2-8
真っ暗な縦穴を落ちる。落ちる。
おそらく今落ちた分だけで数十メートルくらいか……この穴がどれほど深いのかわからないが、両手に抱えた子供達を思い、思考を最高速で巡らせる。
底に激突する前に何とかしなきゃいけない。
俺はスーツの形状をパラシュートの様に変形させ、落下速度を軽減させるよう試みる。
「くっ、このサイズのパラシュートじゃ減速仕切れないか!?」
「兄ちゃん、僕に任せて!」
俺に抱えられたまま、もぞもぞとジルバが動き、下方に掌を向ける。
「術式発動! 烈風!!」
ジルバの手より巻き起こる強風が、落下速度を大幅に減速させた。おかげで、俺達はゆっくりと穴の底に無傷で降りる事が出来た。
タニアが術式で小さな灯りを空中に浮かべると、灯りの光度が数倍に増す。
真っ暗だった視界が急激に開け、眼前には明らかに人工物と思われる巨大なアーチ状の通路が続いていた。
「どうやら、まだ発掘されてない遺跡みたいだね……でも、おかしいな。この遺跡、もう全部調べられたはずなのに……」
「詳しいな、ジルバ。おそらく、まだ未発見の遺跡ってやつじゃ無いのかな?それよりも……イオス」
「なんだ、マスター」
落ちてきた場所を見上げる。今や地上の光は遥か彼方に見える点でしか無い。
「ドラグーンならこれ登れそうか?」
「うむ、このサイズの穴なら、我が体が入れるから可能だ。どうする? 我が体を呼ぶか? その場合、我は一旦リミルの体に戻るので、ここには居られないぞ」
「ああ、こちらは任せてくれ。頼む」
「承知した、マスター。では、また後でな」
そう言うとイオスがグニャリと蕩けスーツに混ざる。この体の操作を止めたのだろう。
「お兄ちゃん! ジルバちゃんが!」
その時、タニアが俺の袖を慌てた様子で引っ張る。見ると通路の奥、暗がりの中へジルバが進み出していた。
「ジルバッ、勝手に動くと危険だぞっ!」
慌ててジルバの肩を掴み引き止めると、ジルバは廊下の奥を気にしながら頭を振る。
「ごめん、兄ちゃん。この奥から僕を呼ぶ声が聞こえるんだ……ごめんねっ!」
「あ、おいっ! ジルバッ!」
肩を振りほどいて走り出すジルバをタニアと追う。
廊下はそれほど長くなく、すぐにジルバに追いついく。
ジルバの見つめる先、通路の行き止まりには、まるで城門のような巨大扉があった。
不思議な事に、ジルバがその巨大な扉に触れると、自動で扉が開き出す。ジルバに続き、怖がるタニアを抱き抱えながら奥へと進むと、そこには巨大な虎が居た。
タニアの灯りで全体が薄暗がりの中から浮き出る。それはうずくまった虎の形をした魔装甲冑だった。
「君が……僕を呼んでいたの?」
ジルバが問いかけるが応えはない。停止した魔装甲冑なのだから当然かもしれないが、なお諦めきれないのかジルバは、そっと虎の鼻先に触れた。
その瞬間、ジルバが触れた虎の鼻先から全身へ、電撃のように光が流れる。まるでその光によって命が吹き込まれたかのように、虎の瞳に黄色い光が灯り、体が動きだした。
「う、動くのか……?」
「兄ちゃん! 僕、この子の……タービュレンスの言うことわかるよ! ずっとずっと僕を待ってたんだって! 僕と一緒に、コルト兄を助けるって!!」
この魔装甲冑……乱気流という名のようだ。
そのタービュレンスがどうやらジルバを選んだらしい。
ジルバの言葉に応えたのか、グオオンと鳴き声のような音を内部から立てると、胸部装甲の一部が開き、ジルバを迎え入れる。
そうして、内部でジルバがタービュレンスと繋がったのか、タービュレンスがムクリと起き上がる。
その時、俺の服が携帯電話のバイブレーションのように低く、しかし強く振動した。
「んん? 何だ!?」
慌てて調べると振動していたのは、狼牙戦で手に入れた、あの霊王結晶だった。あの時はただの宝玉だったが、今は光を放ちながら確かに振動している。
「これは……そうか! なるほど……おいっ! ジルバ!!」
『ん、何? 兄ちゃん』
「こいつをやるよ! どうやら、ジルバを気に入ったのはタービュレンスだけじゃ無いみたいだぞ!」
こちらを向いたタービュレンスの口に、霊王結晶を放り込む。タービュレンスが結晶を取り込んだ瞬間、緑色の閃光がその口より溢れた。
変化は劇的だった。
タービュレンスの装甲が一瞬泡立ったかと思うと、元の金属質な装甲から、エメラルドを思わせる深い緑色の結晶で出来た装甲へと変わっていく。牙や爪も同様に結晶へと変化し、より大きく鋭くなった。
『凄いっ! さっきよりずっとずっと力が溢れるよ!!』
そう言うと、タービュレンスが伏せ、その巨大な口を開ける。
『さあっ、二人共中に入って! コルト兄を助けに行くよ!』
「ああ、わかった!」
タニアを担ぐと、タービュレンスの口内に入り、しがみつく。
タービュレンスはムクリと起き上がり、部屋を抜け通路を疾走する。
間も無く巨大な縦穴の底に辿り着くと、ジグザグに壁を蹴り上げながら、恐ろしいスピードで登っていく。
俺はタニアが振り落とされないように、スーツを変形させ衝撃を抑える事に集中した。
数回の蹴り上げによる振動の後、眼前に眩しい光が溢れる。
あれほど深かった穴を、あっという間に登り切り、俺達は地上へと戻ってきたのだ。




