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邪龍神機 イオス・ドラグーン  作者: 九頭龍
第二章 商業国家ミンバ/吼えよタービュレンス
29/95

2-10

『やれやれ、どうやら逃げられたようだな』


『いや、仕方ないさ。二人のおかげで皆無事だったんだ。今はそれでいいよ』


 隣に立った虎鉄丸から聞こえるコルトの溜め息混じりな声に、俺は手を振って努めて明るく応える。

 そうだ、タニアもジルバも無事だったんだ。最悪の事態にならず、本当に良かった。


『あ、あのさっ! ちょっといい?』


 突然、そのジルバが大声をあげた。

 見るとタービュレンスが前足をチョコンと前に出している。どうやら前方を指差しているようだ。


『タービュレンスが、あっちからたくさん魔装甲冑が来るって!!』


『うむ、確かに近づいてくるな。じきにここまで来るだろう』


 ジルバの言葉をイオスが肯定する。ゴッチェ商会の増援かと身構える俺を、虎鉄丸が手で制した。


『マズイな、タツヤ。どう考えても、さすがにあれ以上ゴッチェに増援は無理だろうから……十中八九、これは騒ぎで出動したブエラリカの駐屯部隊だ』


『ブエラリカの駐屯って……まさかミンバ王の軍か!?』


『ああ、これ以上面倒な事になる前に、タツヤはタニアを連れてここを離れた方がいい』


『そんな! それで、コルトとジルバはどうするんだ?』


『な〜に、俺達は自警団でこの街の軍にも顔が効く。だが……言葉は悪いがよそ者のタツヤが一緒に居ると色々とマズいだろうな』


『……本当に大丈夫なのか?』


『うん、コルト兄の言う通り、僕達なら大丈夫! 上手く逃げて、夜にでも踊る羊亭で落ち合おうよっ!!』


 二人の様子に、ここは素直に従った方が良いと判断した俺は、翼を広げ遺跡発掘跡地を飛び立った。

 イオスがそうしたように一旦高度を上げ、目立たないように人気のない街近くの岩場に降り、ドラグーンを解除する。

 前回同様、光の泡となって消えるドラグーンの中、周りを見回し目をパチクリさせているタニアがいた。俺は笑顔でその頭を撫でる。


「タニア、よく頑張ったな。もう終わったぞ、さあお姉ちゃん達の所に帰ろうな」



 ゴッチェ商会の奥の間。昨日と同じようにダイトルは椅子に座り、目を細めて微笑んでいた。

 ただ、昨日と異なるのは、そこにブライドは居らず、ルーベのみがダイトルの顔色を伺いながら座っている事、そして宅の上には望遠術式がまるでTVモニターの様に景色を映しながら浮かんでいる事だった。

 望遠術式の中ではダイトル配下の騎士達が消え、邪龍が変形した黒き魔装甲冑が空へと飛び上がって消えていく。


「満足していただけたでしょうか?」


 ルーベの言葉にダイトルは満足気な微笑みを見せながら頷いた。


「ええ、ルーベ殿。非常に有意義な時間でしたぞ。しかし、ルーベ殿には残酷が過ぎたやもしれませんな……なにせ、可愛い部下達がほとんど殺されてしまったのですからな」


「いえいえ……あれらは既にダイトル様がお買いになられた物。もう十分にその代金はいただいておりますんで……」


 ダイトルに向かい下げた頭の中で、昨日ダイトルから作戦と魔装甲冑を与えられたグスズを下がらせた後、支払われた多額の金を思い出す。

 ルーベは自然と顔が綻ぶのを止められなかった。

 恐喝で端金を得るくらいにしか使えない奴等と引き換えでは、あまりにも美味しすぎる商談だったからだ。

 そして何より、あの野心しかない阿呆……ブライド陛下が玉座に座れば、その大金すら問題にならない程の富が約束されるのだ……これを笑わずにはいられなかった。


「では、ダイトル様。少々野暮用がありますんでこれで失礼しまさぁ。ダイトル様はどうぞごゆっくり……上等な酒と料理を運ばせましょう」


 ニヤけた顔を隠すため、頭を下げたまま立ち上がると、ルーベは部屋を退室する。

 残されたダイトルは望遠術式を閉じ、椅子の背もたれに身を任せた。


(う〜む……いかな光龍様の産み出した魔装甲冑と言えど、その本質は魔装甲冑のまま。操手の質があそこまで悪ければ、邪龍には届かぬか……しかし、邪龍のあの力、あれではボガードが討たれたのも無理はないのう。次で駄目なら、やはり邪龍は儂達で討たねばなるまい。そう、次でな)


 ダイトルは卓を見回し、そこに座っていたブライドとルーベの顔を思い出し笑う。

 それは普段の好好爺な笑みの下に隠されたダイトルの本性。命を踏み躙る、醜く歪んだ笑顔だった。



「よう、来たかタツヤ!」


 夜、リミルと踊る羊亭に向かうと、既に酒宴が始まっていたようで、コルトが注がれた酒を高く持ち上げ、少々赤らんだ笑顔を向ける。

 周囲にはコルトと同年代の男女達が、めいめい酒と料理と会話を愉しんでいるようだ。

 ジルバもコルトの隣で、何かの骨つき肉にかぶりついている。どうやら二人共あの後上手くやり過ごしたらしい。


「皆、さっき話したタツヤ達が来たぞ!」


 コルトが周囲の若者達にそう声をかけると、若者達が陽気に挨拶をしてくる。どうやら例の自警団というやつらしい。

 そうして、俺とリミルは自警団の皆と共に美味い料理を堪能した。


「……しかし、タツヤの黒い魔装甲冑ってのは、凄まじい力だったな」


 踊る羊亭の料理で腹を満たし、俺とリミル、コルトとジルバで卓を囲み、やや甘みの強い果実酒を飲みながらまったりとしていると、コルトが腕を組み思い出したように言う。


「タツヤ兄ちゃん、あれ最初黒龍様の形してたよね?」


「黒龍様? 黒龍様ってあの伝説のか?」


 ジルバの発言にコルトの眉がピクリと動く。俺は慌てて誤魔化した。


「そ、そうなんだよ。どうも黒龍様を模した魔装甲冑らしくてね、あの強さには俺達も随分助かってるよ」


「ふ〜ん、そうなのか? ……そう言えば、タツヤと嬢ちゃんの他にもう一人居たよな? イオスだったか……そいつは連れてこなかったのか?」


 信じたのかどうかわからないが、一応納得した素ぶりを見せたコルトが、今度はリミルを見ながらイオスに話の矛先を向ける。

 その言葉に反応したのか、俺の襟首からイオスが卓の上に飛び降りる。


「ふふん、我がイオスだ。気軽にイオスちゃんと呼んでくれ」


「なっ!!」


「コルト兄! イオスちゃんってちっこくて凄いよね〜!」


「な、なあ、タツヤ……これはいったい?」


「これ呼ばわりとは失礼な奴だな。我はあの黒い魔装甲冑の意思だよ」


 ちらっとこちらを見た後、イオスがそう語る。どうやら俺の誤魔化しに合わせてくれるようだ。


「魔装甲冑の意思?」


「うむ、我を始めとする一部の高等な魔装甲冑には自我があるな。まあ、我ほどの存在はそう居ないがな」


「あ、そうだね。僕のタービュレンスも僕となら喋れるもんね」


「……なるほど、そんな事もあるんだな。よしっ! それじゃあ俺達の勝利の女神イオスに改めて…乾杯!」


 再び酒を高々と掲げコルトが笑う。俺もそれに応え掲げた酒を飲み干す。

 そうしていつまでも続く宴の中、ブエラリカの夜は更けていった。

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