式、逆にこちらから向こうへ送還する術式というものは確かに実在する」
「あ、あるんですか!」
そう言えば、ヤルバ爺は三賢の一人だった。三賢がどの程度凄いのかはわからないけれど、その辺の街でアレコレ調べるより何倍も早そうだ。
思わず大きな声で身を乗り出した俺を、ヤルバ爺が手で制した。
「うむ、あるにはある。が、それで召喚されるものの殆どは、低級な魔物や簡単な構造物での。タツヤ殿のような存在を召喚するとすれば……これは並大抵の術式では、まず無理じゃな」
「そうですか……でも、実際に俺はこうしてここに居るんです。きっと何か方法があると思うんです」
「うむ、確かに並大抵の術式では無理じゃが、これは一般的な話じゃな。何かしらの力で召喚術式をより強大な物にすれば、可能性は有ると思うのう」
「何かしらの力……?」
「それが何かは残念ながら儂もわからん。おそらくは強力な呪物の類であろうな……少なくとも、簡単に手に入るような代物では無いじゃろう」
すまなそうに目を伏せるヤルバ爺。俺は大きく首を振った。
「いえ……方法があるってわかっただけで、大きな進歩です! 俺、そのアイテムを探し出してみせます!」
「そうですよ、タツヤさん! 諦めちゃダメです!」
ヤルバ爺の隣に座るリミルが、握った拳をブンブン振って励ましてくれる。ヤルバ爺は顔を上げ、大きく頷く。
「ほっほっほ、若い者達は元気でいいのう。うむ、召喚術式に関してはそういう訳じゃが、実はもう一つ問題があるんじゃ」
ヤルバ爺はそう言って、リミルに筒状の布を取って来させた。それを囲炉裏の脇に広げると、文字は読めないがどうやら地図のようだ。
「ここが霊峰ルーディア、そして儂等が今居るカケナの森がここじゃ」
地図のほぼ中央、二頭のドラゴン(白龍と黒龍)が向かい合う下に描かれた山の絵と、その下方に広がる森を指す。
「ここから西方に商業大国ミンバと、ミンバと協定を結ぶ小国が幾つか……」
続けて山よりだいぶ西側を指でなぞる。おそらく国境線だろうか。
「そして、ここより東方の地を治めるのが聖光龍帝国……」
なぞった線の東側を指す。霊峰ルーディアを含む地図の大部分が帝国領という事になる。
「なるほど。俺達が居るのも、その聖光龍帝国って国なんですね」
「左様。しかし、以前までの帝国領はもっと東側だったんじゃよ。十数年前に即位したドミニアスという皇帝が野心的な男での。自身を伝説の白龍の使いだと名乗り、表向きは世界の秩序の守護者だと嘯きながら、従う者は配下に、逆らう者は滅ぼし、そうして隣国を次々に喰らい、ここまで領土を広げたのじゃ」
「それって……」
「……大きな戦争が幾つも起きた……儂等の村もな……」
辛い記憶を思い出したのだろう…ヤルバ爺の隣でリミルが力なく項垂れる。それを見てヤルバ爺は優しくリミルの頭を撫でた。
「儂達は元々霊峰ルーディアの近くにあった集落に暮らしておっての…代々黒龍様を祀っておったのじゃ。それが白龍様を至上の神とする帝国には許せなかったのじゃろう。予兆はあったが、ある日帝国兵達に突然襲撃されてのう。集落の皆は散り散りじゃ……なぁに、こんな老いぼれがしぶとく生きておるんじゃ、皆無事逃げおおせておるじゃろ」
ほっほっほと明るく笑うヤルバ爺につられるように、リミルも笑顔を見せ頷く。
「そうですか……そんな事が……」
「うむ。そういう訳で帝国の急激な領土拡張に伴い、周辺の街では治安は悪化。また、戦火も治まってはおらず、タツヤ殿が帰る方法を探しに行く……というのは、危険な行為じゃな」
「……わかりました。もう少しやり方を考えてみます」
「うむ……タツヤ殿はしばらくここに滞在なされ。そうして、この世界を知っていくとええ」
ヤルバ爺の提案にリミルも是非と笑う。願っても無い心遣いに俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に助かります!」