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「くっ!!」
今日、何度目だろう。受け損なった蹴撃が、まともに俺の腹へと突き刺さり、俺は大きく後方へと吹き飛ぶ。
だが、飛ばされながらも、俺は背中の翼を動かし慌てて体勢を整えると、次の攻撃に備えた。
「そりゃ、休ませちゃくれないよな……」
前方、既に追撃の為に、こちらへ走り出した相手を睨む。
そうだ、これはいつだって真剣勝負……気を抜く事なんて一瞬だって出来ないし、相手は俺の待ったなんて聞いちゃくれない。
「くそっ、やっぱり速いな……」
接近し再開された、相手の攻撃を受けながら呟くと、呆れたような調子で、聞き慣れた声が響いた。
「やれやれ……そうやって速い速いと嘆いていても、何も変わらぬぞ。相手が速いと言うなら、マスターも相応に速くなってみせよ」
「簡単に言ってくれるな……これが中々難しいんだぜ?」
そんな俺の意思なんて御構い無しに、奴の攻撃は続く。
右下段蹴り、右かぎ突き、回転して右回し蹴り、右肘うち、左膝蹴り、左手刀……はフェイントで右前蹴り、右、左、右右左……。
高速で繰り出される奴の挙動一つ一つ。それらに機敏に反応し、確実に全て受け、捌き、躱していく。
本当ならば、その合間に少しでも奴の隙を見つけ、攻撃をねじ込んでいきたいのだが、相手の攻撃速度にそれすらも難しく、この戦いが始まってから、ずっとこうして防戦一方だ。
「うっ、マ、マズイッ!」
何とか凌いでいたが、だんだんと集中力が切れ、あっと思った時には、また強烈な一撃を受ける。
顔面にまともに入った上段蹴りは、装甲の役目を担う甲殻をバキンと砕き、中の肉をひしゃげさせる。
堪えきれず、俺はとうとう仰向けに地面へ倒れこんだ。
「ふむ、今回はここまで……だな。さて、一息入れるとするか、マスター」
「そうだな……そうだと有難い」
俺の返答に呼応するように視界が暗転する。
再び視界が明るくなると、俺の視界の先に心配そうにこちらを覗き込む少女が居た。
「今日も、ずいぶん苦しんでましたね。大丈夫ですか?」
「ん……あ〜……はははは、まあいつも通りって所かな?」
手も足も出ずボコボコにされてました……とは中々言いにくく、笑って誤魔化すと、少女も微笑み返してくれた。
「これが必要な事だというのはわかります。でも、あんまり無理しちゃダメですからね?」
まるで母親が我が子に小言を言うような雰囲気で、ピンと右手人差し指を立て、少女が片目を瞑る。
「ああ、わかっているよ」
「それなら良いんですけれど……。さ、もう少しで御飯出来ますから、仕度が出来たら来てくださいね、タツヤさん」
少女の言葉に頷き返しながら 、俺はふぅ……と息を吐く。
黒田竜也十八歳。現代日本に生まれ、自慢じゃ無いが特別悪さも善行もせず、その他大勢と同じように平々凡々と育った俺の、しかしこれが今の日常だった。
そう、全てはあの日……少女と出会った日にガラリと変わったのだ。