第7話:共闘
静寂の中、先に仕掛けたのはジグ先生だった。
「燃えろ、そして安らかに眠れ」
右手を前に出し指を鳴らす。
「紫炎の鎮魂歌」
生徒達の群れの中心に紫色の火柱が上がる。
阿鼻叫喚の中、跡形もなく焼失した生徒達がいた場所は赤紫色の魔法陣の中だった。
一瞬で十数人の生徒が焼き殺され、我に返った生徒達は蜘蛛の子を散らすように体育館を我先にと出ようとする。
たった一つしかない出入口の許容人数を超えた数の生徒が出入りしようとしたため、そこに混乱が生じている。
「ジグ先生…?いったいなにを……」
ティナが今起きたことが信じられないといった様子でジグ先生に問いかけていた。
「なにも理解できないか…、ならそのまま死んだ方が幸せだろう」
冷酷な目でそう告げる。
「せめてもの慈悲だ、苦しみを感じさせる前に殺してやる」
「え…?」
「轟雷よ、敵を穿つ雷槍となれ」
右手の前に現れたのは黄色の魔法陣、それも二重の。
それはさっき教師達を消し去った高等魔術と全く同じものに見えた。
「へぇ…!!」
王宮の魔術師が感嘆の声を漏らす。
「おい、ティナ!?何やってんだよ!!」
「嘘…、こんなの嘘よ………」
呆然としたまま、ティナが立ち尽くしている。
クソッ、このままじゃ俺もティナも殺される!!
俺が盾になるか?
でも、あの攻撃を防ぎきれるのか?
俺が命を捨てたところで守りきれるのか?
いや、そんなこと考える場合じゃない。
「魔術障壁展開!!おい、ティナお前の魔力も貸せ!!」
動揺しているティナに促すが、…ダメだまだ正気に戻れてない…!!
「天穿つ雷槍!!」
光り輝く雷の槍がその姿を現す。
一見神々しく見えるが、アルマにとってそれは絶望を具現化したもの以外のなにものでもなかった。
「うぉぉぉぉおお!!」
全神経を集中させ、注ぎ込めるだけの魔力をすべて使い、雷の槍と対峙する。
だが瞬間的に悟ってしまった。
防ぐどころか、勢いを削ぐこともできないことを。
もうダメだ…。
数瞬後に自分を襲うであろう衝撃に備えて、目を瞑る。
いや、そんなことをしても意味なんてないか。
死ぬ直前に、最後になる景色を目に焼き付けとこう。
ははっ…、なんも見えないな……。
眼前いっぱいに接近していた雷の槍が魔術障壁と激突する。
魔術障壁が次第にひび割れていく。
ひびから漏れ出した雷が、俺の腕の皮膚を裂いていく。
やがて、魔術障壁を打ち破り雷の本流が俺を貫かんと迫ってくるだろう。
「やっぱり、落ちこぼれ一人じゃなにもできねぇな」
聞き覚えのある、憎たらしい声が聞こえると同時に魔術障壁が粉々に撃ち抜かれる。
死ぬことを直感的に感じた俺の脳が、生きる為の打開策を見つけるために世界をスローモーションにする。
雷がジグザグに進みながら俺の顔目掛けて伸びてくる。
しかし、次の瞬間に俺の顔と雷との間に魔術障壁が三重に展開される。
「おい、アルマ!早くお前の魔力も注ぎ込め!!」
その声で時間の流れが元に戻る。
今度は、既に展開されている魔術障壁に自分の魔力を注ぎ込む。
魔術障壁が発する輝きが増し、大きさもさっきよりも大きくなった。
一枚目の壁が一瞬だけ雷の勢いを削ぐがすぐ打ち破られる。
二枚目の壁は破られたものの、その勢いは明らかに軽減した。
そして三枚目の壁で完璧に雷槍を防ぎきる。
「悪いなクリス、助かったよ」
「俺はティナを助けただけだ。お前の生死なんてどうでもいい」
鼻につく言い方しかできないのかこいつ…。
異なる魔力同士が波長を合わせることで同調し互いの出力が底上げされる現象『共鳴』。
この共鳴をうまく利用すれば、ジグ先生と互角に渡り合えるはずだ。
「アルマ、俺の動きに合わせられるか?」
クリスも俺と同じ考えに至ったらしい。
「さぁな、俺とお前は相性最悪だし、難しいかもな…」
「でも…」
「あぁ…」
合わせることができなければ、死ぬ。
やるしかないんだ。
「お前の炎魔術を俺の風魔術に合わせろ!」
「炎魔術はそんなに得意じゃないだけど…」
「ならその分俺が出力をあげる。その後は俺が近接戦闘に持ち込むから、お前はティナを魔術から守りつつ遠距離から援護しろ!」
比較的戦闘力の高いクリスを俺が後方支援する、どうやらその作戦でいくしかなさそうだ。
「紅き矢よ、炎精の導に従いて我が敵を貫かん!!」
「暴風よ、全てを飲み込み吹き荒れろ!!」
俺が赤い魔法陣、クリスが緑色の"二重"魔法陣を展開する。
こいつ高等魔術使えるのかよ…、憎たらしいが頼りになる奴だな。
ジグ先生は俺達が放つ魔術に備えて魔術障壁を展開している。
それは俺とクリスが共鳴させた魔術障壁と同じくらいの大きさと厚さだった。
魔術の出力に差がないのであれば、手数の差と戦闘センスがものをいうだろう。
教師相手とはいえクリスはかなりの優等生、もちろん近接戦闘だってこなせる。
俺の後方支援が勝敗に関わってくるな…。
「いくぞ!!」
クリスの掛け声で溜めた魔力を解放する。
「緋炎の一矢!!」
「破砕の暴風!!」
先に放たれた俺の緋炎の一矢をクリスの破砕の暴風が包み込み、炎の竜巻となってジグ先生に迫る。
炎の竜巻がジグ先生を飲み込む。
威力やばくないか、ちょっと大丈夫かこれ?
自分が思い描いた威力の倍以上の術でジグ先生の心配をしだした俺に反してクリスはジグ先生がいた場所めがけて駆けていく。
「風精の加護!」
クリスが術を唱えると彼の身体が緑色に薄く発光し、駆ける速度が上昇した。
自身に掛ける身体強化系の魔術だろう。
風属性は特に秀でた特徴はないものの全体的に身体能力が上昇する。
炎の渦が止み、中から魔術障壁を保ったままのジグ先生が現れる。
俺は驚いたが、クリスは想定内だったらしく淡々とその距離を詰めている。
「紅き矢よ、炎精の導に従いて我が敵を貫かん!!」
炎の矢をジグ先生に向けて放つ。
普通なら高等魔術すら防ぐジグ先生の魔術障壁は俺の力じゃ破れない。
俺の力だけならの話だがな。
次の瞬間、魔術障壁がクリスの拳によって粉々に砕け散る。
魔術障壁は魔術からのダメージに強い分、物理的な衝撃には弱い。
クリスの追撃に備えて展開した物理障壁を今度は俺の緋炎の一矢が粉砕する。
「炎精の加護、これで終いだ!」
クリスの身体の緑色の発光が赤色に変わる。
炎属性の身体強化によって攻撃力が上がった渾身の一撃をジグ先生の腹に打ち込む。
その衝撃で体育倉庫のドアを突き破って倉庫の中に飛んでいった。
「クリス、やったか!?」
「わからない、今出せる最高火力を叩き出した。これでダメならもう逃げるしかないだろ」
教師と生徒の戦闘力の差は多分かなり離れているだろう。
その差は俺とクリスが共鳴して互いに力を高めあって、尚且つ今の連携で虚をついて平等かどうかだろう…。
「油断するなよアルマ、先生にダメージが入ってる様子がなければすぐ逃げるぞ!!」
「わかった!ティナ、ひとまず落ち着くんだ。大丈夫、俺とクリスでティナは絶対守るから」
「ジグ先生……は?」
「理由はわからないけど先生は俺達と敵対している。俺達だってできれば先生や学園のみんなと戦いたくない。だから今はこの状況をどう打開するか、落ち着いて考えなきゃいけないんだ」
正直、王宮魔術師がいるこの状況を打開するなんて不可能に近いだろう。
頭ではわかりきっているが、ティナを不安にさせないためにそう振る舞う。
「わかった…。でもねジグ先生はなんの考えもなしにこんな酷いことをする人じゃない!私はそう思う」
「俺もそう思うよ」
またひとつ嘘をついた。
実際そこまで俺はジグ先生を信用してない。
さっき俺とティナは殺されかけた、その前は大勢の生徒が焼き殺されて死体すら残らなかった。
もちろんその中にはクラスメイトも、仲のいい奴だっていた。
今、ジグ先生を殺せるほどの力を自分が持っていたら…、間違いなく行動に移していただろう。
ティナが落ち着きを取り戻したそのとき、ちょうど体育倉庫内に舞っていた煙が止んだ。
バスケットボールやマット、ポールなどがもみくちゃになって散乱した体育倉庫の中にジグ先生の姿はなかった。
「クリス!!」
反射的に叫ぶ。
振り返ったクリスのすぐそばにジグ先生は立っていた。
先生の回し蹴りがクリスの胴体を捉え、壁まで吹き飛ばす。
クリスが打ち付けられた壁にはヒビが入っていた。
先生の身体は黄色の光を帯びている。
雷属性の…、身体強化…!!
速度上昇の恩恵を受けていた。
「クソ……!!」
クリスの目は闘志を絶やすことなく先生を見据えるが今の一撃をもろにくらったダメージで動けない。
クリスがこっちに視線を送った。
"逃げろ"
彼の目はそう言っていた。
それは理解できた。
実際ジグ先生はピンピンしている。
作戦どうりなら今すぐ逃げる手筈だった。
でも俺は自分でも驚く程に冷静さを欠いていた。
ここで逃げれば、僅かな可能性だが俺とティナ、いいやティナだけでも生かせるかもしれない。
でもクリスは間違いなく死ぬ。
いつも憎たらしくて、うざくて、生意気で、そのくせに魔術の才能があって、そこも気に食わない。
でも死んで欲しくはない。
葛藤の末、俺は一番非合理的な判断を下す。
「雷精の加護!」
雷属性の身体強化。
逃げるためではなく、戦うために。
同じ属性の身体強化は基本、地力の勝負となる。
勝てる見込みなどない、でも戦わなければ勝つこともない。
「行きます、ジグ先生…!!」
脚が地面を蹴り、ジグ先生に接近する。
いつもとは違う身体の感覚に違和感を感じながらも右ストレートを顎めがけて撃つ。
拳が顎に到達する頃には、もうジグ先生は俺の背後に回り込んでいた。
体勢が崩れた俺を先生が蹴り飛ばす。
その蹴りを物理障壁を防ぎ、体勢を立て直し先生の脚をすくうように下段に蹴りを入れる。
それを先生は飛んで避ける。
避けられた、だが空中なら身動きはできないはずだ!!
「炎精の加護!」
火力特化の炎属性の身体強化。
雷属性の恩恵は受けられなくなるが、相手が空中にいて身動きが取れないのなら関係ない!
右腕に力がみなぎってくる。
悪いが、遠慮はなしだ。
顎というよりは頬を狙ってパンチを繰り出す。
……まえに後頭部に激しい衝撃、平衡感覚が失われ視界が一瞬真っ白になる。
目の前にジグ先生の姿はなく、上を向いた物理障壁がひとつそこにあるだけだった。
「………遅すぎだ」
自身の上から先生の声がする。
地面に崩れるように倒れたが、その前に受けたダメージが大きすぎて何も感じなかった。
朦朧とする意識の中、視界の端にティナに詰め寄る先生の姿が見えた。
守らなければと思えど身体はピクリとも動かない。
「や……めろ…」
振り絞って発した言葉も小さすぎて届いていない。
悔しい。
何も出来ない自分が恨めしい。
力が欲しい、先生を、あいつを倒す力が。
そこでほくそ笑んでいる王宮魔術師をぶん殴れる強さが。
そんなことを思っても状況は変わらない。
何やらティナと先生が会話をしている。
だが会話をしながらもティナの下には赤紫色の魔法陣、先程多くの生徒の命を奪った魔術を準備していた。
ティナが涙を流す。
恐怖からだろうか?
無理もない、今から死ぬのだから。
ジグ先生が首からネックレスを外し魔法陣の中にいるティナに放る。
「さよ……ら、…リン…ス」
ジグ先生がなにか言っているがよく聞こえない。
「燃えろ、そして安らかに眠れ。紫炎の鎮魂歌」
どこか哀愁を感じさせる詠唱の後、紫色の炎の柱が天井まで焦がし、ティナの身体を喪失させた。
「あ…ああ……」
いつの間にか近くまで這いずってきたクリスが悲しみをあらわにしている。
顔が絶望で染まり、闘気が消えかけていた。
「次はお前達の番だ」
先生の死刑宣告。
もう守るものは何もない。
守りきるほどの力もない。
戦う気力すら残ってない。
いっそのこと早く殺してくれと思う自分が心の片隅にいるのを感じる。
赤紫色の魔法陣が俺とクリスを飲み込む。
「…お前達の連携はよかった。クリス、君が高等魔術を使えるほど成長していたなんて知らなかったよ」
死に際だけ教師みたいに振る舞いやがって。
クリスの目はそう言っている。
「アルマ、君はまだまだ未熟だ。何ひとつ秀でた物を持っていない。今回はクリスというパートナーがいたからよかったものの、最後の一騎打ち。自分の無力さがわかっただろう?」
少々頭にくるが、ぐうの音も出ない。
「クリスはこのまま鍛錬に励め、魔術を使えるだけではダメだ。理解を深め、使いこなすことで初めてその魔術を覚えたことになる」
アドバイスをくれたってどうせもうすぐ死ぬのに、何言ってるんだ?
「アルマ、正直に言うとお前が今のまま鍛錬を詰んでいくら魔術の知識を得ようと王宮魔術師を相手にできるほどの強さを手に入れることはできない」
随分はっきり言うな。
でも落ちこぼれの俺はそんなこと充分わかってるさ。
「お前が今知るべきことは魔術の知識や高等魔術なんかじゃない。まずは自分自身のことを知るべきなんだ」
俺のことは俺が一番よく知っている。
「お前の身体にはまだお前の知らないなにかが眠っているはずだ」
何を言ってるんだ、意味がわからない。
あんたの言ってることも今の行動も。
「安心しろ、ティナと同じところに送ってやる」
赤紫色の魔法陣が輝きを強める。
「燃えろ、そして安らかに眠れ。紫炎の鎮魂歌」
慈しみを感じさせるような声色。
灼熱の炎で苦しむものだと思っていたが、思いのほか熱くはなく、暖かくて気持ちの良い炎だった。
「二人とも、ティナのことを頼んだぞ…」
紫炎が二人を飲み込む。
今の言葉が届いたかどうかはわからない。
あとは願うだけだ、あの三人の成長を。
今は亡き我が師、アルマ・マクセルの父、フェイバー・マクセル。
「あなたの息子を手助けできるのはこれが最後かも知れませんが、心配はいらないでしょう。フェイバーさん、あなたの息子ですからね」
二人の姿が消え、残った闘争心が俺の感覚を研ぎ澄ませる。
背後のステージから刺さる強烈な殺意の刃。
「そのデタラメな術式でお前は今何をした……。奴らをどこに送った?」
静かに王宮魔術師はそう口にする。
静かな口調のその裏に隠れた怒りの表情が見え隠れしている。
「三回目でやっと気付いたんですか?王宮魔術師も大したことないですねー!」
さっきとは打って変わった俺の雰囲気に王宮魔術師は驚きはしたもののニヤリと笑みを浮かべる。
「魔術の才も少なからず見受けられ、思わぬ掘り出し物かと思ったがどうやらただの死にたがりらしいな」
「死にたがり?あなたはそう思うんですか…、ってかこの口調も疲れたな。少々御無礼をお許しください王宮魔術師どの、田舎者でして、高い身分の方に対する礼儀がわからないもので〜」
右手をまえにかざし、黄色の二重魔法陣を展開する。
「面白い、私には向かおうとする人間を見るのは数年ぶりだ。名を名乗れ」
「ジグ・フルムント、あんたを殺す人の名だ」
「そうか、ではジグ・フルムント。覚えておけ、セシル・アルバルト。王宮魔術師序列十二位、通り名は迅雷のセシルだ、冥土の土産に抱いて死ね」
セシルは黄色の三重魔法陣、俺の魔術よりも高度な魔術だ。
「そんなもん、今晩の酒の肴で充分だっての!!」
雷属性の魔術どうしがぶつかり火花が散る。
正直勝てるかどうかは五分五分、だが戦わなきゃなんねーんだよな。
先程無謀といえるほどの力量の差があるにも関わらず自分に挑んできたアルマの姿を思い出す。
生徒がこれから頑張るってときに、先生がギブアップしてちゃダメだよな?
「轟雷よ、敵を穿つ雷槍となれ!!」
この先、あいつらの未来を邪魔する者達全てを打ち破る覚悟を載せて。
「天穿つ雷槍!!」
王宮魔術師との戦いの火蓋が切って落とされた。