第4話:ようこそ
暗い、何も見えない。
自分の体すら見えず、感覚もない。
今自分は立っているのか、横たわっているのかすらわからない。
浮遊感と喪失した平衡感覚。
全ての感覚が途絶した空間で不意に頭の中に声が響く。
初めての戦闘にしてはよく出来たんじゃないか?
(お前は…)
さっき一緒に戦ったろ?
(この頭に直接語りかけてくる感じ…、どうやらそうみたいだな)
とりあえずはご苦労さん。
つかの間の休息だ、しっかり休むんだな。
労ってくれるのはありがたいんだが、今俺が欲しいのは休息じゃない、情報だ)
情報はそのうち手に入るさ、今は黙って寝てろ。
(寝てろってことはここは夢の中か?)
まぁそんなところだ、情報収集は回復したあとにしろ。
途中で何があっても対処できるようにな…
その言葉を最後にあいつの声は途絶えた。
暗闇の奥からうっすらと光が見え隠れする。
光の眩さが次第に強くなっていく。
目を開けるとそこはどこかの部屋のようだった。
ベッドの周りはカーテンで仕切られ、天井には蛍光灯がある。
ここが学校の保健室だと理解するのにそう時間はいらなかった。
ベッドの横にある椅子には俺の制服が丁寧に畳まれて置かれていた。
「なんで保健室で寝てるんだ?」
「それは怪我をして倒れている君を我々生徒会が発見し、介抱したからだ」
カーテンの向こうから男の声が聞こえる。
「生徒会?」
「そう、生徒会執行部。副会長の千藤 明だ」
副会長の千藤 明!?
この学園のNo.2じゃねえか!!
18歳にしてチェスの世界一まで上り詰めた頭脳の持ち主。
「千藤先輩、どうして俺は…」
「経緯はおいおい話す、早く着替えろ」
それ以上質問をしても答えてくれなさそうだったので素直に着替える。
着替えた俺は千藤先輩についていく。
「千藤先輩、みれ…、桐生はどこですか?一緒に倒れていた筈なんですけど…」
俺の質問に対して千藤先輩はいずれわかるとでも言うかのようなオーラを出しながら無言を貫いている。
俺この人苦手だわ。
千藤先輩が立ち止まった先には大きな両開きの扉、生徒会室だ。
まぁそうだろうと思ったけど。
呼び出されるならここか学園長室のどっちかだろうからな。
やたらと重い扉を開く。
生徒会室は普段の教室を横に二つ分くっつけたくらいの広さでドラマとかでよくある会議室のような感じだった。
「お前が、御堂 慶次…だよな?」
第一声を放ったのは、部屋の最奥、向かい合うように座っている男子生徒。
「俺は戦刃 陣、一応生徒会長だ」
一応という言葉が癇に障ったのか横にいた女子生徒に叩かれてる。
この人ほんとに生徒会長なのか?
体つきは細いように見えてその制服の中には筋肉の鎧を纏っているのだろう。
確かに強そうだ、だけどなんか抜けてるというか…、親しみやすい感じだ。
まぁ俺の後ろに控えて逃げ道を塞いでいる堅物の千藤先輩よりは好感が持てそうな感じだ。
「私は生徒会書記を務めています。榊原です」
さっき生徒会長を叩いた女子生徒、榊原先輩が挨拶をする。綺麗な人だ。
部屋の中には生徒会の人間と俺を含めた4人。
「御堂 慶次、今から貴方にいくつかの質問をします。たとえいかなる理由があろうと"嘘の証言をすることを禁じます"」
榊原先輩がそう発言した瞬間に俺の知りえない未知なる力が部屋の中に張り巡らされたような気がした。
「"生徒会室から許可なく退出することを禁じます"。"ありとあらゆる武装、及び暴力行為・破壊行為を禁じます"」
さらに二つの発言、いや宣言とでもいうべき行為を終えてようやく準備が整ったとでもいうように再び戦刃会長が口を開く。
「それじゃあ始めるとするか…。堅苦しいのは嫌いなんでな、下の名前で呼ばせてもらうぜ慶次!」
フレンドリーな感じを出し始めた戦刃会長を榊原先輩がまた叩く…ことはなくただ睨んでいるだけだった。
「単刀直入に言う。慶次、お前人を殺っちまっただろ?」
ドクン…!!
脳裏に浮かぶのは昨晩の戦い。
エンリットと自称する魔術師との死闘。
その戦いで俺はエンリットを斬り、とどめに魔術を放った。
「あ、あれは…!!」
あれは俺じゃない!
戦っていたのは確かに俺の身体だった、でもそこに俺はいなくて、誰かが俺の中にいた。
「お前が倒れているのを見つけた時に、お前が手にしていた日本刀。その刃にびっしりと血がついていた。言い逃れはさせねぇぜ」
戦刃の眼光が鋭くなる。
そしていまさっきまでの友好的な雰囲気とは真逆の、好戦的で威圧的な。少しでも逆らえば、一瞬で命を摘み取られる。そんな感じだ。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
逃げるんだ、今すぐに!!
本能が告げる。やつとは戦わない方がいい。
いや、戦いにすらならない。
いうなれば、ゲームのチュートリアルに出てくる攻撃方法を練習するための抵抗しない敵キャラ。
あんなふうに抵抗することさえ許されずに殺される。
それを頭でわかっていながらも身体が逃げようとする。
いつの間にか千藤の横を抜け扉に迫っていた。
止めなくていいのか?と千藤が戦刃達に目配せをする。榊原は止めろと指示を出そうとするがそれを戦刃が止める。
止めるのニュアンスが、逃げられないように捕らえるとは違うことを俺は理解することになる。
扉の取手に俺が手をかけた瞬間。
"生徒会室から許可なく退出することを禁じます"
その言葉が頭をよぎった。
空間のありとあらゆる所から赤い鎖が出現し、扉を開けようとする俺の首に巻きついてくる。
「ガァッ…!!」
間一髪の所で首を絞める鎖と首の間に手を入れ、首が絞められるのを防ぐ。
その手から異能を使う。
俺の異能なら、この鎖を使いこなせるはず、そうすれば絞殺から逃れられるはずだ!!
手の先から青い筋が伸びて鎖の表面を侵食していく。
鎖を侵食しきるのが先か、首が絞められるのが先か。
勝負してやろうじゃねえか!
「はーっ……。頑張るのは勝手だが、無知なお前に教えといてやる。この空間において、梨紗…、榊原の異能は絶対だ。侵すことは何人たりともできやしねぇぜ」
異能?この鎖は異能なのか!?
戦刃の口から異能という言葉が出てきたことに驚きを隠せない。
そのせいで集中力が途切れてしまう。
「くっ…!!」
苦しい…!目がチカチカしてきた。手足の感覚も次第になくなっていき鎖を覆っていた青い光も薄れ赤き鎖が顔を見せる。
……死………ぬ…?
死の恐怖が支配する間もなく思考までもが停止する。
意識が飛ぶ直前に…、首を絞めていた鎖の圧が消える。
勢いよく床に倒れ込み呼吸が出来ることに喜びを感じる。
「あっれ〜?慶次君なんで死にかけてるの??」
頭の上から男の声が聞こえる。聞き覚えのある声。その声を思い出す前に男の後ろに隠れていた美怜が近寄ってくる。
「慶次!ちょっと慶次!!何があったの!!!」
「戦刃く〜ん?荒々しいのは結構だがうちの息子を殺してもらったら困るんだけど!!」
「殺しはしませんよ。戦いは好きだが、一方的に相手を殺すのは俺のモラルに反するんでね。虐殺は趣味に合わねえよ幻水さん」
そっか幻水さんか、どうりで聞いたことある声だと思った。
桐生 幻水。
美怜の父にして俺がお世話になった孤児院の院長先生。
そして桐生式対人剣術の八代目当主。
そういえば真由美さんが学園に行ってるって言ってたな。
「せっかくこれから仲間として頑張っていくっていうのに、初めて会っていきなり喧嘩はないでしょ?榊原さんも、千藤君もなんで止めなかったの!?榊原さんに関しては自分の異能なんだからしっかり制御してよ!」
「すいません…」
榊原が反省した様子で俯く。
幻水さんも異能を知っているそっち側の人間だったのか。
「一応こいつは人殺しの異能者だ。仲間に入れて、後々害があるようでは困るんで試させてもらったんですよ。結果的には問題ないと思います。いつか俺らに害を及ぼすほどに成長するかもしれないが今すぐにじゃない。まず第一に異能に対しての練度が甘い」
「手厳しいな…、千藤君、きみはどう思う?」
「……幻水さんの息子に御無礼かも知れませんが、正直に言うと……、頭が悪そうです」
「君と比べたら世界中のほんの一握り、いやもっと少ない数粒の砂程度の数の人間以外みんな頭悪いよ」
呆れたように幻水がため息をつく。
「すまないな慶次、いきなり手荒なまねをしちまって。まぁ仲良くしようや!」
殺しかけといて何言ってやがるこいつ。
鋭く睨みつけてやるがその敵意すらも心地良さそうに戦刃は笑う。
「ようこそ、御堂 慶次!桐生 美怜!生徒会執行部、別名異能科へ!!」