2-19
「はい、タツヤさん、出来ましたよ! うん! 我ながら、いい感じです」
王との謁見日をむかえ、俺は朝からリミルの着せ替え人形になっていた。
実は今までのゴタゴタと、ここ最近の肉体労働で、俺の一張羅だったジャージはすっかりその役目を終えていた。元の世界の名残りでもあるジャージを手放すのは、やはり少しだけ抵抗があったが、いつまでもボロボロの格好をしているわけにもいかず、俺は仕方なく適当に買った現地の服を、往来を行く人々の格好を参考に適当に着る事にした。
そうして、作業をしたり生活するならそれでも支障は無かったんだが、今朝さすがにそれで謁見は不味かろうと、リズさんが何着か服を用意してくれたのだった。
とはいえ、こちらの文化に疎く、正装の心得なんてまるで無い俺は、そもそもどれをどう着れば正しいのかなんてサッパリわからない。
そこで、急遽リミルに着付けを頼んだのだった。
「ほほう……それなりの格好をすればそれなりに見えるじゃないか、マスター」
「おいおい、それはひょっとして褒めてるつもりなのか? イオス」
「ふふん、無論だ」
「にいちゃ、似合う」
「おう、ありがとうな、マシロ」
ベッドの上に並んで座るイオスとマシロに応えながら、姿見に全身を映す。
黒いイオススーツの上から着ているのは、同じく黒地に金の刺繍が入った、やや長い前垂れがある長袖の上下服だ。
俺が知っている中で一番近い物を挙げるなら、中華アクション映画で功夫の達人が着ているような服……だろうか?更に、上から紺色の羽織のような服を羽織り完成らしい。
俺の感覚から言うと、功夫服に羽織なので珍妙に感じるが、リミルの反応を見ると悪くは無いようだ。それに『出来るだけ動きやすい格好』とのリクエストで、何着かある候補からリミルが真剣に選んでくれた物をチェンジしてもらうのも、今更気がひける。
「それではタツヤさん、少し外で待っていてください。私も準備しちゃいますね」
そうして、どこか愉しげな……いや、尻尾の揺れ方を見ると実際愉しんでいるリミルに部屋を追い出される。
仕方なく一緒について来たイオスやマシロと取り留めのない会話をして待っていると、しばらくして「お待たせしました」と声がかかり、中からリミルが出てくる。
「おぉ…………」
着ている藍色の服の基本的なデザインは、やはり普段リミルが着用している着物のような服のそれに近いが、その造りがより上質な物であることは一眼でわかる。
そして、その服の質にも、また吸い込まれそうな程見事に染められた藍色にも、リミル自身は負けていなかった。
サラサラと絹糸のように梳かれた青い髪は後頭部で結われ、そこに簪に似た髪飾りが一本刺してある。簪に付いている赤い玉石がリミルの青い髪にアクセントとなって良く映えていた。
もともと色の白い顔には、特に化粧らしい化粧はしていないようだが、ただ唇にうっすらと紅をさしていて、それだけに普段の妹のようなリミルとギャップが生まれ、妙に大人の色気のようなものを感じさせる。
「えっと……へ、変……ですか?」
リミルの不安そうな瞳と言葉で、自分が長々とリミルを凝視していた事にようやく気付く。
「い、いや……ごめん、正直見惚れてた。その……良く似合っているよ、リミル」
否定するように首を大きく振った後、そう答えると顔が急速に熱くなるのを感じる。リミルも自分の顔を両手で隠すと俺から顔を背け、尻尾をピンッと立てると、「そんな……急に……びっくりしました」と絞り出すように言った。
「あはは、にいちゃ、ねえちゃ、顔、赤い」
「ふんっ! さあ、マスターにリミル、用意が出来たのなら、お待ちかねのブライアン王とやらに会いに行こうじゃないか! 向こうでリズだって待っているのだろう?」
肩の上で笑うマシロとは対照的に、イオスが何故か不満気な声を出す。どうしたのか気にはなったが、あまりのんびりもしていられない事は確かだ。
「わかった。それじゃあリミル、行こうか?」
「は、はいっ!」
まだ少し顔を赤らめたリミルと共に、イオスの出した物では無く、正規に手配したヤグ車で王城へ向かう。
商いの賑わいが戻りつつあるブエラリカの街を行き、王城に到着すると、城門に控えた衛兵が数人、こちらへ走り寄ってくる。普段がどうかはわからないが、あんな事があった後だ。特別厳戒態勢といった物々しさなのは当然だろう。
しかし、俺達のヤグ車については事前に十分通達済みだったらしい。門番の衛兵と御者が簡単な受け答えをすると、すぐに門が開かれ、ヤグ車が進む。
停止したヤグ車から入り口に降り立つと、そのまま王城を見上げる。虎楼閣との戦いの際に遠目に見はしたが、さすがに中に入るのは初めてだ。
俺は、その大きな石造りの城にやや圧倒されながらも中へと進んだ。




